さばのゆピープル

デヴィッド・リンチ監督も愛用!驚きの和紙の話

第2回:森木ペーパー代表 森木貴男さん

文:須田 泰成 / 写真:カンパネラ編集部 08.07.2014

世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」。全国の酒好きがカウンターで交流する、カルチャー発信基地です。 さばのゆのおもしろい常連さんを、さばのゆ代表の筆者が紹介するこのコラム。第2回は、森木ペーパー代表の森木貴男さんです。レンブラントやピカソなど西洋の名だたる芸術家が魅せられた和紙。和紙を扱って80年の商社を経営する森木さんに、その魅力をたっぷり聞かせていただきました。

森木ペーパー代表の森木貴男さん

森木貴男さんは3年ほど前から、奥さまと一緒に飲みに来てくださっています。森木さんの仕事は、日本の和紙を世界に輸出すること。1925年創業の和紙の輸出商社、森木ペーパーの三代目として、日本全国の手漉き和紙の産地の職人さんとのネットワークを持ち、25カ国にある取引先を通じて、和紙を世界中に届けています。

さばのゆで森木さんの話を聞いているといつも、日本では知られていない和紙のドラマに酔ってしまいます。

今回は和紙にまつわる物語をしっかり聞いてみようと、墨田区菊川にある森木さんの会社にうかがいました。都営新宿線森下駅から徒歩5分ほど。下町特有の道幅の広い工場街に、森木ペーパーさんがありました。

3年前に横浜から移転。間口3軒、奥行きのある昔ながらの二階屋をリノベーションした社屋。ガラス戸を開けると様々な和紙が積まれた倉庫&作業スペースがありました。壁際には商品のサンプルが積まれています。

手漉き和紙は、もともと水のきれいな土地の「こうぞ」や「みつまた」といった落葉低木の樹皮繊維が原料。どことなく森の雰囲気がして、気分が落ち着きます。

「全国から送られた和紙を、ここで梱包して海外に出荷するんです」と、出迎えてくださった森木さん。奥の事務所で、和紙の話をたっぷり。いつもながら刺激的な内容でした。

レンブラント、ピカソ、ダリ、シャガールを魅了した和紙

「もともと日本の和紙が世界で知られるようになったのは、アートの世界です。レンブラントが江戸時代に長崎から輸出された和紙を使って銅版画を制作して評判になり、たくさんの画家たちが和紙に興味を持ちました。

また、印象派の画家たちに多大な影響を与えた浮世絵も和紙(こうぞの紙)に刷られた木版画でしたから、色合い、風合いの質感など様々な部分で、西洋の紙にない和紙の特性が多くの芸術家の創作魂に火をつけたようですね。

あのピカソやダリ、シャガールにも、お気に入りの和紙がありました」

和紙がなければ、欧米のアートは随分と違ったものになっていたかもしれない。その話に、まず興奮。

「そんな和紙が、明治初期にパリやウィーンの万国博覧会に出品されたんです。

特に注目を集めたのは、高知県の典具帖紙(てんぐじょうし)でした。透き通るように驚くほど薄く、軽く、しかも繊維が強いため、タイプライター用紙に最適だったんです。薄い紙なのに、タイプライターの圧力に負けず、一文字一文字しっかり印字されます。アルファベットの o (オー)がいい例で、真ん中の丸が抜けないでしっかり残るのが凄い、と言われたそうです」

森木ペーパーはそんな時代の流れの中、高知県で紙漉き職人の家に生まれた森木さんの大叔父が創立。以来、80年以上に渡って、欧米の需要に合わせて日本の和紙を届ける仕事を続けてきました。

1950年代に作られたニューヨークの紙専門業者のサンプル集。和紙もたくさん収録されている
アメリカの業界紙の広告に登場した森木ペーパーの創業者

扱った和紙はバチカンの礼拝堂にも

「高知県の典具帖紙は、タイプライターがなくなった今でも、文化財修復に欠かせないものとして需要があります。例えば、当社が扱ったものが、バチカンのシスティーナ礼拝堂のフレスコ画の修復に使われました。

典具帖紙は薄くて強いことに加えて、水分を吸収する特性もあります。汚れが目立つフレスコ画を典具帖紙で覆って、その上からアンモニア水を含む特殊な溶液をかけて、暫く経ってから剥がすと、汚れがくっついて取れるんです」

和紙と欧米の文化の密接なつながりには、驚くばかりです。

素敵なエピソードに彩られた和紙の世界。その一方で、森木さんは和紙の現状に強い危機感も持っています。

「良い和紙を作る職人と産地の数が、どんどん減っているんです」

幼い頃から和紙に囲まれて育った森木さんは、大学を卒業後、外資系の船会社に就職。5年間従事した後、家業に戻りました。高知県で紙漉きの現場を一から経験。全国の産地も巡り、和紙についての知見を深めていったそうです。

「全国の産地でたくさんのベテランの職人さんにお会いしましたが、創業者の大叔父に世話になったという話をされる方が多かったんです。数十年という時を越えて人と人の信頼がつながっているという事実には感動しました。やっぱり人のつながりが大切だと思いましたね」

リンチ監督の創作意欲と職人の挑戦心を結びつけた

いま森木さんが力を入れているのは、海外のアーティストと日本の手漉き和紙職人をより密接につなげること。近年では、映画監督のデヴィッド・リンチさんが、森木さんが選ぶ和紙に惚れ込み、アート作品の製作を活発に行っています。

リンチ監督が森木さんの和紙に出会ったのは、パリのモンパルナス。ピカソ、マティスなども使った伝統あるリトグラフ工房でした。『エレファントマン』『ツインピークス』『ブルーベルベット』などの映画作品同様、独特の世界観をリトグラフで表現するリンチさんにとって、和紙は理想の素材だったようです。

当初リンチ監督は、森木さんがフランスに輸出していた和紙を使っていたそうです。やがて少し風合いが違ったものを希望するようになったため、森木さんが詳細をヒアリングしました。その上で森木さんは、これまでにない新しい紙を作ることに意欲のある職人を日本中から探しました。

その中で強い意欲を示したのが、埼玉県にある工房の若い職人さん。森木さんは彼に製造を依頼することに決めました。その職人さんは原料の配合など微妙な調整や試行錯誤を繰り返し、やがてリンチ監督のための紙が生まれました。

モンパルナスのリトグラフ工房にて。デヴィッド・リンチ監督と森木さん
モンパルナスのリトグラフ工房にて。職人さんと打ち合わせする森木さん

その職人さんは、まだ30代の若さ。こういうつながりは、明るい未来を感じさせてくれます。

リンチ監督の作品展は、2012年、2014年と続けて、渋谷ヒカリエの小山登美夫ギャラリーでも開催されました。

「いま必要なのは、和紙の価値を理解する人と良質な和紙の生産者をつないで、和紙の価値を高めることです」

引き続き良質な和紙を世界に

和紙とアーティストとのつながりのエピソードは、他にもたくさんあります。

例えばマドンナは、かつて住んでいた英国の自宅の壁紙に、森木さんの和紙を使っていました。アイルランドの歌手エンヤは、和紙で作られた手帖に歌詞を書いています。

カナダでは、セリーヌ・ディオンが、自分の結婚式の招待状に森木さんの和紙を使ったそうです。また、カナダの先住民族であるイヌイットが日本の版画技術と和紙を使った作品を作っており、これが産業として発展しています。

「和紙には高いポテンシャルがあります。本当に良質な和紙づくりを次世代につないでいきたい。そのための仕組みを構築するのと並行して、和紙の魅力をもっと多くの人に伝えたいですね」

ドイツで製本された和紙。欧州では、現在も製本職人が多く活動している
カナダで使われた和紙の結婚式招待状。和紙は特別なインビテーションに使われるケースが多い

多くのアーティストが高く評価する和紙。和紙を通じて、日本と海外の文化のつながりがより強固になってほしいですね。

須田泰成(すだ・やすなり)
コメディライター/地域プロデューサー/著述家
1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。
BARガイド