地域ビジネス人情派!

【人情派3】墨の黒壁、ゆび筆、奈良の墨……書道文化が新しい

墨運堂の松井昭光さん

文・写真/須田泰成 01.29.2015

地域の人情味あふれる面白いビジネスを紹介する本コラム。今回は奈良に1400年以上前から伝わる墨がテーマ。墨と書道用品づくりの老舗・墨運堂の松井昭光さんを紹介します。

最近、テレビのバラエティー番組などで、「日本の文化や技術がスゴい!」という内容のものが多い。もちろんスゴいものも多いのだが、よく見ると、そこまで騒ぎ立てるほどのものか?と、ツッコミたくなるものも少なくない。日本は、いま空前の自画自賛ブームの中にいるのかもしれない。

そんな風潮とは距離を置き、本当にすごい日本文化に目を向けてみよう。今回のテーマは、1400年以上の歴史を誇る、奈良の墨と書道文化。墨運堂(ぼくうんどう)の松井昭光さんに、深くて新しい墨と書道文化の話を聞いてみた。墨運堂は江戸時代・文化文政期の文化2年に墨の製造を始めたという。実に200年以上も続いている老舗中の老舗である。

1400年以上の歴史を誇る奈良の墨

「現代は、デジタルの時代です。日常のコミュニケーション、アートやビジネスなど、あらゆることがデジタル・ツールで可能となっていますが、デジタル化が進めば進むほど、息苦しさを感じるのが人間というものです。そうした自分の人間らしい部分を自覚する人が増えているのか、アナログな伝統文化の重要性が高まっていると感じます。墨や書道の文化もそのひとつですね」

こう語るのは、奈良市の墨と書道用品の製造メーカー墨運堂の松井昭光さん。

古都奈良は、日本の墨・書道文化の発祥地であり、現在も全国の墨の9割以上を生産する。

子どもの頃から墨の香りに包まれて育った松井さん。母方の祖父は、ホワイトハウスなどにも作品が収蔵される有名な書家、佐々木泰南。他に祖母、母、叔母、妹も書家。そのような環境の中で、当たり前のように書道を習い、大学卒業後、東京の広告代理店に約10年勤務した後に家業に戻った。

墨運堂の本社と工場は、近鉄橿原線・西ノ京駅の西側にある。駅を挟む東側に薬師寺があるが、その薬師寺にも写経用の墨を納入している。工場内を案内してもらい、熟練の職人さんの手仕事を間近に拝見すると、それぞれの技の細かい動きの一つひとつに、古代から千数百年も受け継がれてきた悠久の時の流れを感じるような気がする。工場内に漂う墨の香りが非常に気持ちをリラックスさせてくれる。

煤(すす)を取る器
金文字
墨を乾燥させているところ

「墨の世界は、深く知れば知るほど面白いんです。例えば、英語では、黒=ブラック1色ですが、日本の墨の色は、黒といっても様々な異なる黒があるんです。その他にさらに、にじみ、かすれなどがあり、多様性に富んだ和紙・画仙紙との組み合わせによって、アナログ表現の可能性は、ほぼ無限です。そんな墨と和紙の面白さに気づく海外のアーティストも増えています」

「墨に含まれる龍脳(りゅうのう)や麝香(じゃこう)などの香料は、心身を和ませてくれると同時に集中力を高めてくれます。書をしたためる前に硯(すずり)で墨を磨(す)っていると心が癒やされるという人がいますが、実際、瞑想(めいそう)に近い行為なんですよね」

確かにPCやスマホの画面を通してではなく、墨と筆による書画作品をリアルに眺めた時の感覚は、視覚や嗅覚だけでなく、独特の五感に訴えるものがある。デジタルツールで描いた線や色にはない、人間が本来持っている自由が、色やかたちの奔放さに宿っている。

墨の資料館にて

工場に隣接する墨の資料館に案内していただいた。ここには、墨と書道の歴史が詳しくわかりやすく展示されている。高名な書家の作品も展示されているが、その一つひとつが、伝統的でありながら自由なのに驚く。

伊東食堂