「当社にはなぜ、女性役員がいないのか」。2004年6月、富士火災海上保険(以下、富士火災)の代表執行役社長CEO(最高経営責任者)に就任したビジャン・コスロシャヒ氏は、人事担当役員にこう質問したという。海外では女性役員も珍しくないが、同社では本社部門のコールセンター長が、唯一の女性管理職だった。

 氏の発言を機に、人事担当役員は「ワーキングウーマン活躍支援プロジェクト」発足を検討。当時、人事部の教育研修部門である能力開発センター(現富士アカデミー)に所属していた石黒香さんと、人事部人事グループの北口麻里さんに指揮を依頼した。

富士火災海上保険 人事部 富士アカデミー 人材開発センターの石黒香さん(写真:山田 愼二、以下同)

 2人はメンバーの人選からスタートした。「私たち本社部門以外に、営業、損害サービス部門の女性にも声をかけました」と石黒さん。さらに「30代を中心に、未婚者、既婚者、出産経験者と、立場の異なるメンバーを集めるよう配慮しました」と北口さんは話す。妊娠、出産などに関する知識のある保健師もメンバーに迎えた。こうして2005年1月、6人の女性による「ワーキングウーマン活躍支援プロジェクト」が始動した。

 同プロジェクトではまず、全女性社員約1500人を対象とした意識調査を実施。「生き生きと働いているか」「能力を生かせているか」「職群転換をしてみたいか」といったアンケートをメールで送ったところ、回答を寄せたのは半数を下回る575人だった。

 「プロジェクトが始まっても、多くの女性には『自分とは関係ないこと』と捉えられていたようです」と北口さんは話す。「アンケートでは『女性が管理職になるのは賛成か』という問いに、480人が賛成と答えていました。しかし『マネジメントを行う仕事をしてみたいか』には、『いいえ』が上回ったのです。女性社員のキャリアに対する意識の低さがうかがえました」

 石黒さんはその理由を、「ほとんどの女性は一般職で入社したため、自分が管理職になることを視野に入れていないんですね。周囲に女性管理職もいないため、イメージすることも難しいのでしょう」と説明する。

 またこの調査で「妊娠・出産・育児の支援施策に対する認知度も低く、非常に問題だと感じました」と石黒さん。石黒さんは1994年、北口さんは93年入社だが、当時の女性の平均勤続年数は約7年。結婚、妊娠を機に退社するのが慣例となっていた。しかし現在では女性の平均勤続年数は10年を超え、結婚や妊娠後も仕事を続ける人が増えている。こうした背景からも、支援制度の浸透と拡充を図りたいと考えた。

 プロジェクトメンバーは週に1度、各自の本業を終えてからミーティングを重ね、アンケートをもとに課題を探った。そして、妊娠・出産・育児に関する支援制度の充実を目指すワークライフバランスの推進と、女性管理職育成や女性の意識向上を目的としたキャリアアップ支援の2つの柱を立て、経営層への提言を準備した。


富士火災海上保険 人事部 人事企画推進グループの北口麻里さん

 ワークライフバランスの推進では、2005年8月に「『妊娠・出産・育児に関する制度』ガイドブック」を作成した。妊娠が分かった時から、出産・育児休暇の申請・取得、復帰まで、社内で利用できる制度を時系列で整理し、法律や助成金に関する解説も加え、図やイラストを交えて分かりやすくまとめたものだ。

 ガイドブックではもう1つ工夫したことがある。「アンケートの結果、『育児休暇を取りたい』と所属長に申し出たところ『うちの会社にそんな制度はない』と言われた女性がいたことが分かりました」と北口さんは指摘する。「そこで、制度については、女性だけでなく上司に向けた解説も必要だと考え、ガイドブックに盛り込みました」

 2005年秋にはベビーシッターにかかる費用を一部補助する「ベビーシッター育児支援制度」を開始し、2006年からは出産・育児休暇中の社員にイントラネットを使った会社情報の提供もスタート。今年9月からは、育児及び介護を行う社員を対象に「育児・介護短時間勤務制度」も取り入れた。育児の場合は子どもが小学校3年生の学年末まで、介護の場合は対象家族1人につき延べ24カ月、所定労働時間を2時間短縮することが可能になったのだ。


数値目標を掲げるよりも、役に立つ育成研修を

 キャリアアップ支援では、2005年度、2006年度に「女性管理職育成研修」を実施。石黒さんは、「女性役員はおろか管理職さえ少ない現状では、『女性管理職を何%にする』という数値目標だけを掲げても、意味がないと考えました。男性ならば上司の背中を見て自然に学んできたようなことを、女性は学ぶ機会がなかった。このギャップを埋めるために、女性管理職育成研修を企画したのです」と話す。

 研修は3回構成で、1回目では管理職を見据えたキャリアを考え、2回目、3回目ではマネジメントや部下育成などのビジネススキルを学ぶ。それぞれ20人の女性が参加したが、2005年度は役員クラスからの推薦者から選抜し、2006度には前年に研修を受けた1期生からの推薦も含めて候補を絞った。今後は男女の区別なく「管理職育成研修」を実施する予定だという。

 また、同社では「一般職」「(転勤を伴わない)エリア総合職」「総合職」の職群があり、これまでにも「職群転換制度」はあったが、2006年4月にこれを改定した。一般職からエリア総合職・総合職へ転換する場合、月例給与をそれまでより一定額上げることを保障。さらに、転換後にどうしても続けていく自信がなくなった時に、2年以内なら転換前の職群・役割区分に戻ることができる「トライアル期間」も設けた。

 北口さんも制度の改定に伴い、一般職からエリア総合職へ転換した。「それまでは、上司との面談で職群転換を勧められても、自信がなく、何がどう変わるのかも分からず、躊躇していました。でも、多くの女性に職群転換してもらうために、まずは自分が変わってみようと決意しました」

 2006年度には約40人、2007年度(11月現在)は約20人が一般職からエリア総合職・総合職への転換を果たした。「制度の改定前は、職群転換したいが自信がなく踏み切れないといった声がよく聞かれたが、トライアル期間ができたことで「試しに転換してみよう」と思った女性も増えたという。

 「実際には、改定後に転換した後で元の職群に戻った人は今のところまだいません」と石黒さんは言う。北口さんも、「転換してみると、職域が広がり新しい仕事にもチャレンジできて、仕事にやりがいが持てるようになりました」と話している。

 岡村友美子さんは、今年7月に東日本火災新種損害サービス部医療サービスセンターのサービスセンター長に就任し、管理職となった。1992年に総合職入社したが、その後エリア総合職ができた際に、エリア総合職を選択している。当時は女性の総合職と言えば、転勤のないエリア総合職と考えるのが一般的だった。

富士火災海上保険 東日本火災新種損害サービス部 医療サービスセンター サービスセンター長の岡村友美子さん

 「私は総合職で入社したという意識を強く持っていました。周りには仕事のできる一般職女性が多かったので、自分は彼女たちより高い給与をもらっている分、きちんと仕事ができているのかと、常に自問自答していたのです」と岡村さんは話す。「総合職であるからには男性と同じ仕事をしたかったのですが、当時は『女性はそこまでしなくていいよ』という暗黙の了解のようなものがあり、ずっと疑問に思っていました」

 その疑問を強く感じたのが、入社12年目、西日本火災新種損害サービス部で火災・新種保険の支払い業務を担当していた時だった。「火災・新種保険では、火災現場で調査を行うことも多いのです。扱う金額も高額になり、交渉事や法律問題も絡んでくるため、男性が担当するのが慣例でした」と岡村さんは言う。「私も男性と同じように火災現場に行きたかったので、『いつでも行きますよ』と常に訴えていたのですが、なかなかチャンスをもらえませんでした。今思えば、火災現場に女性を行かせるのは危険だという配慮もあったのでしょうが、その時はとにかく男性と同等に仕事がしたいとムキになってしまっていました」

 同部署で2年間努力を重ねた岡村さんだが、2005年4月にセイフティ24損害サービス部障害サービスセンターに異動。「当初は継続して火災・新種保険の仕事をしたかったのですが、異動先のサービスセンター長が以前いた部署の先輩で、2005年に初めて女性管理職となった人でした。とても尊敬していたので、この先輩のもとで何か自分にできることがあればと思いました」


目先のことよりも長期的な視野を持つことが大事

 岡村さんはこの女性上司の推薦もあり、2006年度の第2期「女性管理職育成研修」を受けた。研修を受けての感想を、岡村さんはこう話す。「私はそれまで、自分ができなかったことをできるようになったり、任せてもらえなかった仕事を任せてもらえるようになるといったように、目の前にある壁をひとつずつ乗り越えていくことに一所懸命になっていました。でも研修を受けて、長期的な視野を持つことの大切さを痛感しました。ワークライフバランスという言葉を知ったのも、この時が初めてでした。やりがいを持って長く働き続けるには、考えなければいけないことがたくさんあると気づきました」

 岡村さんは「女性の中には、きっかけがつかめないだけで、チャンスがあればリーダーシップを発揮できる人がたくさんいると思います。今後はそうした人たちに、目標をクリアしていくことの楽しさややりがいを伝えていきたいと思います」とも言う。

 「ワーキングウーマン活躍支援プロジェクト」は、2006年7月の経営層への提言を最後に解散したが、石黒さんと北口さんは、引き続きワークライフバランスの推進と女性の活躍支援に取り組んでいる。プロジェクト始動時は1人だった女性管理職は、今年11月1日現在、20人に増えた。

 今年11月には、石黒さんと北口さんの企画で、同社で初めて女性のみを対象とした「女性活躍推進ワークショップ」を都内で開催。当日は首都圏を中心に、20~40代の女性約30人が集まり、外部講師による基調講演のほか、今後のキャリアや働き方を考えるためのディスカッションを行った。各グループでは、岡村さんら女性管理職育成研修の修了者がファシリテーターを担当。これまで他部署の女性社員と交流する機会がほとんどなかった参加者たちは、ファシリテーターの経験談や参加者との意見交換から、それぞれのキャリアに対する気づきを得ていた。

 この「女性活躍推進ワークショップ」は、来年2月に大阪でも実施する予定だ。北口さんは、「今後は各地域本部も回って多くの女性の声を聞き、より積極的に取り組んでいきたいと思っています」と力強く結んだ。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。