プロフェッショナルに聞く

“リアルを突き抜けた一皿”、そこに本物のガストロノミーの扉がある

銀座「エスキス」シェフ・パティシエ 成田一世さん

取材・文:大塚 千春 /写真:大槻 純一 06.25.2018

ユネスコ無形文化遺産に指定された和食という食文化をもつ日本。にもかかわらず、いま“本物の食”へのこだわりが薄れたシーンも見られ、「知性(エスプリ)が欠けている」と、東京・銀座のミシュラン二つ星フランチレストラン「エスキス(ESqUISSE)」のシェフ・パティシエを務める成田一世さんは語る。エスプリがない食の世界では、本当のおいしさもない──。ミシュラン三つ星店をはじめ、仏・伊・米・台と各国でシェフ・パティシエとして活躍し、世界的に注目される食のアワード「アジアのベストレストラン50」で、2017年に「アジアのベストパティシエ賞」を受賞した成田さんに、仕事の哲学と今あるべき日本人の食について聞いた。

塩味のひと皿から始め、甘いデザートにいきつく。その流れを常に頭に入れながら、メニューを考えるのが、東京・銀座のミシュラン二つ星のフレンチレストラン「エスキス」のシェフ・パティシエ、成田一世さんの仕事だ。どの食材をどのように調理し、どのようにプレゼンテーションするのか。日々、シェフ・エグゼクティブのリオネル・ベカさんと考えを出し合う。目指すのは、提供するお皿がとことん「リアル」であること、そしてそれを突き抜けた先にあるガストロノミーだ。

「リアル」であることとは何か。それを説明するのに、成田さんは料理や調理の原点にまで遡り説明する。

飴細工の球体があしらわれた、成田さんのシグネチャーディッシュ「シュークル」。複雑な味わい、食感、温度が入り交じり、五感を働かせて楽しむ一品

「料理の原点はある食材を仕方なく食べなくてはいけなくなったことにあります。生では食べられないものを料理することでどうやって食べるかを考えた。それを端的に物語るのが、フランスでジャガイモを食べるようになった経緯、アッシェ・パルマンティエという料理名の由来でしょう」

料理の原点を「アッシェ・パルマンティエ」に見いだす

今でこそジャガイモはフランス料理に欠かせない食材だが、大航海時代に南米から持ち込まれた当初は人々に敬遠された食べ物であったという。芽などに毒性があることや、そのいびつな形から、食べるとハンセン病になるなどと信じられたからだ。

ところが、農学者のアントワーヌ・パルマンティエは、フランスよりジャガイモの普及が進んでいたプロイセン(現ドイツ)軍の捕虜になった際、寒冷地でも育ち栽培しやすく、しかもタンパク質などが豊富で醸造もできるジャガイモの有用性を知り、普及に努めた。やがて飢饉に襲われたフランスで、パルマンティエのジャガイモ料理は何万人もの命を救うことになる。後世において、彼の名前は、「アッシェ・パルマンティエ」などジャガイモ料理の名前に使われ、広く知られるようになった。

「そこに、料理の本質、ゆるぎないリアリティーがあると思うのです」と、成田氏は語る。

では、今の日本の食の現状はどうか。食のシーンがまるでテーマパークのようなエンタテインメントになってしまい、本来食にあるべき「リアル」が失われていると成田さんは指摘する。食べ放題や大盛り、インスタ映えする料理が注目を集め、果物や野菜は本来の季節とはかけ離れた時期から店頭に並ぶ。そこには地に足が付いたリアリティーはないと、成田さんは言う。

「食べることで生きながらえてきたのが人類の歩み。季節の食材も本来はその季節になったら何を食べれば生きていけるのか、というところから始まっているわけです。自然の食べ物は原生種に近いほど、硬かったり苦かったりするものが多い。種を守るため食べられないよう身を守っているからです。人間は、それをやむなく食べなくてはいけないという状況があり、長い時間をかけて特殊な調理法や収穫したものを保存する方法を編み出してきた。それが今の時代は、秋からハウスもののイチゴが出回り、糖蜜を与えて糖度の高いイチゴを生産する。それは本当に“おいしい”食べ物なのでしょうか」

デザートといえば、多くの人はフルーツをふんだんに使った一品を思い浮かべるだろうが、成田さんはフレッシュフルーツを使ったメニューをほとんど手がけない。本物のおいしさは原生種のようなものの中にこそあると考えるからだ。