松尾貴史の「酒場でゆるむと世界が広がる」

【松尾貴史2】ゆるむ力がカレー店「般°若(パンニャ)」を生んだ

カウンターでのレシピ話が数年後に開花

文:松尾 貴史 08.21.2014

マルチに活躍している松尾貴史さん。活動を始めたきっかけの多くが「酒場」にあるそうです。「酒場って不思議で、計算高く出会いたいと思うと出会わないけど、打算なしにゆるみながら楽しく飲んでいると、偶然の出会いがあります」と松尾さんは語ります。

今回は、ご自身が経営するカレー屋さん「般°若(パンニャ)」のお話です。

(カンパネラ編集部)

酒場は「街の劇場」だと思います。

日々の営みの中で、いろんな人が出入りして、飲み食べ語り、たまたま居合わせた人と知り合って話したりするうちに、いろんなリアルなドラマが生まれます。

いつも言っているんですが、何か得になることと出合ってやろうとか、役に立つ人と知り合おうとか、そういうスケベ心があるとダメですね。酒場は、偶然を楽しむ場所なんです。

酒場は行き交う人のドラマに満ちた劇場なんです

酒場のドラマの特徴は、ゆっくり時間をかけてドラマが進行すること。

普通、映画や演劇だったら、一話完結で2時間くらい。連ドラや大河ドラマは、半年、1年と続くものもありますが、中身は数十時間。

しかし、酒場のドラマは、何年もかけて進行します。

ここ数年で自分が体験した酒場のドラマの一つに、カレー店「般°若(パンニャ)」 のことがあります。東京は下北沢、大阪は福島に。東西2店舗を営業しています。

般°若(パンニャ)大阪福島店の外観

カウンターで理想のレシピ話に興じた数年間

この般°若(パンニャ)は、まさに酒場でゆるく飲む時間から生まれました。

時を遡ること11年前、よく通っていた世田谷の駒沢大学の近くにあるバーが閉店するというので、落語家の春風亭昇太さん、マジシャンのパルト小石さん、コピーライターの後藤国弘さんたち、仲間9人とそのお店を居抜きで引き継ぎ、「bar closed」をスタートさせました。

よく考えれば、その時も、渋谷や笹塚や下北沢や経堂の酒場でゆるく飲むうちにアイデアとメンバーが出揃い、店になったのでした。

初代店長の渡辺さんは、研究熱心で、ドリンクは当然ながら、おツマミやフードに関しても、フットワーク軽く試作したりする方でした。

仕事帰りによくカウンターに立ち寄ると、独特の甲高い声で、「松尾さん、こんなの作ったんですけど、どうですかねえ?」と、味見をお願いされ、いろいろ意見を言ったりしました。

ぼくは、洋食屋さんが街のあちこちにある神戸で育ったせいか、子どもの頃からカレーが大好きで、小学生の頃からお気に入りのカレー屋さんがあったほどだったのですが、そうこうするうちに、「店で自分が好きなカレーが食べられたらいいな」と思うようになったのです。

いつの頃からか、カウンターでホロ酔いながら、ぼくがカレーのアイデアを出して、渡辺さんが作ってみるようになりました。あーでもない、こうでもないと言いながら、いろんな実験を繰り返しました。

やがて渡辺さんは、bar closedを卒業されて恵比寿にお店を出されましたが、そのカウンターでも、飲みに行った際にカレーの話をするようになり、渡辺さんもカレーを店のメニューとして本格的に出すようになっていました。

その頃は、よもや自分がカレーの店を出すことなんてつゆほども思わず、ただひたすら自分が食べたいカレーを考えて、遊んでいたような時期でした。

しかし不思議なもので、毎週のようにゆるく飲みながらカレーの話をしていると、「これなら毎日でも食べたい」というレシピが固まってきたんです。

ゆるく飲みながらカレー店の場所と巡り会う

ちょうど2008年の年末でした。当時、下北沢にあったスローコメディファクトリー(通称スロコメ)というイベント酒場によく飲みに行っていました。下北沢の演劇人や業界人も集まるお店で、ゆるいサロンのようでした。

朗読のイベントもやっていて、ぼくも出演したりしていました。

そんなスロコメで、いつものように飲んでいた時、ぼくがホロ酔いで何となく「下北沢でカレーの店ができたらいいんですけどね」と口にすると、それを聞いたマスターが「隣が空きますよ」と言ったんです。

「見にいきましょう!」と言われて隣へ。

その頃は、古着屋さんが入っていたんですが、年明けに閉店するとのこと。窓に顔を押し当て店内を覗くと、ちょうどカウンターのカレー店ができそうな雰囲気。その場でマスターが不動産屋さんの電話番号を教えてくれたんです。

翌朝、不動産屋さんに電話したら、いい感じで話が進み、年明けに契約することに。渡辺さんと協力して開店の準備を進め、3月に正式オープンすることになりました。それが最初のお店となった、下北沢の般°若(パンニャ)のはじまりです。

下北沢の般°若(パンニャ)がオープンした時の様子
オープン時の私

振り返って考えると、店をやりたいと急いだり力を入れたりせずに、その逆に、酒場でゆるゆる飲みながらアイデアを交換したり、チャンスを待ったりしていたのが良かったと感じます。

チキンカレー
特別なカツカレー

ゆるむ力が般°若(パンニャ)を生みだしたということでしょうか。

般°若(パンニャ)は、今年6年目。おかげさまで、スタッフにも恵まれ、たくさんの人に愛されて営業を続けてきました。

ここで下北沢店は次の進化のために、8月から9月末までお休みにして、リニューアルするつもりです。やっぱり、今回も急いだり焦ったりせずに、ゆるゆる飲みながら物事を進めようと考えております。

もしも、カレー店で働いてみたいという方がおられたら、ご一報を。

スタッフというより、ゆるむ力を共有する仲間が集まるとうれしく思います。

カレー店「般°若(パンニャ)」公式ホームページはこちら

松尾貴史(まつお・たかし)
1960年、神戸市出身。大阪芸術大学デザイン学科卒業。TV、ラジオ、映画、舞台、エッセイ、イラスト、折紙など、ジャンルを問わずに活動中。カレー店「般゜若」店主。京都造形大学映画学科客員教授。日本文藝家協会会員。著書に『なぜ宇宙人は地球に来ない?』(PHP研究所)など。
家飲み酒とも日記