特集 ゼロイチに挑む

顧客目線とやり抜く心
ベンチャーはこう戦う

柔軟さと、スピードと、しがらみのなさ。
それこそがベンチャー企業の強みだ。
なんとしてもやり抜く心が加われば、成功に近づく

 社会で今後必要とされるものを先読みして事業化し、大企業にはない柔軟さとスピードで一気に突っ走る――。ここではベンチャー企業ならではの勝ちパターンで、成功を収めた2社を紹介する。

 1社目は、2014年にサービスを開始した、駐車場を貸したい人と借りたい人をマッチングするサービス「akippa(アキッパ)」を運営するakippa。貸し出す側は、昼間は駐車していない自宅の駐車場や、空きのある月極駐車場などを提供し、使いたい側は予約して使う。既に、空き駐車スペースのシェアサービスといえば、akippaというほど、国内で浸透している。

 もう1社は、不動産を管理するためのクラウドサービスを提供するプロパティデータバンクだ。2000年に創業した。地図、登記情報といった自社で管理する不動産の基本情報に加え、備品、メンテナンス/工事、収入/支出など、不動産経営にかかわるあらゆるデータを管理・分析できる。2018年6月には東証マザーズに上場した。

 両社は、どのように現在の事業にたどり着き、どのように歩を進めてきたのか。Akippaの金谷元気社長と、プロパティデータバンクの板谷敏正社長に聞いた。(聞き手は、菊池珠夫)

akippa 金谷元気社長

「なくてはならぬ」を目指し
駐車場の不便にたどり着く

もともとはサッカー選手を目指していたそうですね。サッカーからビジネスの世界へ踏み込もうと思ったきっかけを教えてください。

 雨の日、100円均一の店で買った傘を、前から来たずぶぬれのサラリーマンに300円で売ったことがあります。そのとき、電車賃もなくて困っていたので、自宅に電車で帰ることができてうれしかったことを覚えています。このとき商売って面白いと思いました。それから次第にサッカーへの情熱よりもビジネスを始めたいという気持ちが上回っていきました。ただ、それまでサッカーしかしてこなかったので、ビジネスのことは何も知りません。起業するために、まずはビジネスについて勉強しようと思い一般企業に就職することにしました。そこで2年間働いて、2009年に起業しました。

 東日本大震災の後しばらくたってから東北に行く機会がありました。漁師さんや女川の住民、石巻の支援機関など多くの方から話を聞きながら、社会のためになることをやろうという思いが沸き上がりました。さらに、東北から大阪へ帰ったら(電気代滞納で)電気が止められていました。暗い部屋で何もできず、電気は社会に必要不可欠なものだと痛感しました。電気のような社会に「なくてはならぬ」ものをつくろうと決心しました。

akippaのサービスはどのように思いついたのでしょうか。

 「なくてはならぬ」ものを探すために、社員に困った経験を聞き、それを模造紙に書いていきました。その中に、「駐車場は現地に行ってからでないと、空いているかどうか分からない」というのがありました。私も子供のとき、野球の応援に行ったら球場の近くに駐車場がなくて、少し離れたところに駐車しなければならず、30分ほど歩かされた経験があります。この困りごとは自分ごととして腹落ちしたので、ドライバーと空いている駐車場をマッチングしようと考えたのです。

サービス開発の経験はなかったとか。

 スマホがこれだけ普及しているので、顧客との接点はスマホと決めていたのですが、社内にはスマホのアプリ開発エンジニアが1人もいませんでした。エンジニアがいない中でどうアプリを開発すればいいのか必死に考えました。知人にも相談してみました。いろいろ前例も調べました。

 結局、アプリを作ってくれる人を探すためにコワーキングスペースに居を構えました。そこにアプリを開発できる人材が豊富にいることが分かったからです。いつも横にエンジニアがいて、適宜細かく指示して、どんどん改善しながら一緒に仕事をするスタイルがアプリ開発にはいいと分かり、それには臨機応変に対応してくれるフリーランスのエンジニアと組むのが最適だったのです。

akippaの金谷元気社長
akippaの金谷元気社長
(撮影:新関雅士)

今は従業員が70人ほどいるそうですが、採用するときの判断基準は何ですか。

 最初に私より優秀であるかどうかをみています。特定の分野でいいので、私にはできないことができる人を採用しないと、会社の実力が上がっていきません。

 諦めない性格かどうかも見ています。akippaは世界一を目指していますので、それを信じて続けてくれる社員でないと困ります。壁にぶつかって簡単にやめてしまうようでは、とても世界一にはなれません。失敗を人のせいにしないことも大事です。チームで活動しますので、失敗を人のせいにするようでは、チームが成り立たなくなります。面接をして少しでも迷ったら採用しません。スキルがどれだけ高くても、マインドが合わなければ採用しないようにしています。そのためでしょうか。辞める人が少ないのがakippaの特徴です。

akippaを立ち上げる上で一番苦労したことは何ですか。

 akippaを始める前まで、わが社は営業の会社でした。こうした会社の社員は、売り上げが立たないことを何より嫌います。(事業規模が拡大するほど利益率が高まる)「収穫逓増型」のakippaは、まずは売り上げよりもユーザーの獲得が大事です。売り上げが何より大事という営業魂を、ユーザーを増やすことを最優先にするというスタイルにするのにとにかく苦労しました。

 赤字にもかかわらず出資してくれる投資家が現れたり、テレビで取り上げられたりすると、社員の見方が少しずつ変わってきました。認知度が上がったことで、ユーザー数が一気に増えて、社員もakippaの可能性を信じるようになりました。そして、何よりベンチャー企業の登竜門といわれるインフィニティ・ベンチャーズ・サミット(IVS)で優勝したことが、社員の気持ちを大きく変えました。

ビジネスで一番気をつけていることは何ですか。

 謙虚であることです。日本のシェアリングサービスは、大企業と組めることが大きなメリットです。大企業の資産を活用して、自社のビジネスを大きくしていく。そのためには相手をリスペクトすることが大事です。akippaは多くの方に応援してもらえているので、これまで成長できました。

最後に、akippaの今後の方向性を教えてください。

 人と人が会うことを手助けする会社を目指しています。車がなければ買い物もできない場所が増えてきました。高齢者が孫の運動会に行きたくても行けないという話も聞きます。そうした人たちが自由に移動して、人と出会えるためのプラットフォームをつくります。今は駐車場のシェアリングだけですが、将来は自動運転のシェアリングを手掛けたいと考えています。

 もちろん実現するには課題も多いでしょう。でも、そこはポジティブに考えて、どうにかなる、どうにかする、と根気強くやり続ければ、いつかは実現するでしょう。

プロパティデータバンク 板谷敏正社長

システム運用の楽さを徹底し
既存事業を引きずる大企業に勝利

清水建設の社員から起業されたとのことですが。きっかけは?

 2000年頃、不動産の証券化が始まりつつあり、不動産にまつわるさまざまな履歴データを整備しなければいけない時代が来ることは分かっていました。日本にある不動産の価値は約2300兆円と、米国に匹敵するほど大きい。それまで不動産の管理は紙が主体だったので、このデーター化に市場があると思ったのです。

 もちろん、不動産の証券化により様々な市場が生まれることは業界の人間であれば誰もが気が付いていました。そこでIT(情報技術)に着目し、不動産管理システムをアプリケーション・サービス・プロバイダー(ASP)としてクラウドで提供することを考えました。バージョンアップなどの更新作業を1カ所で管理できるASPがこれからの主流になると読んでのことでした。

 こうしたことを考えていたころ、ちょうど清水建設が社内事業家公募制度を始めました。それまで一緒にアイデアを練っていたITに強い仲間である、現副社長である高橋秀樹と共に、直ちに応募しました。社内でも不動産証券化に伴いいくつか事業が考えられていましたが、IT分野の事業提案はなかったこともあり、採用が決まりました。

プロパティデータバンクの板谷敏正社長
プロパティデータバンクの板谷敏正社長
(撮影:新関雅士)

起業してまず困ったことは。

 事業開始当初は、清水建設が開発したソフトウエアをベースに開発しました。本来、新規の不動産を管理するためのもので、既設のビルなどの不動産を管理するには機能が足りませんでした。資金が潤沢にあれば必要な機能を全部開発できたのですが、限られた資金がいつ底をつくかと心配な日々でした。必要な機能の優先度を決めて、段階的に追加していかざるを得ませんでした。

 もう一つの大きな課題は、知名度がないことでした。営業の電話をしても、話を聞く前に切られてしまう状況には閉口しました。これが起業するということなのかと痛感しました。

 インフラにも課題がありました。ASPは実行環境がインターネットの先にあるので、通信回線が細いと、まともに動きません。起業した当時はISDN(総合デジタル通信網)しかなくて、とても困りました。ADSLで一気にブロードバンドが広がって助かりました。

IT企業や競合するゼネコンが同じ分野に参入してきましたが、ほとんど撤退したそうですね。勝ち残った強みはどこにありますか。

 クラウド(ASP)に特化したことです。大手IT企業は、なるべく顧客を囲い込みたい。だから一からシステムを作成するかパッケージソフトをベースにカスタマイズすることを提案します。結局いろんなバリエーションのソフトウエアがあちこちのパソコンやサーバーに存在することとなり、管理や更新の手間が大変になります。不動産をいくつも所有している大企業はクラウドで一括対応してくれたほうが楽でいい。実際、ある顧客に常に最新の状態で利用できる私たちのサービスを紹介すると「こういうサービスを待っていた」と言ってくれました。

 大手ゼネコンも不動産管理ソフトの市場へ参入してきましたが、自社の建設中の建物に合わせて営業するので、既に建っているビルは対象にしませんでした。市場のほとんどはストックの不動産なのに、自ら市場を狭めてしまっていました。

起業してから事業の手応えを感じたのはいつごろですか。

 業界の最大手が採用すれば、あとの企業が追随すると考えて大手企業から営業に回りました。営業していて気が付きましたが、大手企業ほど不動産を数多く所有していて、その管理に困っていたということです。起業してから4、5年たったころ、「こういうサービスを待っていた」と言われたときには、いけると確信しました。それから口コミで噂が広がり、当社のクラウドサービスを採用してくれる企業が増えていきました。

起業して成功する上で一番大事なことは何ですか。

 やり遂げる気持ちです。絶対にこの事業を実現させるという精神力が必要です。自ら起案し、自ら出資するという清水建設の社内ベンチャー制度は、このマインドを醸成したと思います。先ほど述べた課題の他にも、いくらでも課題はありました。私が諦めない気持ちを維持できたのは、起業した当時、建設業界が落ち込んでいる時期で危機感があったことと、2300兆円という不動産を管理するニーズは計り知れない市場になるという確信でした。

 いつの時代も、どの企業でも、新しくて面白いことを考えている人はいると思います。それを応援する人や育てる環境があることが大事です。清水建設にはそれがありましたし、今でもあるでしょう。社内事業家公募制度もそうですが、その他にも非公式に若手とシニアにグループ分けしてアイデアを競わせるなどの活動があります。

プロパティデータバンクの今後の方向性を教えてください。

 まだ不動産管理ソフトの導入率は数パーセントですので、堅実に本業を伸ばすことを主眼に活動していきます。IT化が進んだとはいえ、複数のレガシーシステムを使用している企業や紙ベースでの管理も多く見受けられますので、不動産クラウドの普及による非効率な業務の解消、リアルタイム経営の支援を推進します。

 加えて、蓄積された不動産データを分析するコンサルティング業務も検討しています。既に協力を申し出ていただいた複数のユーザー企業と検証を開始している他、当社のユーザーでなくとも、データを持ち込んでいただければ分析を請け負うことも可能です。

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