世界150カ国に事業展開する医薬最大手の米ファイザーでは、優先実施項目の1つに「Great Place To Work」を掲げている。これは、「すべての社員が自らやる気を持って働き、十分に能力を発揮できる職場」を意味する。その実現に向けて、2006年初めにダイバーシティーを推進する専任部門「Worldwide Diversity and Inclusion Office(WDIO)」を設置。多様な人たちが全員で参加できる環境づくりを目指し、「Diversity & Inclusion」というコンセプトを強く打ち出した。

ファイザー 人事企画統括部 企画推進部担当課長の新崎由美子さん(写真:皆木 優子、以下同)

 これに伴い日本法人であるファイザーでも、2006年6月に人事部門内に「ダイバーシティタスクフォース」を立ち上げた。中心となって取り組んでいるのが、ファイザー人事企画統括部 企画推進部担当課長の新崎由美子さんだ。

 「ファイザーには、性別、年齢、国籍、ハンディキャップの有無などに関係なく、成果に応じて評価、処遇するという、社員行動指針があります。実際に日本では、男女雇用機会均等法施行以前の1982年からMR(医薬営業職)に女性を採用し、94年からは一般職、総合職を廃止。制度上も実質上も、男女同一待遇となっています」

 しかしその一方で、女性社員、とりわけ営業職の女性MRの離職率の高さや女性管理職の少なさなどが課題として挙げられたため、その要因を探るために女性MRにヒアリング調査を実施した。この時、退職した女性MRにも話を聞いたと新崎さんは言う。「調査の結果、『結婚や出産後も、営業職として働き続ける自分の姿が想像できない』という声が多く寄せられました」

 それは、MRの勤務形態に起因するところが大きい。朝8時には医療機関へ医薬品を卸す業者へ出向き、営業担当者と綿密な打ち合わせを行う。医療機関の昼休みに当たる時間や診療が終わる夕方以降には、医師などを訪問し、医薬情報を提供する。そうした通常業務以外にも、夜に医師向けの「勉強会」を主催し、製品説明や医療制度の啓発活動などを行う。

 「必然的に拘束時間が長くなってしまうため、結婚後も同じ生活を続けるのは無理だと考える人が多いのです。出産すると、子どもの保育園の送り迎えの時間が顧客の訪問時間と重なってしまう。また、身近にロールモデル(お手本となる人)がいないため、将来のキャリアに不安を抱いて、結局は辞めてしまう人も多かったようです」と、新崎さんは説明する。

 現在同社にいる約2400人のMRのうち、女性は約200人。このうち、ライン管理職(部下を持つ管理職)の女性は2人にとどまる。また、既婚の女性MRは約20人、子どもを持つ女性MRは8人。全国には事業所・営業所が73カ所あるので、ほとんどの営業所で「女性管理職のロールモデルが不在」という状態だ。そこで、女性MRが長く働き続けられるよう「女性MRダイバーシティ・キャリアトレーニング」を実施した。


 2006年9月に開催した第1回では、会社のダイバーシティーに対する経営ビジョンを発表し、本社の女性管理職や関西地区で育児しながら働く女性MRなど、30代のロールモデルによる講演を企画。また、働きやすい職場づくりのためにできることをディスカッションする、グループワークショップも行った。

 第1回目のキャリアトレーニングの対象者は女性だけだったが、「参加者には好評でしたが、『女性だけで話し合っても解決しないのでは?』という声も聞かれました。そこで、今年10月に実施した第2回では、女性MRの講演だけでなく、ワーキングマザーのMRを部下に持つ男性管理職にもスピーチをお願いしました」と新崎さん。

 2回目のトレーニングで講演した男性上司は、「まず必要なのは、子どもを持つ女性部下を『支援』することではなく、『理解』することだ」と強く訴えた。「部下を支援する前に、まず彼女がどういう状況で、どのような考えを持ってどのように働いているのかを、理解すること。次に、周囲はそれをどう受け止め、協力していくかを考えるべきだ」というのである。

子持ちの女性を優遇しすぎず、本人の自立性を重んじる

 また、「その部下をほかの人と区別したり優遇したりせず、働きやすい環境を整えていく。本人も、周囲から『女性だから仕方がない』と思われたりせずに、自立した社員として評価されるような土台を作ることが、自分の役割である」と話し、参加者の共感を得た。

 この上司の部下である女性MRもこの後スピーチしたが、「子どもを持つ女性部下を優遇しないといっても、周囲の心遣いやサポートは十分にあったので、感謝している」と話した。また、この女性は結婚を機に夫の勤務地に転勤することができたことに関して、「自分が転入したことで、転出せざるを得なかった人もいる。その人のためにも、自分は仕事を簡単に辞めるわけにはいかない」と、強い決意を語った。

 MRは全国転勤を前提としている点も、女性が結婚後キャリアを継続しづらい要因になっている。このためファイザーでは2007年3月、MRが結婚後に配偶者の勤務地に合わせて異動できる「MR結婚による勤務地選択制度」のほか、MRの転勤をなくし、その勤務地での定住を可能にする「MR勤務地定住制度」といった制度を導入した。こうしたMR向けの支援制度は、女性だけでなく男性も同様に取得できる。

 「MRのワークライフバランスを実現するためには、男性の意識の変革も重要な課題の1つです。女性は仕事だけでなく妻や母親としての役割など、求められるものが多様で、かつ期待値が男性よりも高くなることが多いためか、それに対してどうバランスを取るかで悩むことが多い。その悩みを男性とも分かち合い、父親にも育児の主体性を持ってもらうために、今年8月に『Working Parent Forum』を実施しました」と新崎さんは話す。

 ファイザー本社では2002年から、夏休みに社員の家族を会社に招く「本社ファミリーデー」を開催している。Working Parent Forumは、本社ファミリーデーの開催に合わせ、子どもを持つ女性への意識向上と男性の育児参加を促し、ワークライフバランスの重要性を訴えることを目的に実施された。岩崎博充社長をはじめとするトップマネジメントも参加し、NHKの子供番組キャスターを講師に迎え、子どもたちへの絵本の読み聞かせや、父親の育児参加度をチェックする座談会などが行われたという。

 新崎さんは、「参加した社員からは、『会社が、女性だけでなく男性に対してもワークライフバランスを推進していこうとしている姿勢が理解できた』という声が多く聞かれました」と言う。また、「自分は父親として積極的に育児をしたいが、実際に仕事と両立させるのは難しい。職場では男性同士でこういう話をすることもなかったが、この機会に同じように考えている人がいると分かり、情報交換できたことが有意義だった」という声も上がっていたという。

 女性はキャリア面でのネットワーク作りに悩むことが多いが、男性は仕事を離れた場でのネットワーク作りに戸惑うことが多いようだ。こうした声を受けて、新崎さんは「このフォーラムは、来年以降も継続していきたいと思っています」と話した。

 11月には、グローバルのWDIOが主宰する、アジアパシフィックの第1回「ファイザー・アジア女性リーダー会議」がマレーシアの首都クアラルンプールで開催され、10カ国158人の女性キャリアが一堂に会した。日本からは新崎さんのほか、現在、中枢神経系領域 首都圏エリアの営業部長を務める草野弘子さんら11人が参加した。

ファイザー 中枢神経系領域 首都圏エリア営業部長の草野弘子さん

 草野さんは1983年に女性MRの第2期生として入社。福岡支店で10年間営業職を務めた後、女性社員としては初めてMBA(経営学修士)コース留学制度に名乗りを上げ、慶応ビジネススクールでMBAを取得している。当時を、草野さんはこう振り返る。

 「入社当時の女性MRの採用は、私を含めて2人だけでした。その後10年が過ぎ、採用数は増えたものの、定着率は伸び悩んでいたのです。そこで米国本社から支店長クラスの女性を招いて、女性MRのための研修が行われました。私も参加したのですが、事あるごとに『女性MRの鑑』として扱われ、自分が“お飾り”になっていることに戸惑いを感じたのです。そこで意を決して、留学制度にチャレンジしました」

 留学制度の枠は年間1人。既に多数の男性が応募しており、前例のない女性の留学は厳しいだろうと上司から言われていた。決定までには議論もあったようだが、当時の社長の強い後押しもあり、留学が認められた。

 卒業後は本社でマーケティング職に従事したが、2002年に女性初の営業所長として営業職に復帰。「営業職を離れて9年経っていましたから、要請を受けた時には不安がありました。でも、営業職の女性を増やし、ラインマネージャーも育てていきたいという会社の戦略も理解できたので、なんとかやってみようと引き受けました」と草野さんは話す。

 管理職になってからは、部下とのコミュニケーションを良好にするよう努力し、部下が働きやすい職場風土を築くことも役割の1つととらえている。草野さんはまた、「特に近年では、Diversity & Inclusionのスローガンのもとに、様々な支援制度が提案されています。こうした制度が定着し活用されていくためには、周囲の理解だけでなく、女性自身の意識改革も重要でしょう」と言う。「女性MRの比率が高まる一方で、ラインマネージャーを目指す女性は、まだ多くはありません。結婚や出産を控えた若い世代の女性MRには、支援制度を活用したキャリアパスを早い時期に描いてほしいと願っています」。

 先のアジアパシフィックの会議では、各国の参加者が12のグループに分かれ、それぞれの国の課題点を話し合った結果、「日本だけでなく、各国でもワークライフバランスの実現を重要視していることが分かりました」と新崎さん。そのために現在ファイザーでは、業務の見直しに注力しているが、その背景には今年8月に実施された人員削減の影響もある。


ワークライフバランス実現と人員削減との狭間で

 「全社員の約15%の人員削減が行われたため、これまでと同じ量の仕事を同じやり方でこなすには、120%の力を出し続けなければならず、社員は疲弊するばかりです。業務内容を見直して、管理職は優先順位を明確にし、部下も自分のやるべき仕事を理解する。そうして効率を上げることが、ワークライフバランスの実現につながるはずです」と新崎さんは言う。

 ダイバーシティーを推進する一方、人員削減の時期に部門人事も担当した新崎さんは、「どちらも会社にとって必要なことと理解しつつも、ジレンマがありました」と打ち明ける。だが、草野さんは「退職とキャリアを天秤にかけた時、志を持って残ってくれた女性社員も多くいました。それは、Diversity & Inclusionの活動の1つの成果と言えるのではないでしょうか。社員の制度への納得感を高め、社内に根づくまで努力を続けていきたいですね」と言い添えた。

 ファイザーでは次世代育成支援対策推進法に基づき、2005年4月から2年間にわたって「仕事と子育ての両立」「ワークライフバランスの実現」といった行動計画を策定し、その目標を達成。2007年5月に、厚生労働省から「次世代認定マーク」を取得した。2012年3月までには、第1期行動計画のさらなる充実を目標にしている。同社の「Great Place To Work」への取り組みは、着実に成果を見せているようだ。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。