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江戸情緒が漂う街の粋な料理居酒屋、女将の心づくしのもてなしに酔う

「美酒味肴 いわ瀬」女将 小泉一絵さん

取材・文:松田 慶子 /写真:大槻 純一 08.09.2018

江戸情緒を残す東京・日本橋人形町。その中でも花街の趣が今も漂う一画に、「美酒味肴 いわ瀬」がある。人気の理由は、古民家を思わせる粋で落ち着いた雰囲気の中で、洗練された料理と美酒を手ごろな価格で楽しめること。そして何よりも、故郷に帰ってきたような懐かしさ、心地よい空間を生み出しているのが、女将の小泉一絵さんのもてなしだ。人気店を支える女将の「おもてなしの極意」とは何か。

人形町通りを折れた「芸者新道」。その呼び名は、かつてこの小路沿いに芸者の置屋があったことに由来するという。往年の名女優である花柳小菊が住んでいたことから、「小菊通り」とも呼ばれる。歌舞伎の世話物でも知られる「玄冶店(げんやだな)」の跡地も目と鼻の先。この歴史ある小路の一画にある、40席ほどの料理居酒屋が「いわ瀬」だ。

創業してまだ12年の「いわ瀬」だが、「ミシュランガイド」で2015年から4年連続してビブグルマンに選出されている。ビブグルマンとは、良質な料理を手ごろな価格で提供する店につけられる評価。このビブグルマンに2015年から毎年選ばれていることを、「美酒味肴 いわ瀬」で女将を務める小泉一絵さん(以下、一絵さん)は、「“星”をいただくよりもうれしい」と話す。

「古民家の落ち着きと人形町の風情を味わいつつ、気軽にお酒とお料理を楽しんでいただきたい」と、女将の小泉一絵さん

「うちのようなこぢんまりと営んでいる店が、お料理の値打ちを評価していただけたことをとてもうれしく思っています」

江戸の下町情緒が漂う街で夢を叶える

「いわ瀬」が店を構えるあたりは、戦災を免れたために、人形町の中でも特に江戸の下町情緒が色濃く残っている。その建物も、築90年の古民家を改築した木造で、小路の風情にしっくりとなじんでいる。

開業したのは2006年。それまで「いわ瀬」の大将は、大工を生業(なりわい)としていたが、料理店を営みたいという思いを募らせていたという。そんなとき、元は天ぷら屋の建物が立っていた現在の場所を一絵さんが見つけた。

「この通りの風情に、ひと目惚れしちゃったんです。当時、建物は築80年近くになっていて、大家さんは新しい店子を入れたがりませんでした。でも、どうしてもあきらめきれず、大家さんのもとに通い続け、この通りの雰囲気を壊さないことを条件にお店を開かせてもらいました」

大工として数多くの飲食店を手がけてきた大将は、「いつかは自分の店を持ちたい」という夢にこうして一歩近づいた。改築にあたっては、耐震工事も含めて大将が大工の腕をふるった。一方、内装から外装、小物にいたるまで、以前にジュエリーデザイナーとして働いていた一絵さんが一手に引き受けた。

  

「お店のイメージは頭の中に描けていました。落ち着いた古民家の趣を残しつつ、人形町の江戸情緒あふれる風情も出したい。床も卓も椅子も、すべて手作りでした」と一絵さん。大将が材木を切って組み立て、一絵さんがニスを塗り重ねて仕上げていった。

建具にもこだわった。店内の飾り障子やすだれ障子、水屋箪笥はすべて古道具店などで手に入れた明治期の品。入り口の扉は蔵の戸。「夢の実現」が自分たちの目的だったこともあり、コンサルタントなどは一切入れずに、一絵さんの目に適ったものを大将が据え付けた。

気安さと上質さとのバランスを心がける

「いわ瀬」に入って、まず目を引くのが、着物姿の女性を描いた日本画の数々だろう。これは大将のおばの日本画家・岩瀬歌肖(いわせ かしょう、以下敬称略)の作品だ。大将を実の子どものようにかわいがった歌肖が、おいの夢の実現のために、気前よく提供してくれたという。

店内には、美人画の数々が飾られている。大将のおばの日本画家・岩瀬歌肖の作品だ
飾り障子やすだれ障子、水屋箪笥などは古道具店などで手に入れた明治期の品

店の奥の壁にしつらえた襖絵は、歌肖の自宅から移設したもの。「町娘の絵は、もともと東京都美術館にあったもの」と一絵さん。店の名前も、この岩瀬歌肖の苗字からとった。

歌肖の自宅から移設した襖絵。店のシンボルになっている