一時は8億円台に落ち込んでいた年商を2007年3月期には23億円までに急回復させた、ホッピーブランド再生の立役者、ホッピービバレッジ副社長の石渡美奈さん。

ホッピービバレッジ副社長の石渡美奈さん(山田 愼二、以下同)

 本コラムに最初に登場してもらったのは、2006年11月だった(記事はこちら)。その後、2007年9月に自らのブランド再生物語をつづった本『社長が変われば会社は変わる!』が、発行4カ月で2万2000部の大ヒット。5回の出版記念講演での参加者は1000人にも上った。

 本書には、筆者が取材した後に起きた様々な事件――創業以来初の自主回収など――も書かれている。その後のホッピーと著作のヒットにまつわる裏話などを伺いに、再び石渡さんを訪ねた。


 「本を出してから、私と会社を取り巻く環境が劇的に変わりました」という石渡さん。2007年夏に、阪急コミュニケーションズから「本を出しませんか」という1枚のファクシミリが入ったのが、出版のきっかけだ。この本には、本コラムで取材した時点ではオフレコだった話――同族企業ならではの「お家騒動」や、「美奈についていく」と言ってくれ、信頼していた工場長が、改革を焦る石渡さんに反発し辞表を出した事件なども書かれている。

 石渡さんが経営の「軍師」と仰ぐ、武蔵野代表取締役社長の小山昇さんのおかげで、この工場長は翻意してくれたのが幸いだったが、こういった事実も包み隠さずに書かれている。「本を出してほしいと言われて単純にうれしかった。必要以上に人を傷つけるつもりはないのですが、ひとつの区切りとして正直に書きました」と石渡さん。

石渡さんの著書の発売記念に作った、記念ラベルのホッピー

 出版の効果はダイレクトに会社の売り上げにもつながった。「2007年の11月、12月は過去最高の売り上げを記録しています。本が起爆剤になったのですね」と石渡さん。「でも正直なところ、社員は大変。昨日と今日で出荷が1.5倍も違うので製造が間に合わず、そのフォローに営業スタッフが走り回る状態。今はつらいけれど、みんなで頑張って乗り越えよう、と言っています」とうれしい悲鳴を上げる。

 正直言って、経営者が自著を出すことがそこまで商品の売り上げにつながるとは思っていなかった。しかし石渡さんは「いえいえ、本を出すからには絶対に会社の業績に反映させようと方針を決めました」と言い切る。「業績につながらなければ、ただの経営者の道楽です。ホッピーをもっと皆さんに知ってもらい、愛してもらえるよう考えながら執筆しました」


 本ができてからは、出版社の営業部員と一緒に50軒もの書店を回った。さらに、石渡さん1人で営業したこともある。普通、本の著者が自分で書店回りをすることは滅多にない。しかも、「○○(女性誌)の×月号の書評に載りますから、その時は目立つように店頭に書籍を置いてくださいね」と細かい依頼までする。書店が売りやすいよう、営業のツボを心得ての書店回り。出版社は、1冊の本のためにここまではなかなかできない。

 著書が新聞や雑誌の書評に取り上げられ、取材や講演依頼も増えた。ただ残念なことに、「講演を頼まれても、申し訳ないのですが、関東圏以外はお断りせざるを得ません。ホッピーは関東圏を出ると知名度がググッと落ちるので、実績につながらないのです」と石渡さんは言う。

街で見かけるホッピーの宣伝トラック、通称「ホピトラ」の紙模型

 今回は、石渡さんにぜひ聞きたいことがあった。以前取材した頃よりさらに、ホッピーファンが増えてきたのでは…、と感じていたので、どういう営業をしているのかと思っていたのだ。「組織を一から変えたことが、営業強化につながりました。以前はスタッフがバラバラに営業していましたが、今では経営者が方針を決め、それを数値目標と具体的な戦略に落とし込み、即実行できる部隊になっている。それが売り上げにつながっていると思います」

 しかしホッピービバレッジの営業スタッフは8人。うち3人は2007年の新卒で、営業課長職の中堅社員は採用課長も兼務している。同社の社員は相変わらず、1人で何役も受け持って頑張っている。

 「売り上げが伸びたといっても、『3歩進んで2歩下がる』という感じ。いつも、思わぬアクシデントが起きますから…」

 アクシデントの1つが、創業以来初の自主回収だ。2007年度は食品会社関連の様々な不祥事が取り沙汰されたが、ホッピーもこれらと無縁ではなかった。石渡さんはこの事件について著書の中で、「2007年6月17日の夜、お客様からのメールで発覚した」と書いている。

 1リットルのペットボトル入りグレープフルーツサワーに、異変が生じているというメールだった。酵母菌がペットボトルに混入して、沈殿物や異臭を発生する商品事故だ。調べたところ、原因は社内汚染だと判明した。社員から報告を受けた時のことを石渡さんは「まさに時が止まった! という感じでした」と語っている。


 これまで一番ショックだった「工場長の辞表事件」よりも、もっと背筋がぞっとする思いを味わった。「もしほかの製品に飛び火して、影響が広がったら…」という恐怖だった。ホッピービバレッジの社長である父は間髪入れずに、「自主回収だ」と英断した。

 創業以来初の自主回収、朝日新聞、読売新聞の全国紙に打つ社告、そして事故防止の設備投資…。「全国紙の社告は1紙500万円。自主回収の費用と設備投資も含めて数千万円。私たちにとっては、大変な損失でした」

 しかし2007年はその後、食品偽装という言葉が流行語になるほど、食品会社、しかも老舗の不祥事が相次いだ。創業者一族が頭を下げる記者会見のシーンを何度もテレビで目にしている。

 「隠そうとするから大難になるんです。うちは誰も隠そうとしなかったから、少難で済みました」。石渡さんは社内汚染を正直に報告してくれた工場責任者や社員を責めることなく、逆に労った。「誰でも失敗することはあります。でも、失敗した個人を決して責めません。ただ、失敗を隠そうとした場合は責める。日々、社員にそう言い聞かせています」

 以前の風通しの悪い組織のままでこの事故が起きていたら、どうなっていただろう? 社員が汚染を隠し続けていたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。この教訓を生かし、石渡さんは、社長、製造部門との「改善対策委員会」を立ち上げた。

オフィス入口には、社員の顔と自己紹介を書いた紙が貼られている

 2008年の抱負を石渡さんに尋ねると、「製造業としての原理、原則、手順をさらに徹底していくことです。それによって、もっとよい企業文化をつくっていきたい」と間髪入れず返事が返ってきた。とにかく全員が参画する意識を持ってもらうことが大切だ、と石渡さんは言う。

 「社員に経営マインドを持たせなさい、とよく言われますが、それは難しい。経営者をやりたくないから、社員になっているのですから。でも、その社員たちに経営への参画意識を持ってもらうには、とにかく価値観や夢を共有することです」と石渡さん。

 「経営者は、『やれ』と旗を振るだけではダメです。まず目標を立て、それを明確にして、あとは具体的な行動に落とし込むこと。そうなると、社員は身の丈にあった小さなことを日々積み重ねていける。そういう文化をつくることが大切なのです」

 ホッピービバレッジで社員と価値観や夢を共有するツールの1つは、ボイスメールだ。社内の連絡などは、eメールではなく主にボイスメールを使う。ボイスメールのキャリアは電話だ。携帯電話でも使えるので、電話さえ通じるところなら、どこからでも通信が可能だ。文章を書くのが苦手な人も、しゃべるのなら苦にならない。「ボイスメールなら、肉声で緊張やワクワク感などがリアルに伝わってきます。文章では、真実を伝えにくいこともあるのです」と石渡さん。


オフィスの壁一面がホワイトボードなので、どこにいても会議ができる

 さらに2007年4月に改装したオフィスは、壁一面がホワイトボードになった。あちこちに計画表や数字などが書き込まれているのが分かる。このおかげで、オフィスのどこで立ち話を始めても、すぐに打ち合わせや会議ができる。

 石渡さんの言う「価値観や夢を共有する仲間」として、2008年度の内定者11人は、既に会社に来てもらっている。中小企業はどこも採用には四苦八苦しているが、ホッピービバレッジはそんな苦労とは無縁なようだ。リクナビから数千人が応募してきて、1回90人ほどの説明会を10回開いても足りないぐらいだった。居酒屋の「和民」や「さくら水産」などでも扱われているホッピーは、学生にも認知度が高い。あまりお酒を飲まない今時の学生たちは、アルコール度数を調節しながら飲めるホッピーが好きだ。


 石渡さんのオフィスのキャビネットには、内定者向けのレターが貼ってあった。「この手紙を内定した学生とその家族に送っています。どんな会社か分かれば、親御さんにも安心していただけるでしょう。内定した学生とは、ボイスメールなどでコンタクトを取り、アルバイトもお願いしています。4月に晴れて入社した時には、即戦力ですよ」。内定者にレターを出しているのは、先輩になる会社の新人たちだ。

 4月に入社して研修をして…というのではなく、社会人1日目からバリバリ仕事したい。そんな学生たちが志望するのがホッピーだ。既に、石渡さん率いるホッピーワールドの価値観を共有する仲間である。

 ホッピーワールド1年目の新人たちは、まずエリアを決めた営業で繰り返し客先を訪れることで鍛えられる。「あれもこれもやらせると、力がつかない。まずは自転車の運転。それをクリアして楽しくなれば、バイクにも車にも乗りたくなるはず。繰り返していくことで力がつくのです」

石渡さんの著書、『社長が変われば会社は変わる!』(阪急コミュニケーションズ)

 いい企業文化をつくるためには、結局社員との根比べだと石渡さんは言う。繰り返し体験させ、小さな成功体験を積み重ね、一緒に成長していく。方針をやたらに出しても社員は混乱するから、最初はやるべき仕事の領域を狭くして、「何があっても、これだけはやって」という部分をきちんと定めて社員に伝える。そのうちに、ほかのこともやりたくなってくるようになる。「社員を引っ張っていくには、とにかく根負けしないことです」

 最後に、石渡さん自身が「跡取り娘として、これだけは誰にも負けない」ということを聞いてみた。少し間を置いてから石渡さんは、「信念ですね」と答えた。「ホッピーに対する信念だけは、誰にも負けない。自分がナンバーワンだと思います。これだけは、今社長である父にも勝っているかもしれません」

 5年間で年商3倍、年30%の増益。著書の帯のコピーに書かれた数字をたたき出す「跡取り娘力」の原動力――。それが、「信念」なのである。



石渡美奈(いしわたり みな)
1968年、東京生まれ。90年立教大学卒業後、日清製粉に入社。広告代理店を経て、97年に祖父が創業した会社、ホッピービバレッジに入社し、広告営業企画を担当。99年公式ウェブサイトを立ち上げ、日記も書き始める。2003年5月から副社長に。2007年に『社長が変われば会社は変わる!』を上梓。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。