ネオンとオンナ

「私って顔広い」が口癖のカオリ嬢が醸す恐怖の本質

他者評価を自分から語ってしまう人

文:鈴木 麻友美 06.22.2018

「オレって意外と優しくない?」

人柄とか趣味嗜好とかよく知らない他者から「オレ自身の印象」を接着剤にコミュニケーションを持ちかけられると、私は未知への恐怖があおられる。映画「インディペンデンス・デイ」のあの宇宙船に空を覆われるような感覚。

たとえば、世間話くらいしか共通の話題がない飲み会の最中に、「オレって意外と優しくない?」と突然同意を求めてくる人は、わたしにとっては恐怖でしかない。他者から受けてようやく成り立つはずの自分の評価を持ち出されながら共感を迫られると、とにかく逃げ出したくなる。とりわけ「ものすごくピュアでまっすぐ」系の人間のそれがこわい。

ついでに言えば、「俺、ミスチル超絶好きなんだけど? 歌詞とかやばくない?」などとマスですでに普遍的に評価が高いものを通じて共感を迫られるのも恐怖である。わたしはDJを15年ほどやっている。DUBという比較的ニッチなジャンルで、いわゆるパリピとは真逆の感じなのだが、先日ウェーイ系の友人に「DJやってるから共感できると思うけどさ〜、EDMってマジ最高じゃない?」って同意を求められた時は、居酒屋から便所サンダルのまま走って家に逃げて帰ろうかと思った。

わたしにおいてはたまたま上記の2点が“スイッチ”だけれど、コンプレックス起点の苦手意識とか、スクールカースト的なコンプレックスとか、ヲタがリア充に思う「恐怖」の源泉ってこんなことなんじゃないかな、と思う。

「国家」とかデカすぎる立場から他者に共感を迫られることの恐怖

ところで世間では「ママ友」「プレ花嫁」「国家」といった、デカすぎる単位の立場をとった他者から共感を強要されるケースがままある。たとえばネット上でつながったプレ花嫁から「あなたもプレ花嫁ならこれ好きですよね」などと勝手に迫られるケースである。

こういうデカい共感の単位になると、もはやその価値観は宇宙船のように巨大だけどのっぺらぼうな印象だ。だが、その価値観で個人を塗りつぶそうとする側から見たら、わたしの好きなものやわたしの価値観なんてちっぽけな存在なんだな、と思う。

ただ逆から見れば、わたしも含めた個人がよく口にする「普通の人」ってのも、そもそも偏見にまみれている。そこから類推すると、デカすぎる単位の立場から共感を振りかざして他者に共感を迫る人にとっては、こっちの価値観も偏見ばかりと見えているかもしれない。

こういうデカすぎる単位に基づいた共感をしばしば会話に持ち出す人は、まさにカオリ嬢のごとく本来他者から付けられるべき他称や評価を自分で言ってしまいがちだ。たとえば

「顔が広いってよく言われる私、ついに〇〇とまでつながってしまった!世界は狭い!」
「いっつも忙しそう、動き回ってるね!ってみんなに言われるけど」
「たくさんの方からお誕生日おめでとうメッセージいただいたんですけど返せなくてごめんなさい〜!」
「肌きれいってすっごく言われるんですけど、ほんとなんもしてないんです」

といった具合。しゃかりき自称人気者みたいな情報の暴風を吹きはじめる。

カオリ嬢的な人が吹かす暴風に巻き込まれないようにするために

SNSは個人がもつ人間関係も可視化される。だからその人の評価あるいはその人の扱い方は、つながっている人の動きを見ていればわかる。

だったらなおさら、本来他者が当人を指して言う評価や印象は、自分からは一切言わず、ただただ近辺の人に言わせておいたほうが得策だ。仮に会話の中で思わず自分で口にしたら、「頭が頭痛」状態で、相手には自分の実態以上に騒がしい印象を与えてしまう。ネタとしては面白いけど、これはたぶんモテない。

ちなみに一流(って何だ)のネット有名人になると、この辺のことをわざとやってザワつかせる。ただ直接的なオレ語りではなく、人に言わせてリツイートしたりとSNSの特性をうまいこと利用しさらに注目を集めるのだ。例えばエゴサーチをして他のSNSユーザーが自分について発言している内容を調べ、「自分はこう見られたい」という望みに沿った発言だけを抽出してリツイートし、やりすぎウザいの直前で引いたり。

わたしがカオリ嬢を怖がっているのは、彼女の暴風に飲み込まれたくないから。飲み込まれたら、自分の感覚や価値観は彼女には共有されないし、「私って顔が広いんです」の要素として自分も消化・消費されそうになってしまう。そんな自我の抗(あらが)いなんだろう。要は、カオリ嬢が怖いのは己の小ささの表れなんだろう。

そして、いまわたしは消化されることの対抗手段として、彼女の怖さの根源を解体しようと、コラムのネタにしてしまった。

もしかしたら、次回カオリ嬢に会ったら彼女への向き合い方が変わるのかも、なんて思いつつ彼女に連絡しようとしてやっぱりビビってスマホを置くのであった。

鈴木 麻友美(すずき・まゆみ)
1983年、神奈川県生まれ東京都在住の会社員。テレビ局勤務。赤ちょうちんと茶の湯と蕎麦が好物で夜はたまにクラブDJに変身。都会に疲れしばらく海辺ぐらしをしていたが、現在都内に仮住まい中。本コラムではTOKYOに浸かりつつ距離もとりつつ、愛と諦めを持ってTOKYOのヒト・モノを観察します。
Twitter/Instagram @kingmayummy
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家飲み酒とも日記