開発の鉄人現場をゆく
in リアル開発会議 2018 Winter

(開発の鉄人こと)多喜 義彦=システム・インテグレーション 代表取締役社長

開発の鉄人 現場をゆく in リアル開発会議

非接触給電装置の大本命

 水や泥がある場所や、ケーブルの取り回しが煩わしい用途において、非接触で電気を送ることができたら便利だ。しかし現状は、一部の情報端末(例えばスマートフォン)や小型電気製品などの充電装置に使われているだけで、工場・事業所の生産設備、自動車・バス・鉄道、道路、ビル・建設構造物、農林水産関連施設など、本当に必要なところにはまだまだ普及していない。

 非接触で給電する方式には、磁界結合、電界結合、電磁波などがある(図1)。ところが、いずれも長所と短所のバランスが悪く、帯に短し襷に長しで、大きすぎたり複雑だったり危険だったりと、ピタッと使える場面が少ないと考えられてきた。

4種類の送電方式
図1 4種類の送電方式
電界結合方式は現在、製品化されていない。

 だが、ここにきて非接触給電の大本命が現れた。長く電界結合方式にこだわり続けてきたExH(イークロスエイチ)が、実用化に大きく歩を進めたのである(図2)。

電界結合を使った非接触給電の原理
図2 電界結合を使った非接触給電の原理
送電部と受電部の間で2つの接合容量を作り出すことで、送電部の交流を受電部側に伝達できる。

始まりは「お国のために」

 ExHの非接触給電装置の発明者である、同社 CEOの原川健一さんに話を聞いた。

 原川さんは防衛大学校卒業後、自衛隊に入隊した。防衛装備品の開発をしたかったそうだが、まずは大学の専門を生かし、電気・電子品の企画・調達を担当していた。

 そんな中、転機が訪れた。大手建設会社の竹中工務店から、ロボットなどの研究開発員の募集があったのだ。ピンときた原川さんはすぐさま応募し、採用された。そして、それからの21年間、同社で研究に没頭することになる。

 あるとき、経済産業省の助成金事業である非接触給電装置の開発を、竹中工務店が請けることになった。原川さんが電界結合方式の非接触給電装置の開発に取り組んだのは、これがきっかけだ。

 原川さんが振り返って言うには、防衛大学校に入学して自衛隊に入隊したのも、中途で竹中工務店に入社したのも、動機は同じで、国のインフラを整備したいという一念だったということである。

 大学で電子工学を専攻し自衛隊を志したのは、これからの防衛装備品における重要技術は情報通信技術になるだろうし、完全に自動化された装備品が国を守る時代になるだろうと考え、国防におけるインフラを整備したいという想いがあったからだ。そして、竹中工務店では土木・建設に役立つ装備を作りたかったという。

 これを知ったとき、私はいささか古い言い方だが、まさに国士とは原川さんのことだと思った。いや、インテリ国士とも言いたいほどに、原川さんはお国のために開発をしてきたのである。

ExH CEOの原川健一さん
ExH CEOの原川健一さん

定年退職後も開発を継続

 竹中工務店での原川さんは、文字通り、やりたいことをトコトン成し遂げた。建設が本業の竹中工務店には電子工学の専門家は少ないし、ましてや電界結合ナントカと言われてすぐに分かる人もいなかった。だから会社としても、とにかく原川さんを信じて任せたのだった。

 こう書くと、竹中工務店も、まさに太っ腹。会社として開発に向かう姿勢は、あっぱれと言うしかない。常に先行きが不透明なのが開発なのに、多くの会社は「先が見えないならやめろ」と言うだけ。社員を信じて任せる度量など、みじんもない会社が多いのだ。そんな中、これだけの開発を原川さんに任せた竹中工務店には、あっぱれマークを贈りたい。

 そんな会社で開発を続けて定年を迎えた原川さんに、迷いはなかった。これまで自由に任せてくれた会社に恩返しをする意味でも、定年後も開発し続けよう──。そう決めたのだった。

 コンサルタントとして、もしもその時に相談があったなら、私は止めたに違いない。いかに志があっても、会社と個人は違う。開発力の差は大きいのだ。だから、どんなに気力があったとしても、こんなに大きなプロジェクトを個人でやるべきではない。それが私の意見である。

 でも、原川さんはやり続けた。その後のご苦労はいかばかりかと拝察するが、実際、まさに艱難辛苦の繰り返しだったという。

電界結合方式の非施接触給電装置

 苦労を乗り越え、原川さんはついに、実用に堪える非接触給電装置を形にした(図3図4)。

原理実証のための試作品
図3 原理実証のための試作品
(a)は、ガイドレールに沿って直線的に移動する物体に給電するリニア式。(b)は回転体に給電する回転式で、回転体に給電するスリップリングを代替できる。
リニア式(a)と回転式(b)の動作原理
図4 リニア式(a)と回転式(b)の動作原理

 それまでは、実用的な500W~2KWの電力を安全に送電(給電)できる非接触給電装置は存在しなかった。自動車をはじめ、ロボットも搬送機器もオール電化となる時代に給電が非接触になるのなら、実にすごいことである。しかも、送電に使う交流を変調することで、通信もできる。

 もちろん搭載する電池の種類も大事だが、常に給電が可能になれば電池の容量は小さくて済むし、高度なものは不要になる。つまり、受電側の装備は限りなく軽量・小型になるのである。

 そうなると、まず使いたくなるのが搬送装置ではないだろうか

設計の自由度が増す

 工場などの生産設備の中では、搬送装置と呼ばれるワーク(生産品・部品・製品)を運ぶ機械・装置が数多く動いている。しかもそのほとんどの駆動源は電気モーターで、当たり前だが電気の力で動いている。そして、そこでは電力送電線がブルンブルンと機械・装置と一緒に振り回されている。危険といえば危険であるが、何より困るのは、何百万回、何千万回と振り回されるうちに壊れてしまうことである。

 だが、ここで送電線不要となれば、設計の自由度が向上するという大きなメリットが生まれる。これは、機械・装置だけのことではない。設置する周辺の構造・位置の設計の余裕も飛躍的に増す。何しろ送電線がないのだからスペースが不要になり、機械・装置だけのぎりぎりのスペースがあればいいことになる。さらに、送電線を引っ張らなくてもよいのだから、(大げさに言えば)どこまでもどこまでもロングストロークの設計ができるようになる。

 この装置によって、スリップリングも非接触にできるようになる。

 ところで、スリップリングは回転子の電極にブラシなどを接触させて通電させるものだから、スリップさせない(触って滑らせない)で非接触になると、それはもはやスリップリングとは言えないのではないか……いや、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、非接触になるメリットは大きい。何しろ触らないのだから、接触抵抗や摩擦がなくなり、どんなに高速でもサシサワリはない(変なシャレでスミマセン)。それに、材料の選定も容易になるし、摩耗や汚れによる障害もなくなる。

非接触給電の未来

 このように、直動体にも回転体にも非接触給電装置で送電できるようになると、工場や事業所だけでなく、世の中の電気を使うすべての物の姿が大きく変わるに違いない。

 真っ先に想像できるのが道路である。高速道路だろうと市街地道路だろうと、安全な非接触給電装置が常設されるとなれば道路の上で動く物のすべてを電気で動かそうということになる。自動車やバスはもちろんのこと、除雪車や融雪剤散布機、交通標識、街路灯などの照明装置がすべて可動式になり、設置の自由度が一気に向上するだろう。

 ビルや建物の中も様変わりする。私が考えるに、エレベーターがすごいことになろう。上下に移動するだけではなく、各フロアに設置された非接触給電装置に沿ってカゴがフロアに乗りだし、移動するようになる。ただ、こうなるとエレベーターと呼べるのだろうか。鉄人的には(カニ歩きのようになるので)カニベーターと呼びたい(再びスミマセン)。

 と、冗談はさておき、これは間違いなく、エレベーターの概念を大きく変えることになる。

IoTの基幹インフラに

 一番変わるのは、一次産業かもしれない。一次産業とは農林水産業だが、これらの産業に共通して言えるのは取り巻く環境が劣悪であるということだ。

 だが、この産業の舞台となる、大地や地底、森林、海洋・深海といった、ケーブルを引き回すことが難しい環境においても非接触給電装置が実用化されるなら、それこそ、すべての機械・装置が電気駆動で自動化されるに違いない。

 そして、それらの機械・装置には情報通信機器が組み込まれる。例えば、農業機械で植栽や収穫の様子がリアルタイムで配信され、まさに目の前に農場が広がる様子を誰でも体験できるようになる。

 これは、地球上のどこにでも、あたかもそこにいるかのような臨場感を供給するシステムとも言えるだろう。そのような意味で、非接触給電装置は「いつでもどこでもネットワーク」というIoTの基幹インフラとなるのである。

仕上げはリアル開発会議

 この非接触給電装置は、もともとリアル開発会議で取り上げた開発テーマでもあったのだが、ExHの非接触給電システムについてはほとんどを原川さん独りで頑張ってきた。もちろん支援者もいて、特に営電という会社にはお世話になったという。

 この開発では、多数の特許も出願されている。聞けば、特許出願の費用だけでも、これまでに2000万円以上掛かったというから、半端な開発ではないことが分かる。

 そしてこれからは、実用化への道を切り拓く仕事が待っている。その大本命を優勝させるためには、最後の調整が大きな山場になるのだ。

 ここで、リアル開発会議という、まさにオープンイノベーションを実践する場で、その花を咲かせたい。いや、咲かせようではないか。展開する分野ごとにパートナー企業を決め、最終製品までの開発を一気に進めよう。

 これが、今回の鉄人からのメッセージだ。

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