『跡取り娘の経営学』 白河桃子著 日経BP出版センター 1400円(税抜き)

 本サイトの連載「『跡取り娘』の経営戦略」が、書籍『跡取り娘の経営学』になりました。

 普通なら男性が継ぐはずの家業を、自ら経営者として継承することを選んだ「跡取り娘」たち。2006年10月の連載スタート時から、全国各地の「跡取り娘」たちをインタビューしてきた筆者の白河桃子さんは、こう感じていました。「どの跡取り娘にも共通する、潔さ、優しさ、仕事に対する類まれな情熱は、いったいどこからきているのだろうか?」

 『女性の品格』の著者で、昭和女子大学学長の坂東眞理子さんは、跡取り娘の記事を読んで、こうつぶやきました。「愛と責任感を持って経営に取り組む彼女たちの“品格”ある生き方に、私は感動します」…。

 白河さんが取材を通じて感じ取ったのは、跡取り娘たちの「働く女性としての品格」だったのです。

 今回はゲストに坂東さんを迎え、『跡取り娘の経営学』著者の白河桃子さんと「跡取り娘の品格」について議論を交わしていただきました。

―― 企業の継承に苦労する人が多い中、息子や娘婿ではなく娘に家業を継がせるというのが今回の『跡取り娘の経営学』のポイントです。

坂東 昔は「跡取りは、息子」というふうに決められていたと思うんです。家に女の子と男の子がいたら、男の子の方が「お兄ちゃん、あなたは跡取りなんだからしっかりしてね」と言われて育ちましたよね。女の子は、家を出てお嫁に行くと。

白河 そうですね。私の大学時代、家が商売をやっている女性の友人がいましたが、たいていは友人のお兄さんが家を継いでいました。

昭和女子大学学長の坂東眞理子氏 (写真:山田 愼二、以下同)

坂東 でもこの本にも出てくるように、最近はお嬢さんたちがしっかりと家業を継いで、成功する例が増えているわけですね。

白河 そうなんです。先ほどの例も、意外に妹本人の方がしっかりしていて兄がダメ、ということもあって。「あの会社は、お兄ちゃんじゃなくて、妹(友人)が継いだ方がよかったのでは? 友人も跡取りとして教育されていたら、いい経営者になったかもしれないのに、もったいない」と思うことがありました。

坂東 日本でも、昔の船場の商家や相撲部屋は、「家つき娘」が跡は取るけども、経営はお婿さんがする、という感じでしたね。娘さんは人事担当・経理担当重役で、「表の顔」は旦那さん。よそから有能な男性を迎えて、養子にすることも多かった。でも白河さんの本で紹介している人たちは、娘さん自身が経営をやっていますよね。

白河 「跡取り娘」の連載は2006年に始めたのですが、最初のうちは日本に「跡取り娘」がこんなにたくさんいるとは思いませんでした。私の世代(40代半ば)では、まだ女性が跡取りとして育てられることは、少なかったので…。

坂東 でも、それがよかったんじゃないかしら。女性は小さい時から「あんたは跡取りで、この店を継ぐんだから」と刷り込まれてきていないでしょう。だから逆に、男性よりも自由な発想ができると思います。

白河 プレッシャーがないんですよね、

坂東 そうですね。子供を育てる時も「あんたはこうだから」とか、親が先回りして「こうしなきゃいけない」と言うと、子供はかえって反発するんです。例えば跡継ぎの息子たちは、「あんたは跡継ぎだから」と言われ続けたことで、家業に重圧を感じたり反発したりして、伝統の大事な部分も壊したくなっちゃうんじゃないかしら。

白河 実際にそういう息子がいました。「お父さんを越えなきゃ」というプレッシャーがあって。それがない分、お嬢さんの方が強いんでしょうね。

坂東 お嬢さんは、「そもそも父親を越えられるはずがない、別の存在だ」と思っていますからね。その意味で、女性は「伝統の時代を壊さなきゃ」と思うことは少ないと思います。本当に最近は、「女の子は経営は向いていないから息子、だめなら婿」という狭い「男尊女卑」的な考え方が、変わりつつあるんですね。

跡取り娘の品格経営「社員を思いやる」

白河 『女性の品格』でコミュニケーションが大事である、と書いておられますが、「跡取り娘」たちはほかの人とのコミュニケーションや気持ちの交流を重んじる傾向があるんです。男性はどちらかと言うと、勝ち負けにこだわるのですけど。

坂東 女性は、部下が何を考えているか、気持ちよく働いているか、気を配っていますよね。白河さんの本に、跡取りさんを子供の頃から知っている、年上の社員(番頭さんとも言いますよね)がいる会社が出てきました。跡取りさんは、こういう番頭さんを押さえつけたりバカにしたりは、決してしない。逆に、男の子だと「番頭に牛耳られてはいけない、僕がしっかりしなくちゃ」と対抗心を出して、ムキになることがある。

白河 そうなんです。跡取り娘たちは、とにかく番頭さんを上手に立てて、うまくやりながら前に進んでいこうとしています。また、その社員たちがだんだん年を取ってきたら、彼らの将来を心配したりする…。

坂東 責任感があるのね。よく、「日本には上流階級がいない。豊かな生活をするとともに、社会に対する責任ある行動、ノブレスオブリージュ(高貴な義務)を持つ人が少ない」と言われます。でも跡取り娘さんたちは、そうしたノブレスオブリージュを持っているように思います。子供の頃から、父親の会社の従業員や仕事を手伝っている人から大事にされた分、彼らに対して責任を感じている。そういう人たちが、跡継ぎになっているんじゃないかしら。

白河 中にはかなり資産があり、事業をやめた方がいいかもしれない会社もあるんですよ。でも、会社をつぶしたら、社員が路頭に迷ってしまう。だから、やめられない。…そういう「利己」ではなく「利他」の気持ちを持った女性が多かった。こういう考え方ができるのも、跡取りさんたちが心豊かに育てられたからなのかなと思います。

坂東 もちろん、中には大事にされすぎてスポイルされた人もいるはずだけど、女性の場合は、スポイルされた人は跡継ぎにならないんですよ。責任感のある人だけが残るのです。男の子だったら、「ほかに男の兄弟がいない」という場合、たとえ出来が悪くても跡継ぎにされてしまうこともある…。

白河 総領息子は、ちやほやされますしね。

坂東 話題は違うけど、公務員やいわゆる一流大企業でも、女性の方が輝いているケースが多いですよ。平均値はそう変わらないはずなのに何でだろうと思うと、やはりそういうところに入ってくる女性は、女性の平均値から飛び出て、3シグマぐらい離れた人なんですよね。男性は、普通の人ですが。

白河 そうかもしれません。私もこの取材を始める前は、「跡取り娘」と言っても名ばかりの経営者で、わがままだったりあまり魅力的ではない人に、1人くらいは遭遇するかも…と心配していたのですが、そんな人は1人もいませんでした。

坂東 女性の方が選択の幅が広いから、自分のキャリアの選択で、公務員にとても向いている人しか公務員にならないとか、ビジネスに向いている人しか跡を継がないとか、より適性がある人だけが跡継ぎとして残るんじゃないかしら。

ジャーナリストの白河桃子氏

白河 それはあると思います。選択の幅が広いとおっしゃいましたが、跡取り娘たちの何人かは、「家業を継ぐ」選択をする前に、自由にいろいろなことを体験しているんです。ディスクジョッキー(DJ)や銀行の支店長をやったり、バブルの時にOLで旅行や食べ歩きを経験したり…。ただ彼女たちは、単に遊び回っただけではなく、家業を継いだ時に様々な形で経営に生かされているんですよ。

坂東 以前の経験が、栄養になっているのね。それにしても、自由にいろいろな経験が積めたのは、やっぱり実家にある程度の経済力があったということもあるでしょうね。

白河 そうですよね。バブルという時代の後押しもありますし。ただ、その経験をムダにしないで、会社経営のための栄養にしているところが、面白いなと思うんです。

坂東 ところでこの本の跡取り娘さんで、結婚している人の割合はどのくらいなのかしら?

白河 結婚している人と独身の人と、ちょうど半々ぐらいです。結婚している跡取りさんの中には、和菓子屋「あけぼの」の細野佳代さんのように、旦那さんが彼女の家業を手伝うために、会社を辞めて彼女の会社に入っている人もいます。

坂東 でも、昔のような婿養子の形ではないわけね。

白河 そうなんです。細野さんのところは「妻が社長で、夫は専務」。もし、昔ながらの男性だったら、奥さんが上の地位にいることが許せないかもしれませんが、そのあたりは、男性の考え方もかなり変わってきているのではないか、と思うんです。

坂東 男性も人生の選択肢が広がってきたのでしょうね。やっぱり昔ながらの考え方をする男の人だと、パワフルな女性のパートナーになれないで終わってしまうんじゃないかしら。柔軟に考えられる男性は、奥さんが社長で自分が専務でもいいと…。

跡取り娘の品格経営「長く顧客の信頼に応える」

白河 『女性の品格』がこれだけ多くの人に読まれたのは、「当たり前だけれども、忘れてはいけない大切なこと」を書いていらっしゃるからだと思うんです。跡取り娘の取材をしていた時も、「私は何でこの人たちに会いたいと思ったか」というと、やっぱりそういう、「忘れてはいけない大切なこと」を彼女たちが持っているように思えたからなんです。

坂東 そうですね。経験上感じるのは、ある時期すごく親しくなるけれども、こちらの環境が悪くなるとぱっと離れていったり、自分にとって得かどうか考えながらつき合おうとする人がいます。こういう人は、人間としての品格を疑いますね。でも、こちらがいい時も悪い時も態度を変えず、約束も守り、長い期間いい関係を持ってつき合える人もいて、こういう人は信用できます。ビジネスでも同じですね。老舗のように伝統を守っている企業は、常になすべきことをきちんとして品質を維持して、信用を築いてくるんですよね。

白河 長く信頼に応えているから、存続するのですね。

坂東 信用というのは本当に、つくる時は「一歩一歩」ですから。満塁ホームランでなく、コツコツ、コツコツとバットを球に当てて出塁して…ということを、老舗は代々、バトンタッチしながら続けてきたわけです。そういった「ものを大事にする」ということを受け継ぐ、そういうバトンを受け取って次の世代につないでいくというのは、人間としての信頼感がありますよね。

白河 そうですよね。こういう跡取り娘さんたちの家業やお店は昔からあるものですし、両親や祖父母がその仕事に従事してきた姿を見てきている。そういう、何か長い時間の流れの中に自分がいるという気持ちを、自然に持っているのではないかと思うんですよ。

坂東 例えばヨーロッパでは、経営学の中に「ファミリービジネス」という項目があります。特にフランスはとても多いんですよ。

白河 そうなんですね。ヨーロッパでMBA(経営学修士)を取った人によると、ファミリービジネスの講義では、家業があることの強みや困難さについても学ぶ。この項目は、アメリカのMBAの講義にはないんだそうです。

坂東 ないですね。アメリカでは、自分でビジネスを立ち上げる、ベンチャーの考え方が強いのです。そして会社を上場させたら、一番企業価値の高い時に売り飛ばして、あとは自分は悠々自適、という1つのアメリカンドリームがあります。

白河 そうなんです。フランスでMBAを取った人にその話を聞いた時、ああ、なるほど、ヨーロッパってすごいな、と思ったんですけれども(笑)。

坂東 本当に、拡大主義じゃなくて持続するということを大事に考えるんですよね。

白河 だから、日本にもファミリービジネスがあるとしたら、やっぱり彼女たちが継承しているものがそれに当たるのかなと思います。

坂東 今、社会全体の女性に対する期待も変わってきていて、こうした跡取り娘さんにとっては、「ライトタイム、ライトプレイス」ということかもしれませんね。

白河 そうですね。男女雇用機会均等法施行から20年の間の動きかなと思いますね。

(次回へ続く)

坂東眞理子氏と白河桃子氏

(構成/日経ビジネス オンライン編集委員 大塚 葉)

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。