生きるチカラの強い女性へ

処方箋2「いいね」を押すのではなく、「いいね」を言い合おう

文:ひきた よしあき / イラスト:神谷 一郎 08.30.2017

仕事一辺倒でキャリアを重ねるのはもう古い? それよりも大切な家族と一緒に豊かな時間を過ごし、自分の人生を謳歌する女性が少しずつ増えている。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが、そんなスマートで力強い女性たちに会い、その魅力的な「生き抜くチカラ」に迫る。第2回は「いいね」を言い合える空間を創造した女性の話。(カンパネラ編集部)

「うるさい!」

朝、母親に思わずそう怒鳴ってしまった高井季公子さんは、自分の言葉に驚いた。顔をあげると悲しそうな母がいた。

「同じ4文字を言うなら、『おはよう』って言ってほしい……」

母の言葉を聞いて、「私は一体何をやっているんだろう」と思った。

現役時代の高井さんは、とにかく忙しかった。深夜残業なんて当たり前、月に100時間以上働いても、まだ仕事が終わらない。海外出張も多く、スケジュール表にも心にもまったく余裕がなかった。

「あなた、トイレの花、見てる?」

とお母さん。

高井さんは、見てなかった。

「花を見る時間のないあなたに、せめてもと思って、一輪挿しに花を毎日生けているのに」

その声を振り切るかのように、会社に向かう高井さん。

「一体、何をしているのだろう」

という気持ちがさらに膨らんだのは、母親が軽い脳梗塞を患ったことをあとで知らされたときだった。家族が集まって「忙しい季公子には知らせまい」ということになっていた。

それを知った瞬間、我に返った。

高井さんは、会社を辞めた。

しかし、「ものをつくる」ことへの情熱は捨て難く、今度は「いのちを輝かせるもの」として調理の道に入る。

「熱いものは熱いものとして、冷たいものは冷たいものとして、食べて頂く。いのちと食べ物との瞬間をとても大切にしたかったんです」

高井さんは料理の修業をしている中で伴侶を見つけ、やがて二人はフレンチレストランを開いた。

東京・北千住の千住街道商店街を横切ると、「ラジオ体操発祥の地」と刻まれた碑のある千住本氷川神社がある。絹ごししたようなやわらかな空気が流れている素敵な場所だ。

高井ご夫妻が営む「ビストロ・タケ」は神社の向かいにある。そのせいか店内にも不思議なやわらかな空気が流れている。椅子に座ると天井が高い。

高井さんにお話を聞くと、シェフのご主人は、カウンター席に腰かけているお客様の顔を見ながら料理をつくるのが好きだと笑う。

「ネットの世界では『いいね』を押してお互いを確認しますよね。私は押すのではなく、『いいね』を言い合いたい。そんな空間をつくりたかったんです」

常連客が私の席ににこやかにやってくる。柔らかい肉をほおばって、ワインを飲んでいると、時間の感覚が不思議と遠のいていく。

もしかしたらここは、高井さんが現役時代に見失った「時間」が戻ってきた場所なのかもしれない。あの頃目に入らなかった一輪挿しをゆっくりと眺めるような時間を高井さんは提供している。

私の口から「おいしい」の四文字が幾度も出た。

高井さんは「またきて」の四文字と笑顔で応えてくれた。

「いいね」を言いあった夜。

危なく終電に乗り遅れそうになった。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。

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