(前編から読む)

 メーカーズシャツ鎌倉2代目の貞末さんが父と大喧嘩をしたのは、数年前のことだ。父は大きなショッピングセンターへの出店を計画していたが、貞末さんは「ここでは売れない」と強硬に反対した。

 新店舗の成否は、会社の進退を賭ける大博打だ。納得しない出店はしたくない。たとえ創業者である父に反発しても…。

メーカーズシャツ鎌倉常務取締役の貞末奈名子さん。鎌倉本店の前で(写真:山田 愼二、以下同)

 「売れなくても、不動産会社が保障してくれるわけではない。担当者は出店を誘う時はいいことばかり言いますが、採算が取れない出店の厳しさはよく分かっていますから」

 満を持して出店したものの、成績が他の店舗よりも芳しくなく、2店舗退店したという苦い経験がある。大きな駅で、人がたくさん来るいい場所だと思っても、購入につながらない場合もある。その2店舗の近隣のファミリー層のお父さんは、5000円近くするシャツを買わなかったのだ。

 「代わりに、貞末さんが新しい出店先を探す」ということを条件に、父は貞末さんの意見を入れ、出店計画を見合わせた。自分の足で歩き回り、納得のいく場所を見つけた貞末さん。それが、2007年に出した新宿通り沿いの路面店だ。今も満足のいく売り上げを上げている大事な店だ。反対に、貞末さんが父と喧嘩をしてまでも出店を断ったショッピングセンターは、今厳しい状況にあるという。跡取り娘の勘が勝ったのだ。

 貞末さんに新宿の路面店の場所を紹介してくれたのは、あるコーヒーのチェーン店だった。店の担当者に出店戦略の話を聞くと、意外にもシャツの販売と相通じるところがあった。


男性用、女性用シャツだけでなく、ネクタイなども扱う

 「コーヒーの売れる場所は、決まっているそうです。コーヒーは嗜好品なので、そこにお金を使うか、使わないか、お客様の嗜好がはっきりと出る。そのコーヒー店の場合、全国で一番売れるのが新宿、2番目が横浜の駅前だというんです」

 嗜好品という点が、メーカーズシャツ鎌倉のコンセプトに似ている。コーヒーもシャツも、ただ人が多いから自動的に売り上げも上がる、というわけではない。「要はバランスです。人が多い場所でないと、売り上げがとれない。でも、そこにどんな人たちがいるかも重要なのです」。

 自分たちの顧客を見失わないことが大切なのだ。しかし、ショッピングセンターばかりで、なぜデパートに出店しないのか? そう聞くと明快な答えが返ってきた。「自分たちの作った製品を、責任を持って売り切る。“命を懸けて”売っていくんです。それが私たちのやり方です」。

 百貨店では、商品を卸しても売れなかったら返品されるシステム。販売が人任せになるので、「自分たちの商品を自分たちで売る」という会社のコンセプトに反する。

 「命を懸けて売る」という言葉を口にした時、終始穏やかな話しぶりだった貞末さんの目の光が強くなった。これまでの取材でも何度か見た、自分の家業を守ろうとする強い意志を秘めた、跡取りの目である。

 だが、会社が大博打を打ってでも出店したかった場所がある。丸の内丸ビル店だ。家族一丸となって実現したい悲願だった。

 「2000年に丸ビルに出店したのは、一世一代の大勝負でした。まず、保証金など用意すべき金額が高い。うちは原価が上代の6割で、残り4割の中から人件費や家賃などを出すので、家賃の高いところは大変なんです」

 しかしメーカーズシャツ鎌倉には、大家である三菱地所とは縁があった。大切な最初の一歩であったランドマーク店も、同じく大家は三菱地所だった。名もないメーカーズシャツ鎌倉が成長するのを見守ってくれたデベロッパーだ。

 「東京のど真ん中、日本の玄関である丸の内に出たいと思っていました。私たちの最初からのコンセプトが、『世界に羽ばたくビジネスマンを応援する』というものです。だから、どんなにお金がかかっても出店したいと、勝負に出たのです」

 結果として、丸の内丸ビル店はアトレ品川店と並んで一番の売り上げを誇っている。「出す、出さない、が本当に一世一代の勝負なので、出店には一つひとつ、ドラマがあります」。

 貞末さんは経理のほかに出店企画も担当するが、さらに重要な業務に会社のウェブサイトとオンラインショップ管理がある。

 ウェブサイトの必要性を父に説いたのは、貞末さんだ。湘南信金時代、IT(情報技術)に詳しい上司から「企業はホームページぐらい持ってないと、これから信用問題に関わってくる」と、毎日耳にたこができるほど聞かされていたからだ。

 資金に余裕があればやってみようと父も納得したところに、ちょうど「御社の商品をオンラインショップで売りたい」という会社が現れた。「私的良品マーケットpicky」というウェブサイトで、楽天もなかった時代だ。

 このサイトで、思いがけず鎌倉シャツは売れに売れた。メンズのオーソドックスなシャツだけしか載せていないのに、1日2~3枚、1カ月に90枚近いオーダーが入った。こんなに注文が入るならと、自社で通販サイトを立ち上げたのが2000年のことである。

 サイトの制作は専門会社に依頼しているが、サイトを更新し、日々の発注をさばくのは、最初は貞末さん1人でやった。経理の仕事を終えてから、商品発送、問い合わせへの返答などを自ら行うのだ。

 「当時私は、インターネットで物を買うなんて考えてもみなかったのですが、『売らんかな』という姿勢がなかったのが、逆にうけたのかもしれません。お金も銀行振込の前払いしかやっていなかった。最初はすごく、高飛車な商売をしていたんです」

 それでも、オンラインショップはどんどん売り上げを伸ばしていく。「『楽天』や『Yahoo!』などからお話を頂くようになったのですが、もうこれ以上売れると私の仕事がキャパオーバーになってしまう。当時は断っていました。最初はこれ以上売れたら困るというぐらいの姿勢だったんですが、毎日やっていくうちに、これは本気でやったらすごく売れるんじゃないかと思いました」。

 ウェブの内容は、「さあ、買ってください」というトーンではなかった。シャツを愛する人たちに、自社の製品を丁寧に紹介するもの。シャツの扱い、アイロンのかけ方、ファッションの基礎知識、おしゃれのコラムなど、どれもお客様の要望に応えているうちに自然に増えていったコンテンツだ。

 「着たことのない生地で、とても着心地がいいシャツがあったので、次に買う時のために生地の名前を知りたいというお問い合わせがありました。こちらが何気なく使っている情報が、お客様にとってはとても重要なのだと教えられることが多いんです。お客様の声がページづくりに役立っています」

 試行錯誤の末、お客様の欲しい情報を網羅したページになり、現在は専門部隊が担当し、本格的にオンラインショップとしての形が整っている。1型500枚しか作らないシャツを、今は11店舗とオンラインショップで売っている。

 お客からの問い合わせは、様々だ。


この春には、パターンオーダーのフェアも開催した

 「結婚披露宴に『平服で』とあったが、どんな服装をしていけばよいか? 着こなしのアドバイスをお願いします」
 「ヘリンボーンのジャケットに合わせる、シャツとパンツの着こなしは?」

 これらの質問すべてに、丁寧な回答を返している。シャツやファッションについて、これまで聞けなかったことを気軽に聞ける場にもなっているのだ。

 最近目立つのが「『華麗なる一族』で木村拓哉さんが着ていたシャツのスタイル」についての質問だという。ドラマ放映時には問い合わせが多く、「襟にピンホールの付いたクラシックなシャツ」がよく売れたという。

 「店は関東周辺にしかないので、関東から転勤してもネットでうちのシャツを買ってくださる方が多いんです。関西や九州、海外からのオーダーもあります。地方から来てまとめ買いをされ、あとはネットで補充するというお客様にも、オンラインショップはお役に立っているかと思います」

 慣れ親しんだ日常着としての着心地のよさは、なかなか替えが利かないということなのだろう。


 1週間ごとに2~3回新製品が到着し、37から45までのサイズ展開で、1店舗1型1サイズしかないものもある。買い逃したらもう次はない。オンラインショップでも、掲載した途端に売り切れ表示が出てしまう商品も珍しくない。

 たまに「どうしてもこれが欲しい。諦めきれないので、探してほしい」と売り切れの商品を求めるメールも来る。「私が着ているのでよかったら、さしあげるのに…」と苦悩することもあるそうだ。

 お客に「どうしても欲しい」と思わせる企画力、商品の速い回転が、鎌倉シャツの大きな強みだ。

 「無駄なものを作らないように、少ないロットで商品の量をコントロールしていくことが重要です。中国で何万枚も生産して、売れ残ったらセールへという作り方をしないことも、経営のスリム化です」

 「売り切れたら終わり」という限定感がお客を誘う。しかしそれは故意にやっているのではなく、結果的にそうなっているのだ。生地は90%が国内(兵庫県西脇産)で、海外はイタリア、英国などから仕入れる。まず生地を購入してから縫製に回すというやり方なので、生地がなくなったらもうおしまいなのだ。

 メーカーズシャツ鎌倉の基本は白とブルー。白はフォーマルだが、「白以外のシャツも着ましょう」と提案してきたが、日本のビジネスマンもずいぶんおしゃれになってきた。パステルカラーを着こなし、同じ白でも微妙な織柄や生地の風合いの違い、襟やカフスの細かなデザインの違いなどにこだわる人が増えている。

鎌倉本店の店員たちと。右端は母親

 鎌倉シャツが強いのは、店頭やオンラインでの対応も含め、お客を啓蒙し、開拓してきたためではないか。

 「うちのお客様はやっぱりいいものを知っていて、うちを使ってくださっていると思っていますので、それが誇りです。どこのシャツでもいいというわけにはいかない…。そういう方たちが本当に喜んで着てくださっていることに喜びを感じているんです」

 厳しい経済環境が、どの産業にも打撃を与えている。その中でも、目立った減益はないと貞末さんは言う。「どこもが不況になったから悪い、というわけではないと思います。もともと会社をつくったのがバブル崩壊の時。その中で実績を上げてきた自信もあります。逆にお財布のひもが固くなって、消費者の見る目が厳しくなればなるほど、うちにチャンスがあると思っているんですよ」。

 「まじめにきちんと、消費者を裏切らないものを作っていけば、お客様は離れてはいかないでしょうし、きっと新たなお客様も来てくれる。こういう時代を逆にチャンスに変えていかなければいけないと思っています」

 無駄を出さない経営方針は、エコロジーにも強い。今年の2月からは、2500円で襟とカフスを付け替えるサービスも始めた。くたびれたシャツが、新品のようによみがえる。綿100%のシャツはリサイクル可能なので、自社製品だけでなく他社製品も、店頭で引き取っている。

 レジ横を見るとメーカーズシャツ鎌倉のロゴマークが入ったハンカチがあった。シャツの残反で作っているという。様々な色、柄、生地の風合いがあって、選ぶのに迷うくらいだ。自分たちで仕入れた生地で生産し、最後まで無駄なく使い、すべての商品を売り切る…。

 当たり前のことを当たり前に、誠実に続けている会社の誇りを、その小さなハンカチにまで感じた。


貞末奈名子(さだすえ・ななこ)
1972年、鎌倉市生まれ。清泉女学院、聖心女子大学を経て、湘南信用金庫に入社。97年、父が創業し、母が社長を務めるメーカーズシャツ鎌倉に入社する。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。