生きるチカラの強い女性へ

処方箋9 バーカウンターは、大人の学習机

文:ひきた よしあき  03.06.2018

仕事一辺倒でキャリアを重ねるのはもう古い? それよりも大切な家族と一緒に豊かな時間を過ごし、人生を謳歌する女性が少しずつ増えています。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが、スマートで力強い女性たちに会い、その魅力を探ります。第9回は、「今日の私の状態」に合わせてカクテルを作り、会話をしてくれるマダムバーテンダーのお話です。

「バーカウンターは、大人の学習机だ」

マダムバーテンダー 鈴木眞悠さんは、師匠にこう教わった。

なるほど、そう言われてみると、鈴木さんご夫婦で営んでいる「銀座すゞ木」にはバーカウンターしかない。本格的なフレンチを味わう店なのに、佇まいは、割烹。シェフが料理を作るさまを楽しむことができる。

「お客さんの近いところで料理を作りたかった」

というシェフの言葉の通り、カウンター越しに料理のできあがる様子を見ることができる。

それを待つ間、眞悠さんが「今日の私の状態」に合わせて作ってくれたカクテルを飲みながら、会話をするのもこの店の名物料理だ。

「食べにきた」ではなくて、「会いにきた」と言ってもらうこと

「いろんな方が見えますよ。じっと黙って飲んでいて、『実は、会社を辞めたんだ』と切り出す方もいます。恋愛はもちろんですが、『それ以前に、出会う時間がまったくない』と悩んでいる方も多いですね。みんな、しゃべりたいけど、しゃべる場所がないんです」

バーテンダーは、口が堅い。絶対に口外しない。

何かを言ったり、書いたりしたとたん、すぐにネットで拡散されてしまう今、口の堅い第三者を求めてくる人も増えている。

「銀座すゞ木」のマダムバーテンダー鈴木眞悠さん(撮影:石澤知絵子)

「うれしいのは、お客さんから『食べにきた』ではなくて、『会いにきた』と言ってもらえるときですね。会話や雰囲気まで含めて、料理ですから」

しかし、バーテンダーなら誰もが話しやすいかと言えばそうではない。眞悠さんは、少し変わった経歴を持っている。それが彼女の話術を引き出している。

「働いていた店が、突然閉店したことがあるんです。ポンと放り出されたとき、どうしていいかわからなくなってしまいました。そこでキャリアカウンセリングを受けに行ったんです」

これが眞悠さんの人生を見直すきっかけになった。相手の話を傾聴し、寄り添いながらその人に適切な答えを導きだしていく。

お客さんの気持ちがわかっていなかった

眞悠さんは、キャリアカウンセラーの資格をとる勉強を始めた。

「働き始めた頃は美容室にいました。それから今までずっと接客業なので、世界が狭くなっていました。バーテンダーをやりながら、金曜日の夜にお店に来られるみなさんの気持ちが本当はわかってなかったんだと思います」

勉強を進めると、様々な発見があった。

三重県出身なので関西弁もできる。人によって東西の言葉を使いわけることのできる自分。

美容師は、お客様と鏡を通して話をする。それが気持ちのいい距離感を生む。

バーテンダーをやりながら、どこかでこの距離感を保とうとしていた自分。

お客様に一番「おいしい」と言って頂くために、お客様の細かいところまでを記憶し、気遣う自分。

キャリアカウンセリングを学びながら、自らのキャリアに磨きがかかっていった。

「キャリアカウンセラーの仕事はお酒を出せないんです。だから将来は、昼間の時間を使って、この店でいろんな人の相談に乗れないかなぁと思っています」

コース料理に供されたフォアグラのだし巻き卵(撮影:松本大昌)

そう語る眞悠さんの横からいい匂いがしてきた。シェフが、仕事の仕込みを始める時間になっていた。

「フォアグラのだし巻き卵、また食べにきてください!」

とシェフの明るい声がする。

あと1時間もすると、今宵も大人の学習机にはたくさんの生徒が並ぶことになる。



ひきた よしあき
1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。
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