世界約140カ国で医薬品を供給する米製薬大手イーライリリー・アンド・カンパニーの日本法人、日本イーライリリーでは、シニアマネジメントからなるグループ「シニア・リーダーシップ・フォーラム(SLF)」の中で、リーダーの育成が大きなテーマとなっていた。

日本イーライリリー 信頼性保証本部 本部長の糸井朋子さん(写真:太田 未来子、以下同)

 「その一環として、女性リーダーが育っていないことを危惧する声が上がりました。医療を取り巻く環境を考えた時に、女性医師や、看護・介護に深く関わる女性が増加しています。こうした顧客のニーズに応えるには、我々製薬会社も女性の力を有効活用しなければならないという、全社的なテーマもありました」と話すのは、信頼性保証本部長の糸井朋子さんだ。

 そこで2004年に、当時は臨床開発部長だった糸井さんや、セールスマーケティング部の部長らでタスクフォースが組まれ、女性リーダー育成に当たっての問題点と解決策を検討。「Attract(採用)」「Retain(定着)」「Develop(開発育成)」の3つのアクションプランが打ち立てられた。

 「この3つのアクションプランに照らした時、MR(医薬情報担当者)を中心とした営業スタッフと、内勤職の多い本社スタッフとの間では、大きな差があることが分かりました。特に営業では『Retain』の、本社では『Develop』の弱さが目立っていました。そこで、営業では柔軟な働き方を可能にするための制度の整備、本社では制度の充実に加え、女性自身の積極的なキャリア開発を促すための施策の実施に注力しました」と糸井さんは話す。

 営業では2005年から2007年までに、「リリーフMR制度」「ダブルカバー制度」「勤務地考慮制度」といった新たな支援制度が設けられた。

 「リリーフMR制度」は出産・育児休暇を取得する際、その間の業務を契約MRなどに委託する。「ダブルカバー制度」は、出産・育児休暇から復職した際、2人でチームを組むことで短時間勤務を可能にする。「勤務地考慮制度」は、勤務地や転勤に関して、本人希望を優先するもの。これらの制度は女性だけでなく、男性も取得できる。


「育児パパ」のための制度も導入

 さらに、女性の出産休業に相当する制度として、営業に限らずすべての男性を対象とした「育児パパ休暇制度」も導入した。「男性社員の配偶者が出産した際、子供が6カ月を迎えるまでに5日間の休暇を取得できる制度です。男性の場合、妻が実家に帰省して出産するケースも多いため、出産直後だけでなく妻が帰宅してからも利用できるよう考慮しました。実際に、子供が熱を出した時などに利用している人が多いようです」と糸井さん。

 「『育児パパ休暇制度』は、男性の育児休暇取得促進につなげることも狙いでした」という糸井さんの言葉通り、この制度利用から、その後3カ月、6カ月と育児休暇を取得する男性社員も出ているそうだ。

 また、女性MRのキャリア開発支援として、先輩女性MRによる「メンター(相談相手)制度」、経験の浅いMRが先輩女性MRに同行して学ぶ「フィールドライド制度」なども設けられた。糸井さんは「育児をしながら働く女性MRは、現在6人。過去にはもっと多かったのですが、仕事と育児の両立の難しさから、多くが退社しました。新たな支援制度を活用して、キャリアを継続する女性MRが増えることを期待しています」と話す。

 本社では、女性の積極的なキャリア開発を促すための基盤づくりとして、2004年の秋に全女性社員をメンバーとする「リリージャパン・ウィメンズ・ネットワーク」を立ち上げた。アドバイザーを務める糸井さんと各部門長が協議のうえ、各部門の優秀な女性社員11人を、このネットワークのリーダーズグループメンバーに選出した。「彼女たちが中心となって、様々な環境、立場で働く女性社員のネットワークを作ることで、お互いが刺激し合い、自らのキャリアを考える場を提供することを目的としました」と糸井さんは言う。

 ウィメンズ・ネットワークのリーダーズグループでは毎月ミーティングを行い、その年に実施する様々な企画の検討を行っている。これまでゲストスピーカーによる講演やワークショップを行う年次会議、米国本社からの女性シニアマネジメントが来日する際のランチョンミーティングなどを実施するほか、2006年には「ウィメンズ・ネットワーク・アワード」を開設した。

 「ジェンダーダイバーシティーの推進に貢献した社員を自薦・他薦で公募し、優秀者を表彰します。第1回では、子育てをしながら活躍する女性MRのほか、出産・育児休暇を取得する女性部下を積極的にサポートした男性マネジャー(部長)らが部下や同僚からの推薦によって受賞しました」

 現在、研究開発本部 臨床開発部 臨床開発推進部ジャパンメディカルコミュニケーションズ部長の小嶋祐子さんは、昨年度、第2回のウィメンズ・ネットワーク・アワードの受賞者だ。

 小嶋さんは2006年から神戸本社でサイエンスコミュニケーションズのチームリーダー(課長)を務めていたが、15人の部下の中には、東京支社や在宅勤務で働く女性社員も数人いた。小嶋さんの受賞は、彼女たちの推薦によるものだった。

在宅勤務への積極的な取り組みを評価

日本イーライリリー 研究開発本部 臨床開発部 臨床開発推進部 ジャパンメディカルコミュニケーションズ 部長の小嶋祐子さん

 小嶋さんは「顔が見えない部下との間で、コミュニケーションに問題が生じないよう、電話やメール、チャットなどを利用してこまめな連絡を心がけ、日々の業務に支障がないようサポートしました」と話す。

 在宅勤務制度は、育児・介護の際に最大で週に3日間の在宅勤務を可能とする制度だ。パソコンやプリンターなど業務に必要な機器は会社より貸与され、オフィスと同様の環境で仕事をすることができるという。とはいえ、「在宅勤務では電話会議が多くなるため、事前に資料を用意してメールで送る、広い部屋での会議の際は全員の声が拾えるよう高性能マイクを準備するといった工夫も必要でした」と小嶋さんは言う。

 在宅勤務制度に関して、糸井さんは「現在は、育児との両立を考慮し、子供が小学校就学まで取得できる場合と、介護のための利用を視野に入れて対応していますが、それ以外にも男女を問わず社員の家庭の事情・ニーズを考慮して、今後も柔軟に対応したいと考えています」と話す。

 ウィメンズ・ネットワーク・アワードの受賞をきっかけに、小嶋さんも2008年からウィメンズ・ネットワークのリーダーズグループのメンバーとなった。「私は、部下の能力を最大限に引き出す環境をつくることが、管理職としての義務だと思っています。ジェンダーダイバーシティは、その中の課題の1つ。会社の支援を必要としているのは、子育て中の女性社員だけではないはずです。様々な背景を持つ社員の問題意識や不安材料を対話によって探り、組織としてサポートできるよう、貢献していきたいと考えています」と小嶋さんは言う。

 「長い人生、キャリアの中で見れば、育児や介護といった理由で制約を受けるのは、ほんの一時期のこと。そのためにキャリアを諦めてしまうのは、本人にとっても会社にとっても大きな損失になるでしょう」


 糸井さんは、「支援制度を整備すること、社員の意識を高めることで、優秀な人材が能力を発揮できる環境をつくり、会社に貢献してもらう――そんなWin-Winの関係を築くことが重要です」と話す一方、「これまでは、まず支援制度の拡充に注力してきたあまり、こうした本来の目的を理解してもらうための継続的な啓発活動を行ってきませんでした」と省みる。

 支援制度の整備が進むにつれ、活用する女性社員が増える中で、その対応に追われた管理職にストレスがかかり、不適切な発言につながったり、本来は男女とも取得できる支援制度が、女性だけのものだと誤解されるといった問題も出てきた。そのため、「ダイバーシティー推進とは、男女を問わず社員に柔軟な働く環境を提供することで、社員に能力を発揮してもらうという企業戦略。このことを継続して訴えていく管理職研修などを検討中です」と糸井さんは話す。

 その足がかりとして、今年2月に実施された全国営業所会議では、ダイバーシティーをテーマとしたパネルディスカッションの時間を設けたという。「トップからのメッセージを伝えるだけでなく、自ら参画することで理解してもらおうと、女性MRや管理職、男性MRや支店長、営業本部長なども一緒に壇上で討論を行い、双方の理解を深めました。本社でも、こうした機会を作っていきたいと考えています」

 ハードの整備から始まった同社のダイバーシティー推進は、転換点を迎えた今、新たな課題に向かって前進している。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。