このコラムでは、毎回跡取り娘を1人ずつ取材してきたが、今回は、群馬県は伊香保で家業を継いだ、4人の跡取り娘たちが登場する。

 室町時代から湯治場として知られ、萩原朔太郎、谷崎潤一郎、島崎藤村、徳冨蘆花など文豪たちが愛した群馬県の温泉地、伊香保。徳冨蘆花の『不如帰』の舞台となり、蘆花はこの地で最期を迎えたことでも知られている。

 街の中心には石段街と呼ばれる長さ300メートル、360段の石段があり、浴衣姿の温泉宿の客たちが、お土産屋を冷やかしながらそぞろ歩く。石段を上がった突き当たりは伊香保神社。急な石段を、神輿を担いだ男たちが上る光景で知られている伊香保例大祭は、9月の観光シーズンの目玉だ。

夜、旅館に集合した4人の跡取り娘たち

 そんな伊香保の街で、夜8時、洋風旅館「ぴのん」のロビーに4人の女性が集合した。

 「これが今月の売り上げ」「そろそろ商品を補充しないと足りないね」…忙しく行き交う会話と同時に、手は素早く売上伝票を書く。彼女たちは有限会社「伊香保おかめ堂本舗」のメンバー。会社のヒット商品であるお土産物の決算報告をしているのだ。そしてメンバー4人それぞれが、伊香保の新しい時代を担う跡取り娘たちでもある。

 ホテル松本楼の3代目で、洋風旅館「ぴのん」を作った松本由起さん(39歳)、旅館の千明仁泉亭(ちぎらじんせんてい)23代目の千明(ちぎら)恭子さん(34歳)、これも旅館のいかほ秀水園3代目飯野由希子さん(31歳)、そして石段街の土産屋である民芸の山白屋3代目の真淵智子さん(43歳)だ。

伊香保おかめ堂本舗の4人の跡取り娘たちの会議風景。左から千明仁泉亭23代目の千明恭子さん、いかほ秀水園3代目の飯野由希子さん、ホテル松本楼3代目の松本由起さん、民芸の山白屋3代目の真淵智子さん(写真:山田 愼二、以下同)

 8月の伊香保ハワイアンフェスティバル(伊香保温泉観光協会主催)、9月の渋川市伊香保商工会による伊香保まつりで、また街がにぎわう前の一息つける時期に、本業の時間を割いて4人が集まったのだ。それぞれが仕事を終えると夜になるので、伊香保おかめ堂本舗の活動は、どうしても夜の時間になる。

 松本さん、千明さん、飯野さん、真淵さんの4人は、2002年、伊香保温泉品質向上委員会に参加した。これは、伊香保温泉観光協会と旅館組合が初めて共催した町の活性化会議で、行政の観光課職員も参加したものだ。委員会の席上では、「ほかの魅力的な温泉地の視察をしてはどうか」という提案も出たが、「費用はどうするのか?」など様々な意見が出て、なかなか決まらない。

 委員会の後でたまたま残った4人が、夜中の2時まで「これからの伊香保をこうしたい」と、街作りについて熱く語り合った。52軒の旅館がある伊香保だが、このところ客足が落ちている。さらにバブル期の設備投資がたたり、廃業したり、伊香保以外の資本を入れる旅館も出てきた。古い温泉地として団体客を呼び込んでいた伊香保にも、「大きなターニングポイントが来ている」「今のままではいけない」と誰もが感じていたのだ。

 「1人ではできないけれど、4人集まればできるかもしれない!」。…そんな思いが、4人の跡取り娘たちを動かした。思ったらすぐに実行するのが、女性たちの思い切りの良さ。できることからやろうと、4人で計画して、再生に成功しているほかの温泉地の視察に行ったりした。

 最初の活動は、伊香保をアピールするための伊香保らしい「モノ作り」をしよう、ということだった。製品や販売に責任を持ちたいということで、あえてNPO法人(特定非営利活動法人)でなく、有限会社をつくることに。こうして4人の跡取り娘たちが立ち上げたのが、伊香保おかめ堂本舗である。

 モノ作りにこだわった理由は、彼女たちがそれぞれの家業で現場に立っていることからの発想だ。土産物屋だけでなく、旅館の若女将でも売店の売り子をやる。店に立っていると、お客から「伊香保だけにしかないものはどれ?」といつも尋ねられる。「水沢うどんや、湯の花まんじゅうですね」「食べ物以外のお土産はないの?」…。それが実は、なかったのだ。

 「じゃあ、私たちで伊香保のお土産を作っちゃおうよ」。女性だから「最前線の現場に立つ視線」が持てることもある。伊香保に足りないものが見えるのだ。

温泉の湯を利用した石鹸を開発、販売

 こうして商品開発に着手し、「温泉といえば石鹸だよね」ということで生まれた商品が、伊香保の良質な温泉をベースにした石鹸だ。

伊香保おかめ堂本舗の商品。左からあぶら取り紙「香湯さらり紙」、スプレータイプの化粧水「伊香保しっとりミスト」、そして2種類の石鹸「黄金ツルスベ石鹸」と「白銀モチプル石鹸」

 伊香保には、昔ながらの茶褐色の「黄金(こがね)の湯」と、近年湧出した無色透明の「白銀(しろがね)の湯」の2つの源泉がある。伊香保おかめ堂本舗は2004年12月、まず「黄金の湯」を練りこんだ石鹸「黄金ツルスベ石鹸」を誕生させた。最初は1000個作って、「もし売れなかったら各自で250個ずつ引き取ろう」と腹をくくっていたのだが、3カ月で完売。評判になったので、次に「白銀の湯」の「白銀モチプル石鹸」も発売。さらにあぶら取り紙も作った。石鹸は1個840円と少し高価なので、「友だちに気軽に配れるものもあった方がいいよ」ということで、420円のあぶら取り紙を開発したのだ。これも、会社でお土産などを配る女性らしい視点によるものだ。

 こうした商品は4人の家業の店、つまりホテル松本楼、ぴのん、千明仁泉亭、いかほ秀水園をはじめとする伊香保温泉の10軒程度の旅館の売店と、真淵さんの民芸の山白屋などに置いたほか、関越自動車道の上里サービスエリアでも販売した。

 「そのうちに、ほかの旅館から『うちにも置きたい』と引き合いが来るようになって、私たちの作ったものが必要とされているんだ、と自信がつきました」と、伊香保おかめ堂本舗の社長、松本さんは言う。

 しかし、こうしたお土産物作りを続けるうちに、疑問も出てきた。「私たちのやりたいことは、モノ作りだけじゃない。次は『コト作り』をしようということになったのです」と伊香保おかめ堂本舗の取締役の真淵さんは、熱く語る。

 それが、2006年から四季折々に発行する伊香保のフリーペーパー「栞」の事始めだ。「栞」とは「るるぶ」などの旅行ガイドブックに挟める大きさであることと、「伊香保のよい道しるべ(栞の語源は、枝を折って道しるべにすることからきている)になれたら…」という意味を込めてつけた名前だ。

4人で企画、編集しているフリーペーパー「栞」

 栞に掲載しているのは、「るるぶ」にも「じゃらん」にもない独自の伊香保情報だ。「栞」の企画制作には1カ月をかけ、取材は4人の跡取り娘たちが自ら行う。デザインや印刷にかかる費用約10万円は、各自が2万5000円ずつ分担。3000部ほど刷って、旅館や駅、観光協会などに配布している。

 栞の内容は、「伊香保に生まれ育った私たちならではの、生活目線の情報」にこだわった。「日帰り温泉」の需要が高まっていると知って作ったのが、「日帰り湯マップ」。温泉旅館でも「日帰りコース」が可能なプランをピックアップした。健康ブームに合わせて、実際に足で歩いたウオーキングマップも作った。また、最近は女性客も芸者さんに興味がある、と知って特集した企画が「女性のためのプチお座敷遊びのススメ」。小さな栞だが、こうした楽しい企画が満載だ。

 「温泉地といえば、これまでは夜の宴会やストリップ劇場など、昔ながらの男性目線の楽しみが強調されていたように思います。女性目線の提案が欠けていた。でも、女性だって芸者遊びには興味があります。もっと女性や個人客にも楽しめる伊香保にしたい。栞には、そんな私たちの気持ちが詰まっているのです」と松本さんは言う。

 伊香保温泉は新宿からバスで往復4100円で来られるので、最近では20~30代の若い女性グループやカップル客が増えた、ということに4人とも気づいていた。

 「伊香保は宴会をする団体のお客さんに支えられてきた温泉地ですが、今は個人客と団体客の両方がいらっしゃいます。最近では個人客が主なウェイトを占めていて、団体が入ったらラッキーというぐらいの姿勢でないといけなくなってきました」と語るのは、伊香保おかめ堂本舗では会計を担当する取締役で、最年少の飯野さん。

 「今までは、団体の男性客がお金を落としてくれればいいという視点だった。個人客はその時だけのお客様でリピーターにはならないのでは、と考える人もいました」と言うのが、伊香保おかめ堂本舗では取締役の千明さん。歴史の長い旅館を背負っている。

変化してきた観光客に対応

 「個人客や女性など、お客様の質が変わっていきていることに対応しないといけない」。この事実に気づいていても、自分たちの親の世代では、やり方がなかなか変えられないこともある。そんな状況にもどかしい思いをしているのは、4人の娘たちの共通の気持ちである。

 「栞」の最新号では、「最近外国人観光客が増えているが、外国の皆さんは、伊香保に来て、行きたい所にちゃんと行き着けているのか」を検証してみた。その結果、「英語、ハングル、中国語などの記述が必要では?」「地図の看板があっても、現在地表示がないとうまく使えない」「表示がないと、バスで宿までたどり着けない」といった、街作りにも関わる疑問や提案が次々に出てきた。こうなると行政も動かさなくてはいけない状況にもなる。

 しかし最近は、伊香保おかめ堂本舗のこうした地道な活動が認められて、「提言をしてください」と求められることも増えた。利益は度外視してもやってきたこれまでの活動は、無駄ではなかったのだ。上毛新聞社の呼びかけによる北関東自動車道の広告でも、伊香保おかめ堂本舗が選ばれて「提言」をする立場となった。

 「最近、何か面白い話題はありませんか?」と、テレビや雑誌の取材を受ける時の最初の窓口になることも増えた。伊香保おかめ堂本舗は、伊香保の新しい顔になりつつあるのだ。「おかめ堂の活動は伊香保のためでもあります。伊香保全体が上向きになれば、巡りめぐって自分の家のためにもなるのです」と松本さんは言う。

 しかし、4人の活動が今のように認められるまでには、時間もかかった。最初から順調というわけではなかったのだ。

 有限会社を立ち上げた当初は、「お嬢さんたちが何を始めたのやら…」という視線で見られることもあった。そのうえ4人は、いわばライバル同士とも言える立場である。旅館業の3人はもちろんのこと、お土産物屋もある意味ではライバル関係になる。昔は旅館には売店がなかったが、旅館がお土産物を売るようになってから、旅館と土産物屋の確執も出てきた。

 「私は石段街のお土産物屋だし、ほかは旅館のお嬢さん。そういう会に顔を出してどうするんだ、という反対もありました。でも、おかめ堂の商品が売れていることもあり、反対されることもなくなりました」と真淵さんは言う。

伊香保温泉の石段街

 また旅館といっても、それぞれ背負っている家の立場も規模も違う。伊香保には500年、120年、50年クラスの旅館があり、500年クラスの旅館は温泉の権利を持つ「大家」と呼ばれ、かつては12の大家が温泉街を取り仕切ってきた。23代目の千明さんの家は大家で、3代目の松本さん、飯野さんの旅館は50年クラスに相当するという。新興と老舗、旅館と土産屋…。歴史の長い温泉街には、様々な構図が複雑に絡み合って存在している。

 旅館の歴史でいえば、千明さんの旅館が最も長い。4人の年齢は、真淵さんが一番上だ。だが、伊香保おかめ堂本舗の社長は言いだしっぺの松本さん。男同士だったら、立場や年齢による「縦の関係」が発生するところだが、4人の跡取り娘たちの和気あいあいとした会話を聞いていると、まったく上下関係が感じられない。女性だからこそ横の連携ができる、ということがあるのだ。

 「男だったら縦の関係になるかもしれません。でも私たちは『人ありき』で仲良くなったのです」「女性だから、こういう形で集まることが許されるところもありますね」「それぞれから今まで聞けなかった話が聞けるし、思いを共有できる同志です」と、みな口々に伊香保おかめ堂本舗のよさを語る。

 飯野さんがふと思いついたように言う。「4人とも小中高と同じところを卒業しているのに、学校で一緒だった時期はありません。少しずつずれているのです。だから、先輩、後輩という感じもないんです」。さらに4人の強みは、「伊香保の危機感や将来への展望を共有できる」ことだ。

 「みな一度は、伊香保の外に出て戻ってきている。だから外からの視点での伊香保の危機感を共有できる」という。4人の跡取り娘たちはいったい、どんな経歴を経て今の立場になったのだろうか? それは4人の中では一番最初、25歳の時に跡取りとして伊香保に戻ってきた松本さんの物語から始めなくてはいけない。


日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。