カレースター・水野仁輔の「カレー&ビール」C&B

日本に伝来し独自の進化を果たしたカレーに焦がれ、思い切って150年前を追いかけて見えたもの

『幻の黒船カレーを追え』著者、水野仁輔氏に訊く。

インタビュー/柳瀬博一 12.14.2017

「カンパネラ」でおなじみの「おうちでビール片手につくれる本格的なカレー」の伝道師、水野仁輔氏は、40冊にもおよぶカレーに関する書籍の著者としても知られている。このたび、幕末に日本へ伝来したといわれるカレーのルーツを探るため、なんと会社を辞め国内外を4年間もかけて徹底取材したという、笑いと感動の傑作『幻の黒船カレーを追え』が発売された。カレースターと呼ばれる水野氏が、横須賀から長崎、そしてインド、イギリス、ドイツ、アイルランドと、文字通り東奔西走して追い求めたものは何なのか、水野氏に、訊く。

みんなが食べている日本のカレーのルーツを探りたかった

「幻の黒船カレーを追え」
出版社:小学館
価格:1500円+税
発売日:2017/8/8
著者 水野 仁輔

──「カンパネラ」でも大好評の連載、「水野仁輔のC&B」を執筆いただいています水野さんの新刊『幻の黒船カレーを追え』。本書を一読してまず驚いたのは、これだけ日本でメジャーな料理、カレーのルーツが、実はいまだにはっきりわかっていなかった、ということです。

水野仁輔氏(以下、水野) 日本のカレーは、どこがルーツですか? こう質問すると、普通の人は「やっぱりインドでしょう」。ちょっと詳しい人は「いやいや、インドを植民地にしていたイギリス経由で日本にやってきたんだよ」。もっと詳しい人は「たしか、英国海軍が食べていたのを、日本の海軍が真似したんだよね」「イギリスのC&B社のカレー粉からじゃないかな」なんて答えるわけです。

でも、いつ誰がどんなかたちで日本にカレーという料理がもたらされ、みんなが食べているあの日本のカレーという料理がどうやって確立したのか、はっきりした文献が残ってないんですね。

インドが源流なのは間違いない。どうやらイギリスからもたらされたのも確実。でも、玉ねぎをあめ色に炒め、小麦粉を炒めた、あの日本のカレーの「かたち」がいったい誰の手でもたらされ、どう進化して、現在にいたったのか。その謎を最後まで誰も解いていなかった。そこで、僕自身がなんとかその謎に迫ってみようと思ったわけです。

──本書がとってもユニークなのは、「日本のカレーのルーツを探るノンフィクション」にとどまっていない、というところですね。水野さん自身のセルフヒストリーの側面がけっこう強い。

写真:的野 弘路

水野 どこの書棚におけばいいのか、本屋さんが迷うかもしれない。まずジャーナリズムの本じゃない。ノンフィクションかといわれると、ちょっと違う。じゃあ、今度はルポルタージュかというと、僕の身に次々と面白いトラブルが起きるわけでもないから、やっぱりちょっと違う。43歳のおじさんがカレーについていろいろ試行錯誤して悩んで、そのルーツを追いかけた顛末を自分で書いているわけですから。ああ、その正体のわからないジャンルの本を書いちゃったな、と。

──むしろ、その「ジャンル分け不可能」なところが本書の面白さだと思いました。

水野 「日本のカレーがどこからやってきたか、謎はすべて解けた!」という大上段に構えた本にできないこともなかったんです。でも、それをやりたくなかった。そういう結論ありきの本を作る意味はない、と思いました。なぜ、そうしなかったかというと、日本のカレーのルーツがどこにあるかについて、おそらくはっきりした証拠はもう出てこないだろう、と、むしろ、その点に関してのみ、確信が持てたからです。

──なんと、そうなんですか!

水野 日本中のレストランやホテルを探し回り、イギリスに渡って現地の蔵書を調べ、さらにロンドンを離れて、イギリスの地方に日本カレーにつながるヒントがあると思い、足を運び、はてはフランスやドイツに渡ったカレー粉の行方までを追いかけました。とにかく一次情報に当たりたかったから、日本のカレーのルーツを探る旅に出るために、それまで勤めていた広告代理店も辞めてしまった。家族には迷惑をかけましたが(笑)。

日本のカレーのルーツを探った本としては、森枝卓士さんの『カレーライスと日本人』という素晴らしい仕事があります。20年近く前のあの本が迫ったルーツの根っこのあたりまでは、僕も迫ることができた。一部に関しては新事実も見つかった。でも、過去に関する一次情報というのは、時間がたつほど消え去ってしまう。歴史的事実のようなものは、もう見つからないかもしれない。

──それでも、水野さんには日本のカレーの源流について探りたいことがあった。

水野 はい。それは、「味」のことでした。だって、カレーは遺跡じゃなくって食べ物ですからね。日本のカレーの源流になったかもしれないイギリスのカレーは、日本にきたばかりのカレーは、どんな味がしたのか? はたしておいしかったのか?ということなんです。

どうやら、当時のイギリスではアカガエルを使ったカレーがあった。それは文献に残っている。でも、そのカレーの味は? 人々の評判は? 僕の調べた限り、どこにも載っていない。おいしいかどうかは、まさに「好み」の問題だから、本当のことをいえば、100年前の当時のカレーを食べた人にインタビューしないと出てこない。

いろいろな国で変化し続けるカレーって生き物っぽい

──では、水野さんがこれからカレーに関してやりたいことってなんでしょう?

写真:的野 弘路

水野 本書を書き上げた今、僕が興味を持っていることが2つあります。1つは、イギリスで発明された「カレー粉」がどんなかたちで世界の食文化に影響を与えたのかを現地を巡って解き明かしたい。イギリス生まれのカレー粉が新しい食文化を作った。いちばん大きな影響を受けたのは、間違いなく日本です。カレー粉がもたらされて、カレーは日本人の国民食になった。そんな国、他にはありません。

でも、日本ほどではないにせよ、カレー粉を生んだ時代のイギリスは世界各国へ進出していた国です。カレー粉が伝わったのが日本だけであるわけがない。僕が聞きかじった情報では、カリブ海の諸島や、中南米、カナダ、オーストラリアなどにもカレー粉は伝わって、現地の食文化と融合しているらしい。

本書でもとりあげましたが、ドイツではイギリス伝来のカレー粉を使ったソーセージの料理「カレーヴルスト」があります。でも、あれだけじゃなくって、世界のどこかにカレー粉を使った料理、食文化が存在しているはずなんです。

だから僕は、イギリスをスタート地点にして、カレー粉が世界のどこに渡ってその国でどんなカレー粉料理を生んだのか、しらみつぶしに探しに行きたい。

おそらく、僕が食べたらその国の人がカレー粉というものをどう解釈をしたのかということがわかると思う。その国の人たちにとってカレー粉というのはどんな存在で、その国の食文化にどう影響しているのか。それをつきとめたい。イギリスから渡ったカレー粉がいろいろな国でどんな進化を遂げたのか。それを世界中くまなく見ることができたら、僕は、新しい結論にたどり着けるかもしれないんです。

──「カレー」って生き物みたいですね。カレー粉という「種」が、世界のいろいろなところに分布を広げ、その土地の環境に合わせて進化して、別の「種」になっていく。

そうなんです。カレーって生き物っぽい。それぞれの土地で進化し続け、変化し続ける。それがカレーの面白いところです。本書の結末は、あえて「to be continued=つづく」というかたちにしましたが、その「つづき」を書くとするならば、イギリス生まれのカレー粉という生き物が、世界各国に伝わってどう進化したのか。それをこの目で確かめる話を書いてみたい。

──では、もうひとつは?

水野 未来に向けた「日本のカレーの歴史」を今から作りたい。今回、日本のカレーの源流を追いかけてふと思ったのは、日本のカレーの歴史ってたかだか150年なんですよ。なのに、もうそのルーツがちゃんと追いかけられない。ここで、目線を未来に向けてみると、今僕たちが食べているカレーのバリエーションや進化のかたちは100年後から見たら立派な「歴史」になる。そんな未来の「カレーを食べている人たち」に向けて、日本でさまざまに進化したカレーの文化を、それこそ全国のカレーを供している料理店の声をまとめて、オールジャパンのようなかたちで日本のカレーを世界に発信していきたいな、と思っています。これだけ国内ではメジャーな料理なのに、世界から見たら日本のカレー料理は閉じちゃっている。だからこそ日本のカレーを世界に開いていくことをしていきたい。

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