ロジックよりマジック

AIに負けんぞ、人間すごいぞ。

文:関橋 英作 03.06.2019

豊かな生活とビジネスのヒントは、ロジックよりもマジックにあり。著名コピーライター&クリエイティブ・コンサルタントの関橋英作さんが素敵なヒントを探る本コラム、今回は脳とクリエイティビティについて。AIに負けない人間の可能性と、人間が生み出せるロジックとマジックについて考えてみます。

人間って何だろう? ちょっと哲学的な問いから始めてみようと思います。

「人間は何のために生きているのだろう?」「人間は、なぜ生き延びようと思うのだろう?」「人間は、なぜ何かを成し遂げようと思うのだろう?」「人間は、なぜ欲望に逆らえないのだろう?」「人間は、なぜ誰かを好きになるのだろう?」

数限りない問いがあふれてきそうです。これもまた、なぜでしょうか。答えのない問いがエンドレス。ソクラテス、プラトンの時代から哲学者を悩ませてきた最大の謎です。

哲学者ではない私たちでさえ、考えたことがある問い。

この問いが私の頭の中を占めている理由は、いま、人間社会の革命的な転換期にあると感じているからです。

歴史的変革は、15世紀前後の文化再生をめざしたルネサンス。そして、デカルト的契機と呼ばれる17世紀。宗教戦争後に「心身二元論」を唱えたデカルトによって科学的知見が優勢になり、ニュートン的近代物理学が成立。それが18世紀の産業革命につながり、現代を決定づけた時代が始まる。ここから、私たちは科学を宗教のようにあがめ始めました。

そして、AIの出現。

みなさんも毎日のように、AIに驚嘆したり、恐怖を感じたりしていると思います。その気持ちはわかりますが、じたばたする前に、あらためて人間のことを、考えてみませんか。

私たちは、約25億年前に発生した、微生物に起源をもつ、まぎれもない生物。そう考えれば、マシンであるAIと、バイオである人間(脳)の比較ということになります。

そもそも成り立ちを異にするもの同士。優劣をつける方がおかしいですね。ここはひとつ、冷静なうえにも情熱的に参りましょう。

私は、多くのみなさんと同じく、脳科学者でもなければ物理学者でもありません。難しい理論はチンプンカンプン。必死で理解しようと努めますが、たかが知れています。ですから、凡人の私がわかる範囲の、人間すごいぞ、の応援話。

いまいちばん気になるのは、人間が要らなくなる? いまある仕事の半分くらいは取って代わられる? という、まことしやかな伝聞です。

その不安からでしょうか、人間にしかできないことは何かという記事や書籍があふれだしました。その多くは、クリエイティブの話です。クリエイティブを生業にしてきた者としては嬉しいのですが、場当たり的な感じで気持ち悪いのが本音です。

その理由は、たぶん多くの日本人の心に棲みつく、創造力欠乏不安症だと思います。セミナーなどをしていて、「あなたのクリエイティビティは何点ですか?」という質問をすることがあるのですが、多くは50点くらい(100点満点で)。それ以下の人も結構いて、80点以上をあげる人は稀です。

謙遜もあるのでしょうが、平均が無難で落ち着くという心理でしょうか。クリエイティブのことにちゃんと向き合わない習慣ができあがっているようです。

その原因のひとつが、学校では「創造する」「自分だけの考えを話す」という場が、あまり与えられていなかったからではないかと思います。正しい(?)答えを出すことが学校教育。そう教えられているので仕方がないとも言えます。もちろん、それがすべて悪いとは思いませんが。

日本の若者は創造性に自信がない

そのことが歴然と現れている調査があります。日本のいわゆる「Z世代」、12歳から18歳までの若者は「自分は創造的」とは捉えておらず、創造的だと感じている日本の若者はわずか8%。それに比して、アメリカ人47%、イギリス人37%、オーストラリア人46%、ドイツ人44%。グローバル平均でも44%で、日本の若者が悲しいほど低い結果になっています(アドビシステムズが2017年6月に発表した「Gen Z in the Classroom: Creating the Future(教室でのZ世代:未来を作る)」より)。

でも、どの民族も脳神経細胞の数(約1千億~2千億)は同じです。ホモサピエンスになったときに、脳内のニューロンとシナプスの偉大な働きによりアナロジー思考を獲得。いろんなことを繋げて思索することができるようになったと言われていますから、日本人も変わりはないはずです。

そこから言葉が生まれ、アートのおもしろさに気づき、技術を生むことによって生き方を変化させていきました。みんな同じ条件で生きているのです。

ラスコーなどの洞窟壁画をご覧になったことがあると思いますが、それらはいろんな思考が交錯して描かれています。芸術性だけではなく、信仰性、伝承性、食料捕獲技術性など。それこそが、人間の脳の可能性を物語るもの。技術が思考を生み、思考が技術を進歩させたと言ってもいいでしょう。

まさに、技術と思考が両輪のようにフル回転していたのです。この感覚はとてもよくわかります。アイディアが浮かぶと具体的な方法を考える。さらに、具体的な方法がさらに別なアイディアを誘発させる。クリエイティブは、こんな繰り返しのやり取りです。

ホモサピエンスになってから、脳は変わっていないのですね。

また、約1万5000年前の縄文人も同じです。基本的に狩猟採集生活ですが、クリエイティブ生活と言っていいほど、衣食住すべてにアートがあふれていました。

火焔型土器(2018年に開催された東京国立博物館特別展「縄文―1万年の美の鼓動」の展示物のうち、撮影許可があるものを著者が撮影)

その代表作は、やはり火焔型土器。基本的には煮炊きするものですが、下から燃やして、その炎が天空までも届けとばかりの装飾。新潟県笹山遺跡から出土した国宝深鉢形土器は、観る人のちっぽけな価値観を燃やし尽くしてしまうほどです。

土偶「縄文のビーナス」のことも書きたいのですが、我慢して、お酒好きの私にとっての妄想を少々。縄文人はお酒を楽しんでいたのか? 実は、酒壷として使われていたと思われる半人半蛙文有孔鍔付土器が出土。壺の広い口元には小さな穴が18個あいていて、発酵によるガスを抜く穴だったらしいということです。

真偽はさておき、縄文の暗い夜に煌々と輝く月を見上げながらの一杯は、いまの私たちには想像できないほどクリエイティブなひと時だったのでしょうね。

脳の偉大なる可能性

さて、人間の能力といえば脳力。面白い方がいらっしゃいます。

脳科学者で、脳神経科学の研究成果を教育・学習に応用する活動を展開している「ダンシング・アインシュタイン」という会社の代表者、青砥瑞人さんです。

「近年マインドフルネスが注目を浴びています。マインドフルネスでは、アウェアネス(気づき)が重視されますが、これは自分の内側の反応に対してきちんと注意を向け、認識をもたせることから起きます。アウェアネスはデフォルトモード・ネットワークからセントラルエグゼクティブネットワークへの流れを強化することと言えるでしょう。」と、青砥さんはおっしゃっています。(Webサイト「Future Society 22」のコラムより。記事はこちらからご覧ください)

デフォルトモード・ネットワークとは、無意識下(ぼーっとした)の状態を司る脳の回路。いままではあまり注目されなかったのですが、ここがクリエイティブ活動において活用されていることに青砥さんは注目しています。

一方、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークとは、積極的に思考を駆使する、意識的な注意を向けている状態を司る脳の回路。いわゆる論理的な脳の働きです。

つまり、クリエイティビティは無意識下で活発化し、いろいろな情報を組み合わせてこれまでにない着想を得る、といった活動を行っているのです。

みなさんもご存じの、「アイディアとは既存の要素の新しい組合わせ」(J.W.ヤング)の裏付けですね。この訓練法として、私がいつもやっていることは、たとえば電車の中で。あの怖そうなおっさんと、こっちの若い女性の共通点は何か? 共通点はなさそうですが、「背の高さが同じ」「黒色が好み」「通勤場所が同じ」「指が長い」「感動しやすい(妄想)」などをあげる。意外な共通点がみつかれば、おもしろい商品開発につながる。何でもいいんです、街路樹と電飾看板など。いつも、スマホとにらめっこしているのは、脳に申し訳ないですよ。

ピルゼンアレイ