生きるチカラの強い女性へ

処方箋10 自分は自分しか演出できない

文:ひきた よしあき /写真:カンパネラ編集部 04.05.2018

仕事一辺倒でキャリアを重ねるのはもう古い? それよりも大切な家族と一緒に豊かな時間を過ごし、人生を謳歌する女性が少しずつ増えています。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが、スマートで力強い女性たちに会い、その魅力を探ります。第10回は、宝塚歌劇団で活躍した後、映画や演劇などで経験を重ねてきた植野葉子(うえの・はこ)さんのお話です。

植野葉子さんが宝塚を観たのは、3歳のときだった。お母さんの膝の上で、舞台を眺めた記憶がはっきりあるそうだ。

「上月昇さん、古城都さん、二番手にいらした鳳蘭さんも覚えています」

少女は、当たり前のように宝塚をめざす。子どもの頃の夢は、宝塚一色だった。

「合格したときは、私はこの地球上で一番幸せ!と思いましたね」

と目を輝かせる葉子さん。しかし、入ってついたあだ名は、「そぼく」、すなわち、素朴な子だった。

華やかな宝塚に、世田谷の公立中学から進む人は非常に少ない。男っぽくて、人とケンカをしてもケロッと忘れてしまう性格で余計に子ども扱いを受けた。

しかし、宝塚は成績がものをいう世界だ。ダンスでは上級生と踊るシーンに抜擢されて以降、芝居は「無法松の一生」で「下宿の女将・たね」を、「心中・恋の大和路」では「女中・おまん」などの難しい役どころを着々とこなす。

「変化が起きたのは、24歳の時です。勅使河原宏監督に、『三國連太郎さん主演の映画「利休」に出ないか』と誘われたんです。『出たい!』と思いました。でも、宝塚では松竹の作品には出られない。悩んだのですが、宝塚しか知らなかった私には、『新しい出会い』がとても魅力的に感じられたのです」

葉子さんは、宝塚をやめた。

「利休」に映ったのは、たったワンカット。しかし、この「新しい出会い」が、映画『豪姫』(勅使河原宏監督)の隠れキリシタン、遊女役へとつながった。勉強のために通い続けた三國連太郎主演の舞台『ドレッサー』の影響もあり、ストレートプレイへと続いていく。

「なかでも演出のデヴィット・ルヴォー氏との出会いは、衝撃でした。 彼の演出の中で、俳優としての『立ち方』『在り方』を徹底的に学ばせるために、様々なシアターエクササイズを次々と開発されるのですが、これは決して『役者』だけのものではないんです。コミュニケーションそのものなんですね。自分を知ること。自分が自分のまま『存在する』ということ。この気づきは一般の方にとっても大変役立つものになると考えました」

宝塚、映画、演劇、そしてシアターエクササイズ。植野葉子さんの体を通して体系化されたものが、現在は、「Hako's be exercise」に集約されている。今の自分に気づくことで、自身の心身を変えていくユニークなエクササイズだ。

「目を閉じて、朝からの自分を思い出します。起きた時の気分は?起きてまず何をしたか。何を食べて、その時どんなことを感じたかな……って思い出す。記憶の中に潜んでしまったものを、表に出していきます。自分のやったことをちゃんと思い出す。これって自分にしかできないことですよね。私、『生きるとは、自分で演出すること』だと思うんです。自分にしか自分を演出できない」

エクササイズを繰り返すうちに、無意識に行動することが減り、自分はなにをしたいのか、「食べたい時に食べる」「今、これを飲みたいから飲む」「愛したい人がいるから愛す」という感覚になってくる。葉子さんはこれを「意識が健全になる」と表現した。

話を聞きながら、ぼーっと不健全に生きている自分を何度も反省した。いけない、いけない。また、「Hako's be exercise」に行かなくちゃ!

そんな植野葉子さんの舞台が4月25日から5月3日まである。あるがままに、そこにいる葉子さんに是非出会ってもらいたい。

ひきた よしあき
1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。
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