ロジックよりマジック

「人間の五感」VS.「植物の二十感」、どっちがクリエイティブ?

文:関橋 英作 05.16.2019

明治神宮の森

AI、ロボット、SNS。この地球では人間の文明が幅を利かせているように思いきや、それでも地球は「植物の星」。いまだに植物に支配されているのが実態です。人間は五感を持っていますが、対する植物は「二十感」。人間のロジックより、自然のマジック。自然に学ぶクリエイティブ力を見てみましょう。

人間は植物に支配されている!としたら、どうします? ほとんどの人が、人間がいちばん賢くて、それから哺乳類、爬虫類・両生類、昆虫、植物、微生物の順番かなと思っています。いや、人間以外のことは同列に考えていないのが本音でしょう。

でも、人間も生物なわけですから、ちょっとだけ生物誕生と進化の歴史を振り返ってみましょう。地球が誕生したのは、約46億年前。単細胞生物が登場したのが、約38億年前。人間も植物も含めたすべての生物が、この共通の祖先から進化したと考えられています。約30億年前頃には、光合成をするシアノバクテリアが生まれ、海中に酸素があふれ出す。そうなると、酸素を利用した呼吸をする微生物も出現する。約10億年前頃には、いよいよ多細胞生物が姿を現し、活発な光合成をおこなう藻類植物によって、大気中の酸素量が格段に増加しました。

もう、みなさんもお分かりのように、この段階で地球にオゾン層がつくられ、太陽の紫外線から身を守ることができる、という有難い環境が出来上がりました。まさに、創造する植物のおかげです。

そして、生物は次々に上陸開始。地上は、おいしい光に満ちあれていたので、植物はどんどん進化繁栄していきました。約4億年前には、根・茎・葉の発達した陸生植物が生息地域を拡大。特にシダ植物があふれ、現在、燃料になっている石炭は、この頃から堆積し始めて化石化したものです。

一方、人類はどうでしょう。恐竜、爬虫類、鳥類、哺乳類などが繁栄した後、約6500万年前頃に霊長類が出現。数百万年前に人類と類人猿とが別れ、やっと人類として登場。当時は、小さな弱い生物でした。そして、ホモサピエンスになったのは、たったの約20万年前頃なのです(諸説あり)。

つまり、私たちはこの世界の新参者。それなのに、地球の支配者面をしている。歴史から思うと不届き者かもしれません。そう思ったのも、植物の凄さを知ったからです。では、本題に入りましょう。

私が所蔵している、植物に関するお勧めの書籍たち。特にこの本(写真の下中央)から激しく影響を受けました。『植物は知性をもっている』(ステファノ・マンクーゾ、アレッサンドラ・ヴィオラ著、NHK出版)
植物に触れると、まさに植物から学ぶべきものがたくさんあると実感します

植物のカラダは考え抜かれたモジュール構造

改めて確認すると驚くのが、地球上の多細胞生物の約99%を占めているのが、植物(生物の総重量ベース)。その次が細菌類(バクテリア)、動物は0.5%、人間は0.01%(諸説あり)に過ぎません。

いまだに、地球は「植物の星」なのです。人間を含む動物は、とんでもなく少数派。それなのに我が星とばかりに威張っていますが、植物がなかったら生存不可能なのも否定できない事実。食料、空気、エネルギー、繊維や建材、薬など、植物さま様です。

では、動物(人間含む)と植物は何が違うのでしょうか。ほとんどの動物は、脳、心臓、肺、胃など役割の異なる個々の器官に分かれている。それに対して、植物はモジュール構造。どの部分にも必要以上の同じ部品があり、それが集まってできている。つまり、分割可能なパーツを組み合わせたカラダ。

草食動物などに、どの部分を食べられたとしても生き延びることができ、他のモジュールと作用しあって再生までしてしまうのです。どちらが合理的、いや考えぬかれた構造だと思いますか? 人間は、怪我をしただけで不自由になりかねませんから、困ったもんです。

元々、進化とは、それぞれの生息環境にあわせて、特徴や能力を獲得したり失ったりするもの。長い間の生物の栄枯盛衰を考えてみれば、千差万別で当たり前なのです。

それにしても、植物の進化は凄すぎますが、人類はといえば、ホモサピエンスになった時点でいまの人間とほとんど変わらない。しかも、五感能力は退化の一途。便利さをつくりだした代わりに、失うものも多かったのは皮肉です。実感されていますか?

この進化の過程で興味深いのは、生き方の選択。動物は流浪する生活スタイルを選び、植物は定住する生活スタイルを選んだ。動物である人間は、最終的に定住を選びますが、結果的にこの定住スタイルを選んだ両者が繁栄しているのですから、おもしろい。

ま、人間は定住と流浪の境で生きているようなものですが、流浪を捨てなかったら、どう進化していたか想像するだけで酒が進みます。

この動かないで暮らすという選択のせいで、植物は知性に乏しく受動的な生物というレッテルを貼られてしまいました。人間の動くという尺度に合わないだけで無視されているのです。

たぶん、人間は弱くて走るのも遅い動物種だった頃、チータのようなスピードに、鷹のような鋭い滑空に憧れたのでしょう。いまでは、科学の力を借りて、速く走る、一気に飛ぶことに目がくらんでいるとしか思えないほど、スピード狂になってしまいました。IT時代に入ると、それこそ仕事から生活まで「速い」こと優先。原始の頃のコンプレックスを引きずっているとしか思えない毎日です。

植物が備える「知性」の正体

そろそろ、この一見動かない植物の本性をのぞいてみましょう。そこには人間にも真似のできない知性がありました。

それは、あえて動かない戦略をとったこと。これに尽きると思いました。弱者の戦略です。とはいえ、決して苦渋の選択とは思えない。最も効率のいい生き方だったのです。

生物の最大の目的は、種の保存。それを動かずにいかに達成するか。いや、もうすでに地球を席巻しているという事実をみれば、敬服するしかありません。

改めて言いますが、秘密は植物の信じ難い「知性」なのです。え!と思われた方は、きっと知性とは脳であり言葉だ、と思いこんでいるに違いありません。しかし、「知性とは問題を解決する能力」という定義を出されたらどうしますか?

前述したように、植物には特定の機能のための器官がない。しかし、口がなくても栄養を摂取、肺がなくても呼吸。さらに、見て味わって聞いて、コミュニケーションまでする。生物が生き延びるためのすべてを、植物はやってのけるのです。

これを知って、何かを連想しませんか? そうです、AI、人工知能です。まだ、発展途上ですが、AIに知性がないという人は少ないでしょう。もちろん、生物とは根本的に違うので比較はできませんが、人間だけが最高の知性を持つという神話は崩れかけています。固定観念という呪縛を早く解かないと手遅れになりかねませんよ。

さて、植物の知性の正体は?

そうです、少なくとも20の感覚をもって駆使していること。人間にある五感はもちろん備えています。

ご存知のように、視覚とは光を知覚する能力。植物に目はありませんが、光の質・量・方向を識別することができる。さらに、日照時間もわかるし、温度も測ることもできる。つまり、時計や気温計のような感覚も持ちあわせているのです。私たちも、ぼんやりとはわかりますが、スマホに頼っていたら、せっかくの感覚もどこかへすっ飛んで行ってしまうでしょう。

次は、植物の嗅覚。植物は匂い(化合物質)によって、周囲の環境から情報を獲得し、植物同士や昆虫とのコミュニケーションを行っているのです。匂いを発することによって、花粉を媒介する昆虫に伝える。さらに、動物や植物に食べられそうになると、周りの植物に対して、匂いで危険を伝え防衛行動を開始する。その最たるものが、トマトです。

匂いこそ、植物の言葉。私たちも、香りのよい植物を栽培したりして戦略の手助けをしていますね。

さて味覚です。ちょっと想像がつきません。

実は、根こそ最高の舌をもったグルメなのです。根は、硝酸塩、リン酸塩、カリウムなど食欲をそそる栄養素を探しあてる独自のセンサーをもっている。しかし、嫌いなもの、危険なものは避けていく。ほれぼれするほどスマートな行動をとるのです。

また、ダイレクトに食べる肉食植物もいます。ハエトリグサを見たことがあるでしょうか。トゲの並んだ2枚の葉で、ハエをペロリ。1回触れただけでは知らんぷり、次に触るととっさに葉を閉じる。何とも頭のいい奴です。つまり、味覚も触覚ももちあわせているという優れもの。

ハエトリグサ

オジギソウも触覚が優れていますが、こちらは学習をする。身を守るためだと思うのですが、軽く触れるとすぐに葉を閉じる。しかし、危険がないとわかると葉を開く。振動まで感知するのです。

五感の最後は、聴覚。

植物に特定の器官はないので、全身で音を聞く仕組み。それなら、音楽もからだ中で聴くことができる?

フィレンツェ大学研究所がその答えを出しました。音楽を流しながら育ったブドウは、成熟が早い! しかも、味、色、ポリフェノールの含有量の点で優れていることが証明されたのです。やはり、音の周波数を受け止めていたのですね。

ときどき、植物に話しかけている人を見かけますが、どうやら会話を楽しんでいるのかもしれません。

キンラン。菌根菌との共生系を成している

前述しましたが、植物にとって根の部分は、根圏を構成しているほど重要な部分。それだけ土の中は自然界の経済活性化を担っている場所なのです。

主役は、菌類と細菌。彼らは、根から放出する滲出液を求めてやってくる。一方、根は彼らのもつ化学物質をいただく。こうして、植物は成長と健康を手に入れていれることができるというわけです。まさに、植物は彼らと持ちつ持たれつの名コンビなのです。

そのために根は、屈音性という性質に従って伸びる方向を決め、途方もない広さの土中を効果的に探検し移動する。そうして、とんでもないネットワークをつくりあげる。

これこそが、植物のコミュニケーション力です。ネットに依存する私たちも、知らずに真似しているとしか思えませんね。