角田光代の「もう一杯だけ☆ご一緒に」

いろんな種類のこわい店

第10回 愛する居酒屋に、あるときから行けなくなった理由

文:角田 光代/写真:菊池くらげ/イラスト:ノグチノブコ 01.21.2019

お酒と食が大好きな女流作家の角田光代さん。居酒屋で友人と肩を並べ、あれこれよもやま話に花を咲かせることも多いとか。そうした場面を切り取って、エッセイにしてカンパネラ読者にお届けしようという本企画。お酒はもちろん、仕事や恋愛、友人や家族など、いろいろなテーマについて存分に語っていただきます。第10回は、昔からよく行っていた愛すべき居酒屋に、あるときからぱったりと行かなくなったというお話です。(本文に登場するお店と、写真のお店とは全く無関係です)

飲み屋さんの好き嫌いポイントは人によってぜんぜん異なるだろうと思う。食べものがおいしくないとぜったいに嫌だという人もいるだろうし、汚い店はぜったいにいかない人もいると思う。反対に、食べものがおいしくないところが好きな人もいれば、汚い店が落ち着く人もいる。本当に人それぞれ。

私にも、もしかしたら人には共感されないだろうなあという、飲食店の苦手ポイントがある。それは、お店の人がこわいこと。店主でも、従業員でも、こわい人がひとりでもいる店は、ぜったいにいきたくない。間違って入ってしまったら、こわすぎてすぐ出ることもしないが、二度といかない。

「こわい」にも種類がある。愛想がない。声が大きく話しかたが恫喝のよう。性格がきつい。客を怒る。店員を怒る。ぴりぴりしている。いらいらしている。それらはぜんぶ種類が違う。

私は、愛想がなかったり、話しかたがこわかったりするのは、まだたえられる。怒っている人とぴりぴりしている人と、いらいらしている人、これらにはたえることができない。性格がきつい人は、たえられないほどではないが、やっぱりかなり苦手。

私と夫の飲み屋好き嫌いはかなり似ている。昔から二人でよくいく居酒屋があり、二人ともこの店を愛していたのだが、あるときからぱったりといかなくなった。どこに飲みにいく? と言い合うときに、どちらともがこの店の名前を言わない。その理由を訊き合うこともしない。

あるときから、こわい店員さんが入ったのだ。まだ若い人で、最初はそんなにこわくないのだが、店が混み合ってきて忙しくなると、こわくなる。忙しくて余裕がなくなって、ぴりぴりいらいらしている。「すみません、注文を……」とでも言おうものなら、「順番なんで!」「こっちすんでから!」と、取って食うような勢いで怒鳴る。ヒー、と私は縮こまり、すみませんすみませんもうなんにも注文しません、という気持ちになる。きっと夫も縮み上がっていたのだろう。

大きな店で、店員さんもその人ひとりではなく、何人もいる。座る席によって担当する店員が異なるようである。だから、その店にいくときは、心のなかで「今日はあの人にあたりませんように」と祈っていた。

そういうことを祈ると、なぜかかならず、その人にあたる。世のなかはそういうふうになっている。「今日はいらいらしていませんように」と、席に着いてから祈りを変えてみるが、やっぱり次第にいらいらしだし、「こっち先なんで!(舌打ち)」と怒られる。

そんなことが重なって、あるとき私のなかで耐久力がゼロになり、その店にいこうと言わなくなった。おそらく夫も同じ時期に耐久力が失われ、やっぱりその店の名を口にしなくなったのだ。それについて話し合うこともしないのは、思い出すとこわいからだし、こわがっている自分たちがちょっと恥ずかしいからでもあると思う。

もしかして、私にだけこわいの?

しかしながら最近、あたらしい解釈の可能性に気づいた。こわい人は、彼らなりの事情や性格によってこわいのだと思っていた。だから、だれにでもこわいのだろう、と信じこんでいた。そうではない場合もあるのではないか。私にだけこわい、ということも、あるのではないか。つまりそれは、私が客として嫌われているということだ。

ふらりとひとりで入ったはじめての店で、お店の人の対応があまりよくなく、ちょっとこわい系の店だったとみがまえて飲んでいたところ、常連らしき人が入ってきた。するとお店の人は満面の笑みで何か冗談を言っている。あ、これ、ただ私にだけ対応が悪いのかと思って、はっとしたのである。私が嫌われて、こわい思いをさせられていたことも、きっとたくさんあったんだろうな、と。

へんなふうに酔っ払わないし寝ないしお金は払うし、ほかの客にからまないしトイレはきれいに使うよう心がけているし、トイレットペーパーが私で切れればあたらしいものを補充するし、そんな私がどのような理由で客として嫌われなければならないのか、わからないのだが、まあでも、生理的にむかつくとか、注文の仕方が悪いとか、面倒なものを頼んだとか、いやもしかしたらトイレットペーパーを換えやがって、とか、何かしら嫌われポイントがあるのだろう。そう考えていると、ますますこわくなる。

撮影協力:鳥もと 本店
     東京都杉並区上荻1-4-3 (荻窪駅から200m)
     予約・お問い合わせ :03-3392-0865


角田 光代(かくた みつよ)
早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。お酒や食にまつわるエッセイも多く、『よなかの散歩』『まひるの散歩』『月夜の散歩』などがある。
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