ネオンとオンナ

「悪意のないクソリプ」に花束を

ネット上でのつたない褒め方が招く事故

文:鈴木 麻友美 03.14.2019

SNSでは見当違いまたは建設的ではないコメント、つまり「クソリプ」を巡って様々な人間模様が繰り広げられている。しかし実はそのクソリプ、発信者と発信者のことをそれなりに好きな受け手とが共同で生みだした「悪意のないクソリプ」かもしれない。

SNS上で「クソリプ」という言葉が市民権を得た。以降、この言葉がそこそこ便利なぶん、コメントの何もかもがクソリプの一言で片付けられてしまうケースが増えている。クソリプとは、主にツイッター界隈において、見当違いまたは建設的ではないコメントのことを指す。

クソリプですべてを片付けるのはかなしい。骨董屋さんのワゴンセールに、あるいはゴミ捨て場の片隅に、一見ゴミに見えても誰かにとってはそれなりの宝だったりする。

最近、誰かが好意も交えておずおずと差し出したコメントが、別の誰かにクソリプ認定されるのを見かけ、心が痛んだ。今日はそんな不幸な事故を少しでも減らすべく筆をとる(誰やねん)。

なお、ここでのクソリプについては、悪意の誹謗中傷や100人中100人が「ないわ」と思うものを除外します(そういうのダメ絶対)。それと、批評や意見を「クソリプ」と騒ぎアンチ認定し自ら着火し、それを同情商法言われさらなる炎に包まれる事象についてはまた別の機会に……。

公衆の面前でコメントすることの難しさ

知人の手料理写真の投稿をタイムライン上で見た時、さらにそれが自称激ウマでプロより美味しい!などと書かれている時、受け手としては腹や尻などをポリポリと掻きながら「おいしそ~」「忙しいのにえら~い」「つくって~」と無難なコメントを残したりする。

皿が美しいとか料理の手法が気になった場合には具体的なコメントが残せるけれど、写真だから実際うまいかどうかなんかわからない。なので、ほめ言葉はそうなる。

親しい友人で背景が想像できる場合は、「その皿いくら?」「彼氏できたな?胃袋つかんだれや」などと具体的な思いがわく。だがそういう具体的すぎる思いは公衆の面前でコメントすると当たり障りがあるので、個別にLINEでメッセージすることになる。

私も頻繁に料理写真をインスタにアップするので、無難なコメントを残す側、残される側、ガチな質問、LINEでの直つっこみ、どの立場もわかるし、そのなまぬるさがSNSの好きなところだ。意味なんてなく、ただなんとなく言葉の投げ合いでつながるツールとして。称賛コメントをまっすぐ受けとめ料理キャラとしてまい進する人もたまにいるが。

しかし最近、何人かの友人が、「料理写真をアップした時に好きでもない男に『食べたい』『つくってほしい~』とコメントされるのが心底イヤ苦痛」とつぶやいていた。

おそらくその女性たちにとっては、「食べた~い」「つくって~」というまさに無難なコメントがクソリプと映った。彼氏のために着飾って出かけたのにイヤな上司やナンパ男に「きれいだね」と言われてセクハラだと感じた的な。

その気持ちも少しはわかる。けど、こうしたコメントを残す男性を一方的に責められるだろうか。「おいしそうって言われる待ちだな~」と考えた人間のつたない(気の利かない)褒め方が、本人の望みとズレたという事故。こういう断絶はかなしい。

絵や歌だったり、何か数字の記録だったりすれば、実際のすごさが確実に伝わるけれど、写真じゃ味はわからない。新興系の料理研究家や「〇〇業界の風雲児」系の実業家といったインフルエンサーたちは、「自称すごい」をあの手この手で「どうやら本当にすごい」に変え、さらには憧れに変えるテクニック、知識量、唯一無二の切り口を持っている。特に、その業界の外にいるピュアな受け手にほど刺さるような。

そういうテクニシャンほど自覚的ではない自称すごい投稿については、一般的な反応としては無難なコメントorスルーとなり、ごく一部のファンや信者の礼賛コメントだけが残される現象が起きる。でも何か絡みたい、言いたい、そんな時目に入った言葉に反応して差し出した好意のなれの果てがクソリプになってしまったりする。

個人的には、IKKOさんのお言葉選びとテンションは誰も傷つけないのでSNSで何かものを言うときには常にトレースしていきたいと感じている。

ピルゼンアレイ