(前編から読む)

 さて、父の会社である博水社に入社し、東京農業大学に入学した田中秀子さん。通うのは「食品理化学」や「醸造醗酵」を学ぶクラスだ。会社が終わってから、時には仕事を抜けて、中目黒の本社から世田谷の校舎まで2年間通った。

 初めて学ぶ、「pH」や「糖度」「イオン交換処理」などの専門用語。工場の中で交わされる会話の意味がやっと分かるようになって、「何とか入口に入れた」と思った。

博水社代表取締役社長の田中秀子さん(写真:いずもと けい)

 田中さんが会社で最初に任されたのは、経理の仕事だ。「お金のことが分からなければ経営はできない」と父に言われたのだ。だが、税理士と父が交わしている会話を聞いていても、これがまたよく分からない。「せめて法人税のことだけでも理解しないと」と、今度は税理士の専門学校に行くことに。渋谷で週3回、5時から11時までのクラスに2年間通った。「2つの学校に行ったことで、かろうじて商品や経理の話についていけるようになったんです」

 跡取り息子だったら、最初から農大に進んだかもしれない。しかし、これまで取材したケースを見ても、跡取り娘は回り道をしてきている。最初はほかの道を目指していても、徐々に父の右腕になれるよう、基盤を固めていくのだった。

 「2代目の父に比べたら、自分は恵まれている」と田中さんは思う。父は24歳で先代社長である祖父を亡くした。長男としてジュース会社を継いだが、まもなくコカ・コーラの日本市場への進出や大手飲料メーカーの寡占化ともいえる時代が到来。まるで“黒船来襲”で、あっという間に小さなジュースやサイダーの会社300社近くが廃業したという。

 「何か人と違うことをやらなくてはいけない」と考えた末、父が1980年に開発したのが、「ハイサワー」である。ハイサワーの爆発的ヒットで博水社は生き残ることができた。「もしかすると、父は先々をきちんと見ている人なのかもしれません」

ハイサワーをさらに進化させていきたい

 しかし、時代の移り変わりは激しい。過去の栄光に甘んじてはいられないのが跡取りの宿命である。博水社の社員約20人の中で、田中さんも注文、出荷手配、営業、経理、開発と一通りの業務を経験した。しかし重要なのはやはり、商品開発だ。開発は香料や果汁の会社も含めてのコラボレーション作業だが、最終的には“最強のご意見番”である「母と妹の味覚」が頼りになる。田中さんは、母と妹には必ず最後の味見をしてもらうのだ。博水社に入った田中さんは、こうして父とともに新しいハイサワーの味を追求していく。

 「3代目としてやりたいことは、ハイサワーを進化させることです。日本のお酒のメニューに新しいカテゴリーを作ったハイサワーは、私たちの財産として大事にしていきたい。でも、売れ筋にあぐらをかいている時代じゃない。私たちはあくまで“割り材”屋。主役はお酒で、私たちは脇役です。お酒の業界の流れを見つつ、いつも時代に合わせて進化したものを作っていかないと生き残れません」

 田中さん自身も、お酒が好き。「飲むとすぐに赤くなるんですが」と笑う。ウェブサイトには「3代目シスターズがめぐる店」が並んでいるが、市場調査も兼ねていろいろな店を訪問している。現場には必ずヒントがある。

 「乾杯する時の“最初の一杯”が変わってきています」。居酒屋などで周囲の客たちを観察していると、最近では「乾杯が多様化していること」に気づいた。以前は、ほぼ全員がビールを注文していた。「でも最近見ていると、乾杯の時のグラスが一人ひとり違うのです」。「とりあえずビール」はもう過去のもの。これからは、1品種だけではやっていけない時代なのだ。

 ハイサワーも、様々なテイストを出している。レモン、青りんご、うめ、グレープフルーツ、ライム、クランベリーなど6種類。焼酎の水割り1杯に大匙1~2杯を足すだけでいい和風「わるならシリーズ」は、抹茶や赤しそテイストがある。特に、静岡産抹茶を使う抹茶は評判がいい。

 「過去のような単品での大ヒットは、これからはもうないでしょう。最近の若い人がお酒を飲まないのは、酒類業界全体の悩みです。いつもお酒とともにある割り材メーカーも危機感を共有しています」。“割り材”ならではのアピールをしていくことが必要になる。

 例えば今は「深酒できない時代」でもあると田中さんは言う。車を運転する際の飲酒チェックも厳しくなった。「例えば、タクシーの運転手さんは朝乗車する時にアルコールのチェックを受けるので、前の夜は9時ぐらいまでしか飲めませんし、深酒も禁物。でも酒好きなら、5杯6杯とグラスを重ねてしまいますよね」。

変わってきた飲酒スタイルに合わせて新商品を開発

 「お酒というのは、2杯目からは“何となく”飲んでしまうことも多い。そんな時、最初の1杯目は焼酎をハイサワーで割ってつくり、途中まで飲んだら後はハイサワーだけを足して飲む。そうして徐々にアルコールを薄めていけば深酒にならないし、満足感もあるんです」

 女性ならではの視点で、新しい商品も開発した。それが2003年の「ダイエットハイサワー」だ。田中さんがこの企画を提案した当時は、バイヤーに「お酒を飲む時に、チマチマとダイエットなんて考えないよ」と一笑に付されたこともある。

 しかし発売してみたら大好評。「どうせお酒を飲むなら、ダイエットもしたい」というのが女性の気持ちだが、ダイエットハイサワーは男性にも受けた。今でこそ「カロリーゼロ」「糖質ゼロ」を謳う発泡酒も増え、飲酒の際もカロリーを気にするのは当たり前になった。清涼飲料にも、「カロリーオフ」「ライト」「ゼロ」などの文字がひしめき合い、ダイエット飲料は今大ブームだ。「ダイエットハイサワーは、30年前のハイサワーの進化形です」と田中さんは言う。

ハイサワーハイッピー。ビアテイストとレモンビアテイストがある(写真:山田 愼二)
あわふわ。ビアフレーバーとレモンフレーバーがある(写真:山田 愼二)

 もうひとつの“進化形”が、2006年に発売した「ハイサワーハイッピー」だ。1980年にハイサワーを作る前に父が6年間開発を進めていたが、原材料のホップメーカーの廃業でお蔵入りになった幻のレシピ。これを引っ張り出し、父と一緒にさらに4年かかって再生させたのが、ビアテイストの「ハイサワーハイッピー」。「焼酎と合わせても、ホップのクリーミーでふわふわの泡が消えないように、試行錯誤を繰り返しました。苦いお酒が苦手な人でも飲みやすいよう、レモン果汁も加えています」

 父娘2代でやっと実現した、ビアテイストの割り材だ。ホップを使った焼酎の割り材といえば、ホッピービバレッジのホッピーがある。田中さんはあえて語らなかったが、ハイサワーハイッピーの発売を扱ったニュースの中には、「好調のホッピーを阻止する一手」と書いたものもあった。

 ハイサワーハイッピーの後に同じ製法を使って発売した商品が、「あわふわ」だ。レモンとホップで仕上げた炭酸飲料である。普通のノンアルコールビールは、ホップを醗酵させ、酒類法で酒と見なされるアルコール度数1%未満で醗酵を止めるのだが、あわふわはホップを醗酵させない独自の製法で作っているので、アルコール分はゼロ。低カロリー、低プリン体でありながら、ホップの泡がたくさん立つので、ビールを飲んだ時の満足感がある。

3代目シスターズ。右が秀子さん、左が妹さん。愛犬にも「ハイハイちゃん」と名づけた

 ハイサワーハイッピーやあわふわの開発で、大きな力になってくれたのが、田中さんの母と、田中さんと一緒に「3代目シスターズ」を名乗る妹だ。田中さんより4年後に博水社に入社し、現在は取締役である。

 「母と妹は味覚が似ていて鋭いのです。新しい飲料を開発する時は、まず基材を組んで味をざっくり作っていき、それから細かい部分を調整していきます。商品の味を決める最後の段階になると、妹が味見してデータを取っていく。小さな誤差を飲み分けることができる能力があるのです」。新商品の味の開発で毎日微調整を繰り返している時、田中さんが「昨日と同じ味に感じる」と思うことがあっても、必ず「違うよ。昨日よりも苦味が出ている」などと指摘するのが妹だ。

 「妹は感性が鋭い。商品のラベルやロゴのデザインも、妹の意見を入れると完成度が高くなります。私は“のびのび”系ですが、妹は几帳面なタイプ。私は、机の上に仕事が山積みになっていますが、妹はきちんとファイルして順に片づけていく方です」

 対照的な姉妹、と田中さんは笑う。外に出て人に会ったり、営業や交渉ごとは姉の田中さんの得意分野だ。「決めたらどんどん実行」する姉と「几帳面な妹」は、ちょうどいいバランス。博水社の3代目は、「姉妹力」という両輪のパワーである。


 田中さんがこだわる“進化”は新商品開発だけではない。“割り方の進化”もある。田中さんが大井町のある居酒屋に営業に行った時、たまたまキリンビールの営業担当者と一緒になった。キリンビールには、「白水(はくすい)」という麦焼酎がある。

 「うちの会社(博水社)と、同じ名前ですね」。そんな話から「白水をハイサワーハイッピーで割ってみましょうか」という運びになった。本来、ハイサワーと相性がいいのは甲類焼酎とされ、今まではクセの強い味の乙類焼酎で割ることはあまりなかった。

 しかしこの「白水」は、柔らかくまろやかな味わいの麦焼酎。ハイサワーハイッピーも、ホップの泡でできている割り飲料だ。「麦とホップ」ということもあってか、試しに割ってみたら「相性がいい。すごくおいしい」と田中さん自身もびっくりした。「麦焼酎のふわりとした柔らかさと、ハイサワーハイッピーの泡のふわふわ感が、なんとも言えないのです」。その場でお客にも飲んでもらったが、みな「おいしい」と言ってくれた。

 これがキリンビールとのコラボレーション、「ダブルハクスイ割キャンペーン」に進化した。こんなコラボが実現するのも、人懐こい田中さんのキャラクターのせいかもしれない。田中さんは現在東京FMで、「聴くならハイサワー劇場」に出演している。ある日出演したラジオ番組で「博水社3代目です。『わるなら、ハイサワー』の歌をご一緒に歌いましょ!」と言ったところ、ラジオを聴いていたトラックの運転手などから反響があり、レギュラー出演が決定した。声も可愛らしい社長である。

 4月に社長に就任したが、これも周囲から「そろそろやるの? やらないの?」と押し上げられた格好。長靴を履いて工場を走り回っていた子供の頃から現場が好きで、「いつかは、自分がこの仕事をやるのかなあ…」と漠然と思っていたのが、「ついにやるべき時がきた」のだ。

「薄利多売」に手を出さず、割り材メーカーの立場を貫く

 社長になることが決まったら、父をはじめ皆が「頑張れ」と応援してくれた。「どこに行っても、知ったかぶりはしないことにしています。『まだ経験も浅いし、たまたま親が商売をやっていたという若輩者の社長なので、どうぞよろしくお願いします』という気持ちで頭を下げています。知らないことは知らないと、素直に教えを請うと、先輩方がいろいろと教えてくれるんです」

 ハイサワーが一般名称化したせいで、今では“ハイサワーもどき”の商品がたくさん出て、ハイサワーも一時ほどの勢いはなくなっている。さらに大手メーカーの缶チューハイも人気で、苦戦を強いられているのが現状だ。「ハイサワーの缶チューハイを出してはどうですか」と尋ねると、スーパーで値引き競争をしている薄利多売の缶チューハイ市場に参入できるのは、大手だけという。「売れば売るほど赤字になってしまう可能性のある競争は、うちには無理なんです。博水社はあくまで割り材メーカー。新しい割り方で勝負していくしかありません」

 田中さんによれば、「焼酎割り用飲料」は中小企業分野製品として、大手企業は製品化できないことが法律で定められているそうだ。ほかにも「ラムネ」「シャンメリー」など6品種が対象となっている。だから、経営統合の時代でも、博水社やホッピービバレッジのような中小企業が活躍できるのだ。

ハイサワーのロゴの入ったエプロンをかけた田中さん(写真:いずもと けい)

 さらに田中さんが「宝物」として大切にしているものがある。それが酒問屋を介する流通ルートだ。「ブランドの流通を守るには、“中”を飛ばさないことが大事。流通あってのメーカーです。うちは地元の酒屋さん、居酒屋さんに始まって、大手スーパーに扱ってもらえるようになり、全国区になった。今までお世話になっていた流通ルートを忘れない。原則のルートは守っていくのが基本です」

 「進化させていくこと」と「守っていくこと」を判断していくのが跡取りとしての重要な役割だ。直販、直売が流行り、どんどん仲介業者を抜いていく時代であるが、田中さんにとって、流通ルートは「守るもの」の1つである。

 また、30~40代の都会での“外飲み”を中心に、「レトロでおしゃれ」なイメージアップでシェアを伸ばすホッピーとは対照的に、ハイサワーはやっぱり「お父さん」や「おやじさん」を主な顧客ターゲットとしているようだ。


 原宿で60周年イベントをやったホッピーに対して、ハイサワーのダブルハクスイ割は地元「大井町」でのキャンペーン。あくまで「お父さんの味方」「庶民派」がハイサワーの路線である。不況で“家飲み”が多くなるお父さんたちを応援する意味で、「全国亭主関白協会」とも提携キャンペーンもしている。このあたりも、社長のキャラクターを反映しているようで、2人の“割り材跡取り娘”を取材している私としては興味深いところだ。

 「お酒ではないけれど、いつもお酒のそばにあるもの。うちが作っているのは大人の清涼飲料です。ハイサワーを守り育てつつ、進化したアイテムや割り方で、幅を広げていきたい」と田中さん。

 最後に、田中さんのもう1つの顔を紹介しよう。取材の日、別れ際に「実は昨日はあまり寝てなくて」と言われ、取材中そんな様子は全く見えなかったタフさに感心したが、睡眠不足の原因を聞くと「徹夜で行われた、犬猫のレスキューボランティア」とのこと。

 田中さんは長年、NPO法人(特定非営利活動法人)「日本動物生命尊重の会(A.L.I.S)」のボランティア活動に参加している。飼い主に捨てられたり迷子になり、東京都動物愛護相談センターに収容され、引き取り手がなければ殺処分されてしまう犬や猫を引き取って、里親探しをする団体だ。

 飼い主が引き取りきれない現場に、レスキューに入ることもある。取材の前日、田中さんは埼玉県入間市で一晩中レスキュー活動を手伝っていたそうだ。明け方車を飛ばして目黒の自宅に戻り、ほとんど寝ないで取材場所の千葉にやってきたのだ。

 「年間40万匹もの犬や猫が、処分されている。その中の1匹でも2匹でもいいから、里親を探してあげたいのです」と田中さん。犬1匹にもこんなに情の深い人は、会社にも人にも、商品に対しても一生懸命に違いない。

 また新しい跡取り娘が誕生した割り材業界。これからも注目していきたい女性社長の1人である。


田中 秀子(たなか・ひでこ)
1960年、東京生まれ。1982年、山脇学園短期大学英文科を卒業し、博水社に入社。妹と一緒に「三代目跡取りシスターズ」として活動。2008年4月、代表取締役社長に就任。東京FM 月曜日から金曜日13:53~13:55「聴くならハイサワー劇場」に出演中。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。