生きるチカラの強い女性へ

処方箋15 今しか、見ない。

文:ひきた よしあき /写真:カンパネラ編集部 08.29.2018

仕事一辺倒でキャリアを重ねるのはもう古い? それよりも大切な家族と一緒に豊かな時間を過ごし、人生を謳歌する女性が少しずつ増えています。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが、スマートで力強い女性たちに会い、その魅力を探ります。第15回は、抹茶を手軽に味わってもらうためのちょっとした“道具”を考案した太田伊保さんです。

立秋は過ぎたとはいえ、今年の猛暑はいっこうに衰えを見せない。浜離宮恩賜庭園(東京)の入り口から茶席が設けられている芳梅亭まで歩く間に汗が吹きでた。

蝉時雨が聴こえる中、玄関を入ると太田伊保さんが涼しげな浴衣姿でせわしく茶会の準備をしていた。

「抹茶をもっと多くの方に、手軽に味わっていただきたくて」

と、手にしているのは彼女が考案した「ちゃかちゃかリング」だ。

  

透明なボトルの中に、不思議なかたちをしたバネが入っている。抹茶を入れて、少量のお湯を注いで、ボトルをちゃかちゃか、30秒振ってみる。

あら不思議。茶筅(ちゃせん)で点てたお茶とまったく変わらない泡がきれいに表面に広がった。

一服いただくと、体の内側に緑の風が吹いたかのように汗がおさまり、目が冴えた。

「胃の大病をするまでは、路面店3店舗、百貨店に3店舗と手広くスイーツのお店をやっていたんです。でも、病気になって、考え方が180度変わりましたね。いつ死ぬかわからない。もう私には、従業員70人の責任はもてないと思いました」

伊保さんは、店舗を閉めていった。従業員とも別れた。最後に姉小路堺町(京都)の店舗だけが残った。

ここは、日本を代表する俵屋、柊屋といった老舗旅館のすぐ近く。そこに泊まっている海外の方が何度も覗きにくる。そのとき、伊保さんは疑問に思った。

「どうして海外の方が大勢京都にいらっしゃるのに、あちらと同じコーヒーや紅茶を出す店しかないのだろう」

  

そこでひらめいたのが「ちゃかちゃかリング」。ボールペンのバネを何本も伸ばして攪拌できる形を考える。その構想に10年の歳月を費やしたという。

「秋には特許がとれます。今はこうして東京まできて、みんなに楽しんでもらおうと思っています」

お茶会ではリングの使い方が披露され、みんながその手軽さとおいしさに驚いている。朝からの茶席は、夕方まで満席だった。

「今は京都市成長産業創造センターの一階で『おちゃのば』というカフェをやっています。ここも従業員を雇わずに、一人でできることを基本に考えました。
私は、過去を振り返りません。未来を夢見ることもありません。
今しか、見ないんです。今、ここにいる皆さんを、私がどうつないでいくか。そこだけを考えています。
大切なのは一期一会。だから一服の抹茶を、世界の誰もが簡単においしく飲めるようにしたい。いろんなところで「おちゃのば」が生まれるようにしていきたいんです」

私は、この頃毎朝、ちゃかちゃかリングで抹茶を点てている。コーヒーよりも目が冴えるし、健康にもいい。

それよりも何よりも、太田伊保さんの言う、

「今しか見ない」

という気持ちが芽吹いて、今日一日を大切に生きようと思う。

浜離宮恩賜公園にある芳梅亭(右の門奥)は、緑に囲まれてひっそりとたたずむ

茶室を出ると、大粒の雨が降ってきた。やむと気温が少し下がり、わずかだけれど風の中に次の季節が忍びこんでいた。

ひきた よしあき
1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。
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