三井住友銀行で2005年10月に設置された「Next W・ingプロジェクト」は、2つのミッションを担う組織だ。女性客に向けた金融サービスを提供すること、そして女性が働きやすい職場づくりのサポートをすることである。

 「Next W・ingプロジェクト」が立ち上がるまでのいきさつを、室長代理の高林亜矢子さんは説明する。「近年、女性のお客様の金融ニーズが多様化しています。そこで、女性マーケットとはどういうものかを考えるためのタスクフォースが2005年5月に立ち上がりました。メンバーは、本部でローン業務や個人業務に携わる女性11人で、私もメンバーの1人でした」。男性と異なる女性の消費行動を分析し、それに基づいて新商品や新サービスを模索したり、女性を切り口としたアイデアをまとめて役員にプレゼンテーションした。

三井住友銀行 個人事業部 Next W・ingプロジェクト室 室長代理の高林亜矢子さん (写真:皆木優子、以下同)

 チームは半年をかけ、いくつかの女性向け商品を提案した。住宅ローンでは契約社員や単身者向け物件の取扱を可能にしたり、女性にニーズが高いと言われる繰り上げ返済の手数料をネットで無料化するなど、現在の女性向け商品の特徴は、この時期に生まれたものが多い。

 また、女性客の融資の相談に応じるのは女性社員である場合が多い。社内で女性が働きやすい環境が整っていれば、女性客に対しても効果的に対応できるようになるということで、女性が働きやすい職場づくりのサポートも重要課題となった。

 こうした活動に関する専任組織の必要性が認識されるようになり、タスクフォースが立ち上がった5カ月後の2005年10月に、個人客の相談業務を行う「個人部門」の部内室として「Next W・ingプロジェクト室」が設置された。室員はすべて女性。それまでコンサルティング事業部で商品開発企画などを担当していた高林さんが、専任で従事することになった。室長には、当時あざみ野支店長だった浅山理恵さんが任命された。現在浅山さんは2人目の子を出産し、育児休暇を取っている。

 「Next W・ingプロジェクト」の実際の活動は女性向け商品の企画ではなく、女性のニーズを把握し、商品開発部門に提案することだ。また、実際に会社の制度をつくるのではなく、社内にどのような制度があるのか社員に知らせ、改善すべき点があれば人事部に提言する。つまり、社員と会社との橋渡しの役目を担っているのだ。

 「弊社では、育児休業制度などはなかり充実していますが、残念なことに社員に知られていないことも多いのです。理由の1つとして、制度の情報そのものが分散していたりして、活用方法がうまく伝わっていない面がありました」と高林さんは言う。「そこで、結婚、妊娠、出産などの際に利用できる社内の制度にはどんなものがあるか、どのような手続きをいつ行えばいいかなどを、ライフイベントごとにまとめた『働く女性のための両立支援ガイドブック』を作ったのです」

 ガイドブックの内容は、同行のイントラネットで社員は誰でも見ることができる。もちろん女性社員には好評だが、支店長や男性管理職など、部下から結婚や妊娠を告げられた時、このガイドを大いに利用しているそうだ。


 また、「Next W・ingポスト」では社員が意見を提言できる。そこに寄せられた声を参考にしてつくられたのが、男性社員を対象とした短期育児休業制度と半日休暇制度で、それぞれ2007年1月に新設された。

 「短期育児休業制度は子どもが1歳6カ月に達するまでの間、10営業日まで有給の育児休業を取得できる制度です。仕事と家庭生活の両立意識の向上をはかるために新設されました。1日単位で分割取得でき、有給であることから男性の育児参加推進も目指しています。2007年9月末までに34人の男性がこの制度を利用しました」。

育児休業中に仕事のキャッチアップができる「職場復帰サポート講座」

 1998年12月から三井住友銀行では投資信託を取り扱うようになり、社員には最新の専門知識が求められるようになった。半年以上育児休業を取っていると、情報から遠ざかってしまう。ブランクが長いことにより復職への不安を訴える声が「Next W・ingポスト」に寄せられるようになったため、2006年4月に職場復帰をサポートする講座が開設された。

 「月1回、銀行業務に関する新しい情報を伝える『育児休業制度利用者のための職場復帰サポート講座』を開いています。東京と大阪の会場に子連れで参加できる集合研修としていますが、テレビ会議を利用して、全国どの支店からでも参加できます。毎回20人以上の女性が参加、合計で350人以上が受講しました。休暇中の人のネットワークづくりの場にもなっています」と高林さんは言う。ちなみに2006年度、育児休業を取った女性社員が128人いた。前年と比べると1.5倍だ。

 銀行ではインターネットのセキュリティー機能を高く設定してあるので、社員が自宅から会社の情報を得るのは難しい。このため、銀行内に「マミーズライブラリー」を設置し、会社が用意したパソコンを使ってイントラネット上の各種通達やパンフレットを閲覧できるシステムをつくった。育児休業中でも仕事のキャッチアップをするうえで役立っている。

 「Next W・ingプロジェクト室」は2006年と2007年に、すべての女性社員向けのセミナーを東京と大阪で開催した。講演者には、キャリアコンサルタントの植田寿乃さんを招いた。「今後のキャリアに不安を感じている女性が自身の価値観を再確認し、自分にとっての幸せなキャリアや人生とは何かを考えるきっかけとなる講演を行っていただきました」と高林さん。

 セミナーは30歳前後の女性社員を主な対象にしたが、理由を高林さんはこう説明する。「結婚、出産というライフイベントに直面するこの時期は、時間のやり繰りが難しくなる年代。でも、30歳前後女性を対象とした研修は少ないのです」。この年代は様々なポジションを経験し、このまま働き続けるべきかどうか…といったキャリアプランに悩む時期でもある。

 セミナーは土曜日に行い、任意参加であったにもかかわらず、各回とも300人近くの女性が出席した。「忙しくて自分のキャリアについて考える余裕がなかったが、今回のセミナーで考えるきっかけになった」などの声が寄せられた。

 現在、三井住友銀行には女性支店長が9人いる。つきみ野支店長の山下あゆみさんはその1人だ。山下さんは1984年、高校卒業後に一般職として入行し、1991年個人客の相談業務に携る「新総合職」に職種転換した(現在、「新総合職」は「CS(コンシューマーサービス)職」と改名されている)。

三井住友銀行 つきみ野支店 支店長の山下あゆみさん

 「当時、私はつつじヶ丘支店の取引先課に勤務し、職種転換するまでは窓口業務を担当していました。新総合職として営業に携るようになってから、自転車でお客様のお宅を訪ねる“外回り人生”が始まったのです」

 1991年は、同行が新卒女子を一般職と総合職だけでなく新総合職としても採用した初めての年だ。「私はそれまで窓口にいて、お客様に顔を知られていたため、営業に携るようになってからも、お客様は抵抗を感じなかったようです」と山下さんは当時を振り返る。「しかし新卒の女性社員はお客様に顔を知られていないため、『なぜ、女性を担当させるのか』『解約する』といった苦情が支店長や課長に寄せられたこともありました。当時の上司にはこのような状況に対応する準備ができておらず、お客様からのこういった声を、新卒の女性に直接伝えてしまうこともあったのです」

 新総合職の女性の中で最年長だった山下さんは、上司と年下の女性社員の双方の言い分を聞く機会が多かった。立場が違うためそれぞれの言い分にギャップがあることもこの時に実感し、「上司の立場と部下の気持ちの両方を理解する、いい機会になりました」と山下さん。この経験は、山下さんが後に部下を持った時に役立った。「以前の経験から、どちらに対しても遠慮したり腰が引けたりしてはいけないという教訓を学びました」と語る。


上司と後輩から、人間関係を学ぶ

 「例えば上司から部下に関する注意を受けた時、それを部下にどう伝えたら良いのか工夫すること。逆に部下が上司に不満を抱いたら、同情するだけでなく、その声を上に伝えなくてはならないことを学んだのです」

 支店長になるまでキャリアを積めたのは、人とタイミングに恵まれていたからだと山下さんは言う。銀行という男性社会の中でありながら、女性が支店長を務めることに対して周囲からの反発や違和感が寄せられることはない。

 2005年5月に「Next W・ingプロジェクト」の前身であるタスクフォースが立ち上がった時、山下さんはオブザーバーとして参加し、それ以降「Next W・ingプロジェクト」を応援している。山下さんは子供がいないため、育児休業などには関心が薄かったそうだが、「働く女性のための両立支援ガイド」が作成された時は、部下を集めて説明会を行ったそうだ。

 「育児休業後に復職する女性は、確実に増えています。これは『復帰講座』の成果だと思います。また、子育てをしながらでもキャリアアップを目指せることが周知されたのも、『Next W・ingプロジェクト』の働きかけによるところが大きいと思います」

 女性客へのニーズを充実させながら、女性社員が働きやすい環境をつくるサポートを続ける「Next W・ingプロジェクト」。新しい形態の取り組みに挑む三井住友銀行の将来に注目したい。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。