桑島浩彰日本再発進 2018 Summer

桑島浩彰の日本再発進

日本企業の経営者は
覚悟を持って新規事業に取り組め

JETRO サンフランシスコ事務所の下田裕和氏、在サンフランシスコ総領事館の井上友貴氏、パナソニックの森俊彦氏、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの木村将之氏の4人が2016年に立ち上げた「シリコンバレーD-Lab」。2017年3月発表の第1弾レポートではシリコンバレーの自動車業界に起きているイノベーションをまとめ、大きなインパクトを与えた。2018年1月末に発表した調査テーマは「大企業におけるシリコンバレー新規事業開発」。企業はシリコンバレーへ何のために進出し、何を得るべきなのか。(聞き手はリンカーズ 専務取締役、Linkers International Corporation 社長の桑島浩彰氏)

桑島:大企業の新規事業開発に焦点を当てた調査をされたそうですが、その背景は。

くわじま・ひろあき

下田:2017年に自動車産業の変革のレポートを作成してあぶり出されたことの一つは、デジタル化をベースにしたユーザー接点のゲームチェンジでした。新しいビジネスをつかもうとした場合に、シリコンバレーに進出することがその可能性を高める。その理由が見えてきた気がしました。私はJETROで様々な企業と接しながら、なぜ日本の企業はこれほど苦しんでいるのかをいつも疑問に感じていました。それを一回体系立てて説明することが大事だと考え、今回のレポートをまとめました。日本企業がグローバルなビジネスを円滑に進めるためには、新しい風を吹かさないといけない。そのための第一歩になればと思っています。

しもだ・ひろかず

桑島:最近、ドイツ企業の調査を実施したのですが、彼らの危機意識はすごい。シリコンバレーは人件費を含めてコストが高いので、ドイツではいかに本社の開発プロジェクトに貢献できるかが厳しく問われる。例えば、ボッシュ(Bosch)は実際にベンチャーに投資して、それを本社のプロジェクトに移管することを成功と定義している。では、日本企業にとっての新規事業開発の成功って結局、何なのでしょうか。

井上:そこをちゃんと定義できていない企業が多く見受けられますね。「ライバル会社がシリコンバレーに進出したからうちも」という社長の一声でシリコンバレーのオフィスを立ち上げるケースもあるのではないでしょうか。だから、スタートアップと手を組むのが目的化したり、取りあえずCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)をつくって投資すれば新事業が見つかるんじゃないか、という淡い期待だけで進出したりするのではないか、と。実際にグーグル(Google)やフェイスブック(Facebook)のまねごとを小規模でやってしまいそうな企業を目にします。

いのうえ・ともたか

 グーグルやフェイスブックが素早くいい企業に投資できるのは、シリコンバレーに優れた人材を長い期間常駐させて状況をウオッチしているからです。優秀な起業家が今度はこんなことをやりそうだという話を前々から知っているから、いざというときに確信をもってすぐに投資できるわけです。シリコンバレーには、インナーサークルにしか出回らない情報で動いている面があります。

 ですから、昨日今日来た日本企業が同じことをやるのは難しいと思います。むしろ最初は経験値をためるためにも、こういう事業を確立したいというクリアなビジョンを持って、その実現のために必要なピースを埋めるというやり方がおススメです。

 その意味では、コマツの例は参考になります。私の聞いたところでは、コマツは建設機械を自動で動かすシステムをつくりたいと考えた。そのためには、現場の精細なマップを作ることが必要で、それにはドローンを使うのがいいと思った。そのビジョンをまず社内でシェアして、それを実現するために不可欠な要素を列挙した結果、自分の会社にないものはドローンだと導き出されたからです。そこで、シリコンバレーに探しにいくとスカイキャッチ(Skycatch)という会社が見つかったので、素早く提携した。

 そもそもシリコンバレーで出会ったスタートアップがいかに素晴らしいかを駐在員が本社に説得するには、相当な労力がかかります。コマツの場合は、まずシリコンバレーに出る前に何が必要かを社内で定義してクリアにしていました。だから、全部を報告するという手間は不要で、「この会社は我々の求めている仕様を満たしている会社です」と説明をするだけで本社は納得できたわけです。事業会社は、まずこのようなやり方から始めていくことで、次第にグーグルやシリコンバレーのベンチャーキャピタルと同じようなレベルに近づいていけるのではないかと私は感じています。

:シリコンバレーでは、ライドシェアリングのウーバー(Uber)のような、今までクルマ自体を作っていない非製造業の企業がモビリティー産業に入り込んで新しい価値サービスを提供し、ライドシェア市場を占有してしまっています。一方で、日本ではこうした破壊的なサービスが生まれていない現状で、(シリコンバレーに来て)本気で新規事業を生み出そうという覚悟があるのかどうか、そこがすごく重要だと思っています。

もり・としひこ

 別の見方として、こうしたサービスが生まれてきているところはどこかというと、ハードウエア企業ではなく、ほとんどがソフトウエアをベースとする企業です。今、シリコンバレーを中心にソフトウエア企業が急成長を遂げていて、時価総額ランキングでは、2017年で上位10社中7社がAIやサービスを軸にしているIT企業です。

 一方、日本企業の多くは、まだまだモノづくりが中心です。そういった一般的な日本の大手製造業の組織では、2~3年先の技術については事業部の中の研究所で行って、10年先の既存事業を超えた新規事業領域は本社のR&D部門でやっておけばよかった。例えば半導体では、微細化プロセスの進化はある程度予知できるものであり線形的な進化であるため、社内の人材アセットでカバーすることができました。しかしデジタル革命が起こって何が始まったかというと、製造業ではない人たちが全く違う角度からビジネスをやり始めました。しかも、スピードが圧倒的に速い。自社の事業部内もしくは本社の先行R&D部門だけで10年先を考えても、実は既存事業を飛び超えた新規事業領域にリーチするのは難しいのです。

 これが、日本で新規事業がなかなか興せない組織的な原因の一つだと考えています。では、こうしたデジタル化の動きがシリコンバレー発でなぜ起こるのかというと、AI人材や新しいサービス価値を生み出す人材が集まっているからなのです。新たなビジネスモデルをとことん研究したり、スタートアップでどんどん失敗しながらも最終的に成功するまで挑戦したりできるシリコンバレーというエコシステムの中で、人材が集まり生まれ育っていく。世界中からシリコンバレーに進出している企業は、自社内にこうした人材を獲得し、既存事業を飛び越えた新規事業をつくりたいからここに来ているわけです。

 しかも、シリコンバレーにいて感じるのは海外の企業の真剣度が全然違うこと。例えばゼネラル・エレクトリック(GE)は、デジタルトランスフォーメーションを仕掛けるために社員を2000人くらいゴロっと入れ替えていますが、それができるのは結局、経営者の本気度だと思っています。元駐日大使のジョン・ルース氏がシリコンバレー活用に必要な要素として日本企業向けに述べたのは、ロングタームコミットです。つまり、本社が本気かどうか、ですね。

 ロングとは、事業環境がどんどん変わっていく中でもぶれずにやるということです。3年で事業化できるのかというと、スタートアップですら7年ぐらい継続した後に事業が回りだす。少なくともこれくらいの期間は継続する、トップの強いコミットメントが重要かと思います。

木村:森さんの話と近いんですけども、デジタルトランスフォーメーションといわれる変革に対してどのように産業が変わっていくか企業内で絵が描けていないのが、一番の問題だと思っています。「産業がこういうふうに変わっていく」という全体像が企業内で共有できているか否かで全然違う。シリコンバレーに進出している日系企業は、既存の事業を改善する技術・サービスを持つスタートアップとの実証実験や技術導入には成功してきているように思います。しかしながら、自分たちで産業を変革する大きな絵を描いて事業開発を行うところまで到達している企業は多くありません。特に、その際に日本企業に不足しがちなソフトウエアやAIなどコアとなる部分について、スタートアップなどの外部の力を活用しながら開発していくのが非常に苦手であるという印象があります。

きむら・まさゆき

 デジタル技術を活用し産業を変革するためには、企業が顧客と直接つながった際に、顧客にそのサービスがどのように使われるのかのイメージを持ち、新しい顧客の体験を創造しなくてはなりません。今まで大企業が得意と考えられてきた産業全体の変革にスタートアップがチャレンジする動きが、シリコンバレーで出てきています。注目の2社を紹介します。

 一つは、建設のカテーラ(Katerra)です。この会社は合計で11億ドルの出資を集めていますが、彼らがやろうとしているのは建設業界の再編です。建設は縦割りの印象が強い業界で、ゼネコンを中心とした多段階の下請け構造が出来上がっている。対してカテーラがやろうとしているのは、設計、インテリアデザイン、資材調達、施工、メンテナンス、リノベーションなど建設に関わるあらゆる機能を、ITを使って再統合すること。ここにドローンの空撮や3Dプリンティング、無人運転走行などの技術も付加して、バリューチェーンを再構築しようとしています。

 もう一つがゴーキィ(GOQii)という会社。シリコンバレーの会社なのですが、シリコンバレーで企画、深圳で製造を行い、インドをマーケットとしているグローバル企業です。タタグループ(Tata group)からも出資を受けています。ゴーキィが手掛けるのは、今まで縦割りだったヘルスケアの統合化です。健康増進、診断、治療までを一気通貫で提供している。ウエアラブル機器を無料で配布し、クラウドのヘルスコーチによるサービスを提供して、インドでナンバーワンのシェアを取りました。そこで得られたウエアラブル機器からの生体データをユーザーが管理できるクラウドサービスも提供。これをユーザーがいつでも医療機関に提供できるように医療機関と連携し、診療データも取り込んだ。さらに、遺伝子関連企業とアライアンスを組んだり、スポーツジムとアライアンスを組んだりして、取得できる健康関連データを増やしています。EHR(電子健康記録)と呼ばれるプロフェッショナルが一般的に扱う電子化された健康記録と、PHR(個人健康記録)と呼ばれる個人の健康情報も非常に幅広い範囲で取得しています。このデータを使ってフィットネスクラブのコーチもするし、遠隔診療もするし、保険会社とアライアンスを組んで保険を販売し、データを使ったマーケットプレースを開設するなど、多様なマネタイズを実現しています。

 この2例で言いたかったのは、今まで個別に縦で切られていて、別々のプレーヤーが担当していたバリューチェーンが、既存の枠を超えて横でつながってきていることです。

:日本は、シリコンバレーの人材を使って自社ならではのサービスを作るべきなのです。ですが、心配事もあります。既に中国企業が、日本企業がやるべきことを先にやっていることです。

 例えば、中国のテスラ(Tesla)といわれる、EVを作っているバイトン(BYTON)という南京の会社があります。元BMWの人たちが設立した、中国テンセント(Tencent)や台湾フォックスコン(Foxconn)が巨大な投資をしている会社です。本社は中国の南京、製造も中国で行っていますが、ソフトウエアはシリコンバレー(サンタクララ)で開発しています。巨額な資金で、グーグルやアップル(Apple)にいた人材を使っているんですね。シリコンバレーの会社が中国で製造を行うという話はよくありましたが、ついに中国の企業がシリコンバレーを活用し始めたわけです。ここで大切なことは、もともと値段勝負の製造業をしてきた中国が今回、49型のディスプレーが付いた500万円の高級EVを作り、ユーザー体験を売りにして、テスラのモデル3の対抗馬を出してきている。しかも中国を基点に、ASEANやインドへ広げようと動いている。本来であれば、日本がシリコンバレーをうまく活用してこうした高級車を開発しASEANやインド市場へ拡大するべきだったのが、今や中国が先に攻めている現状です。

木村:新規事業を起こすに当たって、経営陣は社内の事業に対するベンチャーキャピタル的な投資家であってほしいと思います。全部が成功するというよりは、一つでも事業が育てば成功と考えるべきです。一方で、現場の人たちは起業家のような気持ちで事業を開発すべきです。課題を解決するために経営陣から資金を引っ張ってきて、成功するまでチャレンジしてほしい。チャレンジを支える基盤としては、レポートの中で触れている失敗を許容する文化や、挑戦を促進する制度があると思います。成功するまでチャレンジする仕組みが整ってくれば、価値づくりができるようになってくるはずです。

(写真:加藤 康)

この号の目次へ

これまでのリアル開発会議はこちら