本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

日本酒をつくるって、究極のクリエイティブじゃないか(前編)

赤字続きの実家の蔵に、最古の酵母が眠っていました。/ 第2回「新政酒造」・佐藤祐輔氏

文:本田 直之 編集協力:上阪 徹 写真:大槻 純一(特記なき写真) 04.17.2017

「陽乃鳥(ひのとり)」「やまユ」「亜麻猫」「No.6」……。斬新なネーミングにパッケージデザイン。何より、これまで飲んだことのないような斬新な味。日本酒ブームの先駆けであり、トップランナーであり、この10年で日本酒のイメージを大きく変えた立役者の一社。それが「新政酒造」です。

僕自身、初めて新政の日本酒を飲んだとき、大きな衝撃を受けました。こんな日本酒があるのか、と。ほんのり甘酸っぱく、果実のようにさわやか。当時、流行っていた香り系の日本酒とはまったく違っていました。透明感のある日本酒、とでも言えばいいでしょうか。本当に驚きでした。

この4年ほど、日本中を旅するようになり、モノづくりをしている若手の人たちを訪ねてきましたが、どうしても行きたかった酒蔵の一つが、この新政酒造でした。どんなことを考え、どうやってこんな凄い日本酒を造ったのか、ぜひ知りたかった。

そして1年前、友人のアレンジで秋田で初めてお会いすることができたのが、代表の佐藤祐輔さんです。蔵を見せてもらい、夜は地元の名店「たかむら」で飲みながら話を聞いたことを覚えています。以来、お付き合いを続けてきました。

新政酒造は1852年(嘉永5年)創業。この歴史ある秋田の酒蔵の長男として、1974年に生まれたのが、佐藤さんです。2007年、32歳のときに故郷の家業を継ぎ、新政酒造を大きく変え、2012年に代表取締役社長に就任しました。なんと、東京大学文学部卒です。彼は新政を、どんな思いで、どんなふうに変えていったのか、改めて取材しました。

■連載2 新政酒造 社長 佐藤祐輔

創業1852年の秋田の老舗酒造。8代目当主は、東京大学文学部出身でフリージャーナリストを経た佐藤祐輔氏。やまユ、亜麻猫、NO.6など、伝統手法を用いて造られた洗練された日本酒を次々と世に送り出し、現在の日本酒ブームを牽引する。

東大を卒業後、ジャーナリストとして活躍

そもそも新政の日本酒は、何が違うのか。端的に言えば、昔ながらの日本酒造りに立ち戻っていることにあります。後に詳しく解説しますが、生酛(きもと)づくり、6号酵母といった、すでに日本ではほぼ忘れられていた伝統的な製法や酵母を復活させたのです。これが、今では他にないようなオリジナリティ溢れた日本酒を生み出すことになりました。

Colors(カラーズ)
Colors(カラーズ)(写真提供:新政酒造)
(写真提供:新政酒造)

そして、その復活を、酒造りの理論を徹底的に学ぶのみならず、職人としても徹底的にこだわり、自ら突き進んでいったのが佐藤さんなのです。しかし、これまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

酒蔵の長男として生まれた佐藤さんでしたが、将来、家を継ぐことを課せられて、といった育てられ方はまったくされていなかったといいます。むしろ、日本酒にも縁がなく、学生時代も日本酒はまったく飲んでいなかったそうです。

「酒は飲んでいましたけど、レモンサワーとか、そういうのですね、本当に(笑)。焼酎ブームでしたから、焼酎をときどき飲んだりもしましたが、特にうまいと思いませんでした。いい酒を飲むほどのお金もなかったというのもあります。安い居酒屋で飲んでいることが普通でしたので(笑)」

大学を卒業して家業を継ぐつもりもありませんでした。選んだのは、文章を書く仕事。出版プロダクションなどで、ノンフィクションなどを手がける記者に。そして社会問題や政治問題に斬り込む反権力ジャーナリストとして週刊誌などで活躍するようになります。自分の本も出しています。そんな佐藤さんが日本酒に目覚めるきっかけになったのは、ジャーナリストたちが集まる場でした。

ピルゼンアレイ