相克のイデア
マツダよ、これからどこへ行く
色々あった。でもここまでは来た。
そう前田は言う。
ただ道は遥かに遠く、葛藤は続くと。
ならば問う。
2009年にデザイン部門のトップに立つや、業務プロセスを大胆に変革、「魂動」コンセプトの下、生命感あふれるデザインの車を生み出してきたマツダ常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当 前田育男。彼は言う。ここまでは来た。ただ道は遙かに遠く、葛藤はこれからも続くと。企業の生き残りを賭けた、その葛藤や相克の果てに未来への道を見い出すことができるのか。その答えを探るべく、技術・経営誌の編集者を長く務めた仲森智博と重ねた議論と思索の記録が本書である。

相克のイデア
マツダよ、これからどこへ行く
前田 育男(著) 仲森 智博(著)
日経BP
2020年6月8日発行 四六判、224ページ
2,000円+税

CONTENTS
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第一章たまらぬものなり
一時は経営危機に陥った広島の自動車メーカーは、新世代技術「スカイアクティブ・テクノロジー」とデザインテーマ「魂動(こどう)」を両輪に、全車種のラインアップを一新、世界市場で人気を獲得し見事な復活を遂げた。
前田育男。マツダの革新をデザインで引っ張ってきた人物だ。「RX-8」や3代目「デミオ」といった名車のデザインを手がけ、2009年にデザイン部門のトップに立つや、デザインプロセスを大胆に変革、「魂動」コンセプトの下、生命感あふれるデザインの車を生み出してきた。現在は常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当を務め、マツダを「豊かな」ブランドにするべく疾走を続ける。
その革新者に聞くのは、仲森智博。広島で育ち、中学、高校時代は、前田と同級生だったという人物。
「それにしても仲森は、あの頃とちっとも変わらんねぇ」
思い出話も交えながら紡がれるホンネの対談は、のっけから熱くなっていく…。 -
第二章「攻め」と「自己抑制」
マツダの快進撃をデザインで引っ張ってきた人物、前田育男が語るデザイン論。
「足し算と引き算」「人為と偶然」といったテーマで白熱した前章に続き、今章も往年の名車の話から「普遍美と時代性」「企業風土と地域文化」と、議論はさらに深化し、盛り上がりを見せていく。
「今のクルマのテクノロジーは、当時と比較にならないくらい進化している。早いし、楽だし、壊れないし、安全。でも『車としての魅力は?』と問われると、考え込んでしまう」。
数々の賞を受け、「マツダのデザイン」の評価がかつてなく高まる状況にあっても、前田は決して満足しない。
そんな彼を前に仲森がこんなことを言い出した。「あの、エンブレム変えちゃえば」と。「銀色で、楕円に頭文字。新興メーカーを含めて、すごく一般的なパターンだよね。歴史や文化を感じられない」というのが不満らしい。
さて、その「暴言」に対して前田はどう切り返すか。 -
第三章80年代に私たちが失ったもの
「好きな車」から「エンブレム問題」まで、幾つもの話題で盛り上がった前章に続き、マツダのヒストリックカーの話から始まった今章。「合理と無駄」「技術とフォルム」といったテーマで、大胆かつ緻密に紡がれていく。
まず話題になったのは、R360クーペ。半世紀以上前の車種ながら、「今どきのクルマ」にはない愛らしさでいまだに多くの人々を強く惹きつける。名車として名高い「コスモスポーツ」の魅力も、いまだ寸分も失われてはいない。いやむしろ、時代とともに高まっているのかもしれない。
そういった「言葉にしがたい」魅力が、いつしか、ほとんどの車から消えてしまったのではと仲森は言い、前田もそれに同意する。二人が見出した分岐点は80年ころ。ちょうど、「マスに向けたものづくり」が本格的に始まった時期に符合すると前田は指摘する。その結果として、デザイナーが「作品」としてのものづくりをすることができなくなっていったような気がすると。
それを乗り越える方法はあるのか? そして、その先に見えてくる前田の野望とは? -
第四章ときには、心が折れることもある
「きつかったら足を崩してもええよ」
「あ、いや大丈夫。しかし不思議な空間だね、なぜか自然に心が落ち着く」
会議室を飛び出した対談で、前田と仲森が訪ねたのは京都、東山区にある真葛焼の窯元。母屋の一角にある茶室に座して、まずは歴代の真葛焼の名作を愛でながら、一服の抹茶を頂く。
約330年の歴史を持つ「京焼」の名家としての伝統を受け継ぐ当代の宮川香齋(みやがわこうさい)、嗣子である宮川真一。若かりし頃から茶道や伝統工芸にひとかたならぬ愛情を注いできた仲森とは、古くから親交のある間柄でもある。今回はそんな宮川父子を交えて「日本らしさ」や「日本の美意識」について議論を交わすこととなった。
一見、遠い存在にみえる伝統的陶磁器とクルマ。しかし、思わぬところで「思い」は通じているらしい。宮川真一がふと漏らした「ぼやき」に、前田は「魂の叫び」で応える。 -
第五章ロータリーエンジンと日本刀
「随分遠くまで来たね…」
「もうすぐ着くはずだよ」
JR相生駅からジャンボタクシーに揺られて小1時間。スタッフ一同、高まる期待を胸に到着したのは、兵庫県佐用郡の田園風景の中に立つ日本刀の工房だ。
刀匠の名は髙見國一(たかみくにいち)。現代を代表する刀匠、河内國平(かわちくにひら)の下で修業し、独立を果たして20年。2018年の現代刀職展での高松宮記念賞をはじめ、数々の受賞経験がある、現在最も注目されている日本刀の作り手の1人である。
つもる話の前に、まずは見学。実際に、ものづくりの現場を見ないことには知らないことには始まらない。
案内されたのは鍛冶場。一歩足を踏み入れると、戸外ののどかさとは対照的な暗がりが待ち受ける。やがて始まる鍛錬の工程を前にその空間には、息を潜めたくなるほどの緊張感が張り詰めていた…。 -
第六章「やっぱり言い訳はあかんと思います」
「前田さぁ、古美術とかには興味ある?」
「実際に買ったり集めたりしたことはないけれど、美しいものなら何でも好きだよ」
「じゃあ,今度はそっちに行ってみようか」
ここは、京都、祇園の一角にある古門前通。江戸時代から続く古美術街として知られるこの通りに店を構える「てっさい堂」が今回の訪問先だ。
対談のお相手をしていただくのは、同店で書画を扱う貴道(きどう)俊行さんと、豆皿や帯留の収集家でもあるお母様の裕子さん。古美術商の家に生まれ、ジャンルにとらわれず「美しいモノ」が大好きなお二人だ。てっさい堂は、仲森が若輩の頃から通った場所。そこを舞台にあうんの呼吸の4人が、芳醇な「ものづくり」論を展開していく。
そして話題は、本丸でもある「クルマ論」に。小さい頃から本気でカーデザイナーになりたかったという、玄人はだしの俊行さんに、前田はどう立ち向かうのか。 -
第七章で、マツダはこの先どこに行く?
「このキャンパスの雰囲気、懐かしくない?」
「確かに、通っていた大学もこんな感じだったかも」
ここは東京・多摩地区の一角にある、武蔵野美術大学。これまで数多くのクリエイターを輩出してきた美術大学の名門だ。
その学長を2015年から務めているのが、長澤忠徳(ながさわただのり)。当時最年少でグッドデザイン賞の選考委員を務めるなど、デザインをベースに、プロデュース、評論、戦略立案など多岐にわたる活動を第一線で続けてきた。その知見を生かし、次世代のデザインの担い手たちを育成すべく、2019年4月には造形構想学部と大学院造形構想研究科の創設も果たした。
そんな氏は、仲森が駆け出しの記者だった頃からの知己だという。それゆえの打ち解けた空気のなか、3人が、前回までの「古美術」や「伝統」からのアプローチから一転、「デザイン論」と真正面から向かい合うことになる。 -
第八章100点満点では人の心は動かせない
広島の漆芸家、七代金城一国斎(池田昭人氏)は、マツダが積極的に進めている日本の伝統工芸作家とのコラボレーションの一環として、作品制作を手掛けた作家の一人。その作品「卵殻彫漆箱 白糸((しらいと)」は、イタリア・ミラノでのイベントなどにも展示され、話題を集めてきた。
江戸時代からその名が引き継がれてきた金城一国斎は、二代のころに花や果実に誘われる蜂や蝶などを立体的に生き生きと表現する「高盛絵」の技法を確立、それを今日に至るまで代々受け継いできた。その伝統を土台とし、七代一国斎は彫漆や切金といった技法を取り入れた新たな作風を打ち立て、日本を代表する漆芸家として活動している。そんな金城とのコラボレーションが、工芸と車の根底で通じる意外な共通点をあぶり出す。さらには、その先にある大きな課題をも浮かび上がらせていく。 -
第九章ちょっとアレはないわ
「これまで、いろいろなところで、いろいろな話をしたけど、ここで振り返ってみない」
ここは、マツダ広島本社の一角。デザインセンターのメンバーが手がけた、「ご神体」と呼ばれる「デザインの素」が並ぶミステリアスなスペースで対談が始まった。
前田が「心に染みた」と回想するのは、京都の真葛窯で拝見した富岳三十六景にまつわる、「作り手としての本音」。売れるものを作ることをミッションとして与えられた企業人としての立場と、美の追求を志向する作り手としての思い。その相容れがたい二つの葛藤こそ、相克の一断面といえるだろう。
それを乗り越えた先に前田が思い描くマツダブランドの「究極の姿」。だが、そこに至る道はまだまだ長い。
それを暗示するのうように、話題は「思いと現実とのギャップ」へと向かう。
前田の熱い思いを汲みつつ、「ちょっとアレはないわ」と仲森は言い放つ。

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ものづくり未来図
「相克のイデア」

デザインテーマ「魂動(こどう)」を掲げてマツダの革新を引っ張ってきた前田育男がデザイン論を語る「相克のイデア」。
取材では、同氏と中学・高校の同級生だった仲森智博がインタビュアーを務め、社交辞令抜きの本音の議論が繰り広げられています。
ものづくり未来図
「相克のイデア」
第2弾 日本刀編

デザインテーマ「魂動(こどう)」を掲げてマツダの革新を引っ張ってきた前田育男が、気鋭の刀匠として活躍する髙見國一氏を訪問する「日本刀編」です。
