(前編から読む)

 横山食品の跡取り娘、横山史子さんの夫が突然亡くなったのは2004年のことだった。「トライアスロンもやっていて、とても元気な人だったんです。それだけに信じられなくて…」

 新しい工場が建った直後だった。既に夫が次の社長となることも決まっていた矢先の突然の出来事。しかし史子さんには、嘆いている暇はなかった。すべてを仕切っていた母親、教子さんから史子さん夫妻への代替わりは、もう決定事項として進んでいた。

横山食品3代目の横山史子さん(左)と、母の教子さん(写真:山田 愼二、以下同)

 「悲しんだり考えたりしている暇もなく、次々にやることがあって…。でも、それがかえってよかったのかもしれませんね」と史子さんは言う。

 代替わりは、母親の教子さんの引退でもある。それまでは何事も教子さんが頼りで、手の早い教子さんが何でもやってしまっていた。現場の火入れも、教子さんが毎朝3時半に出てきてやっていたのだ。

 「これでは、母が仕事をできなくなった時に現場が回らなくなってしまう」…、そう考えた史子さん夫妻は、工場のラインを再構築することにした。「夫は、誰でも作業ができるように、しかし技術の部分は母のやり方をしっかり残して継げるよう、機械化のラインを作っていました」

 働き者の教子さんがやっと引退したのは、今年になってから。「母はすぐに現場にやって来て、何もかも自分でやってしまう。それに、母が誰よりも手早いのです。もう、工場の全工程は母がいなくてもできるようになってはいるのですが…」と、苦笑しながら母親を見る史子さんの目は温かい。

 「私がいなくても現場が回るようにしてくれたのは、今となってはありがたいと思います。でも、つい気になって工場に足を向けてしまう。創業者である私の母も、死ぬまで工場も家のこともやっていましたからね」と母の教子さんも言う。

 「工場に行くたびに、何度も外に連れ出されました。でも今では、私がいた頃よりもずっときれいに(製品が)できあがっているんですよ」

 今年から、家で孫の面倒を見るようになったという教子さん。芯から働き者の家系なのだ。


工場に立つ母の教子さん

 「女は男の人と同じくらいに働いて、そして家のことも全部やって当たり前という風に育ちました。今の主人は最初は公務員でしたから、『お給料をもらってきてくれるのはありがたい。これは丸々残るわ』と思っていました」

 教子さんの夫であり前社長の武夫さんは会長職に退いているが、工場外回りの環境整備など、地味だが重要な裏方を引き受けている。母子の仕事を裏から支えているのだ。

 史子さんが社長になってから、商品構成も変わった。2008年4月に商品のラインアップを一新し、「まいにち」というシリーズを作った。史子さんの代になってから、思い切ったブランディング戦略を行ったのだ。

 「うちの商品は、以前はパッケージのデザインがバラバラでした。スーパーに並んでいても、一目でうちの商品だと分からなかったのです。そこで、ネーミングやパッケージのデザインを工夫しました」と史子さんは言う。

 「まいにちシリーズ」は、「手頃な値段で、毎日食べても飽きない」という、横山食品のテーマなのだ。

 50品目あった商品の数も売れるものだけに絞り、30品目まで減らした。「この方針は、三重ブランドアカデミーに参加して学びました」と史子さん。


新ラインアップした「まいにちシリーズ」の豆腐。史子さんの説明に熱がこもる

 「三重ブランドアカデミー」とは、三重県農水商工部マーケティング室が県内の事業者を対象に、「売れる商品づくりのための学びの場」として2007年から行っている事業だ。史子さんはここに一期生として通い、地域活性コンサルタント、食品プロデューサー、パッケージデザイナーなど様々な専門家にアドバイスを受けながら学んだ。

 横山食品の「まいにちシリーズ」のパッケージは、パッケージデザイナーの梅原真さんと一緒に、横山食品の「ヨ」のロゴデザインを基にして統一したデザインにしたものだ。「まいにち」の部分のロゴは商品ごとに違っているが、商品を並べるとちゃんと統一感がある。木綿豆腐と絹豆腐も、字の色を変えて分かりやすくするなど、パッケージデザインに改良を加えた自信作だ。

 横山食品の商品開発は教子さんと史子さんの母子2人で行っている。三重ブランドアカデミーには、教子さん、史子さんと品質管理担当の女性社員が参加。既存商品のアイテム数、価格、サイズ、形態などを消費者のニーズに合わせて徹底的に見直し、自社の強みや他社との差別化を学んだ。

三重ブランドアカデミーのポスターの下で

 「三重ブランドアカデミーに参加した最初の頃は、国産原料にこだわったワンランク上の商品を作ってみたいという気持ちが強かった。でも、参加してから考え方が変わりました。既存商品を見直して差別化することが可能なのだ、と分かったのです」と史子さんは言う。

 「私の年代の40代ぐらいだと、大豆加工食品の食べ方が分からない人もいるのです。例えば、揚げやがんもどきをどうやって調理したらいいか分からない人も増えています。そこで、パッケージデザインを工夫して、パッケージを見ただけで調理方法や食卓でのイメージ、味まで分かるようにしたい、と思うようになりました」

 こうして、「毎日の食卓」のために既存の商品を見直して作ったのが、「まいにちシリーズ」だ。

 さらに昨年史子さんは、「伊勢のかねこの金揚げ」という会社を立ち上げた。こちらは、ワンランク上を目指したブランドだ。


 「大豆加工食品の中でもうちは揚げ物が得意で、『揚げの色が黄金色だ』と言っていただくんです。『かねこ』は、創業者である祖母の名前。この2つをとって、『かねこの金揚げ』というブランドにしました」と史子さんは言う。

 「『かねこの金揚げ』は、今冬ぐらいに出荷する予定です。原料と食べ方にこだわり、少し値段は高いけれど満足感のあるシリーズにしようとしています。スーパーで下段に並べるのが『まいにちシリーズ』なら、『かねこの金揚げ』は上段に並べることを目指しています」

 試作品も含め、いくつか食べさせていただいたが、油揚げでも厚揚げのように中味がびっしり詰まっている。皮は黄金色で、中はふわりとしている。

 「流通過程でドリップが出ないのが特徴なんですよ。皮の食感が変わらないんです」と、教子さんが胸を張って言う。揚げる温度や時間、圧縮の仕方など、おいしさの秘密はたくさんある。

 「生産工程にはたくさんの労力と熟成時間をかけています。詳しい内容は企業秘密ですが、うちは油揚げ、厚揚げなら、どんなサイズでも食感でも出せるんです。工場のラインも、最後の工程までは機械化しないで手作りの部分を残している。だから、サイズの変更はいつでもできるんですよ」

ふわりと柔らかい食感のがんもどき

 揚げの形も三角、四角とあり、サイズもいろいろだ。手でちぎって丸めて作るがんもどきも、大きさは自在にできる。「姫がんも」という小さながんもどきもある。

 教子さんから史子さんの代になって一番変わったのは、ボリューム感だという。「私の時は、安くていい商品をたくさん食べてもらいたいと思い、大きく、大きく作ってきました」と教子さん。

 しかし史子さんは違う。「今は、個食の時代。世帯人数も少なくなってきていますから、1人なら主食、2人なら副食になるくらいの大きさの商品を開発しようと考えています」

 「サイズを小さくするというのは、母とは逆の発想ですね。最初のうちは売り上げが落ちましたが、1週間後には逆に伸びてきました。商品を小さくした分、安心や安全面にこだわりました。原材料の野菜も、国産の新鮮な生野菜を使っています。お客様に求められていたのは、このサイズなんだなと分かりました」。

 毎日スーパーに納品しているので、お客の反応はダイレクトに分かる。横山食品は中卸をしないことも、大きな強みだ。撤退も素早くできる。ある時、水切りせずにすぐに調理できる「固豆腐」を作ったが、お客の反応が悪く3カ月で撤退した。引き上げ時が重要だということも、三重ブランドアカデミーで学んだことだ。

 しかし横山食品の何よりの強みは、常に「食卓」から逆算して商品が考えられていることだろう。

 フライパンで焼いて食べる油揚げの試作品をいただいた。一口サイズに切ってあるのが特徴だ。


手間をかけずに食べられる、一口サイズの油揚げ

 「お揚げを切る時に、包丁やまな板を洗うのが手間じゃないですか?」と史子さん。

 料理をする人なら分かると思うが、確かに油揚げを切るとまな板や包丁に油がつく。洗うには、洗剤も必要だ。そこで、これらの手間を省くために、パッケージから出してすぐにフライパンで焼けるよう、一口サイズにしたのだ。焼肉用の肉のような発想で、これは便利だ。


 「家族の食卓で、この商品はどのように食べられるのか? 調理したら、どんなふうになるのか? 翌日残らないようにするには、どうしたらいいか? …いつも、そこから商品開発をしています」

 商品を語る史子さんは、本当に楽しそうだ。まさに「毎日の生活」の中から生まれる発想だ。「食卓から商品を考える」というのは、女系の会社ならではの強みといえる。

 祖母のかねこさんが自宅で始めた、横山食品。増収増益でライバルがいない状態が続いているのは、こうした理由があるからだろう。

 「私は何でも自分でやってしまう方ですが、史子は皆に仕事を頼み、皆に心配りをする社長になっています」と教子さんも誇らしげに語る。

安濃工場の前で、社員の皆と

 今後は「伊勢のかねこの金揚げ」ブランドで、一味違った商品もどんどん開発していきたいという史子さん。

 「油揚げやがんもどきを作ると、1日4トンものおからが出ます。今はこれを飼料として引き取ってもらっていますが、将来的にはおからを使った『おやつシリーズ』も考えていきたいと思っています」と史子さんは語る。

 「商品を入れるトレーも今はプラスチックですが、今後はエコロジーのことも考え、おからで作ることができないか…ということまで考えているんですよ」。

 母の時代に商品を「大きく大きく」作り続けたように、3代目跡取り娘の夢も、ますます大きく膨らんでいる。


横山史子(よこやま・ふみこ)
1966年、三重県津市に生まれる。鎌倉女子大学家政学部栄養管理学科を経て、横山食品に入社。製造から商品管理、商品開発などを行い、2005年に父横山武夫氏の後を継ぎ、祖母のかね子さんが興した横山食品3代目社長に就任。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。