トライセクター・リーダーの時代:現代の「宮澤賢治」ストーリー

教育課題を抱える地域に、情熱ある社会人たちを派遣します~Teach For Japan

第2回 松田悠介氏(NPO法人Teach For Japan代表理事)

文:金野 索一 08.06.2015

今回紹介するトライセクター・リーダーは、NPO法人Teach For Japan代表理事の松田悠介氏。学生や社会人を教師として派遣し、子どもたちの学習意欲の向上、学習習慣の定着を図っている。「国づくりの今回は教育にある」と語る松田氏に聞いた。

今回紹介するトライセクター・リーダーは、NPO法人Teach For Japan(ティーチ・フォー・ジャパン、以下TFJ)代表理事の松田悠介氏である。TFJは情熱のある学生や若手社会人を教師として派遣し、子どもたちの学習意欲の向上、学習習慣の定着を図ることを目的としている組織だ。主な派遣先は、国内の生活保護受給世帯の多い地域や被災地など、教育課題を抱える地域である。

活動のモデルとしているのは、アメリカの有名な教育関連NPOであるTeach For Americaだ。教育免許の有無にかかわらず2年間、アメリカ国内の一流大学の学部卒業生を、国内各地の教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムを実施している。TFJは、全世界に展開するTeach For Allに加盟済みである。

TFJが展開している主な事業は2つ。1つ目の教師派遣プログラム(Next Teacher Program)は、意欲のある若手を教師として選抜・育成・サポートして、少なくとも2年間、正規の職員として学校現場に配置し、学校現場の課題解決を推進するというもの。2つ目の学習支援プログラムは、大学生向けで生活保護受給世帯などに放課後や週末を利用した無料支援事業である。こちらは2015年4月から、TFJとは独立したNPOとして運営している。

代表理事の松田悠介氏は、現在32歳。中学校時代からいじめに遭い、それを救ってくれた恩師と同じ体育教師になろうと思ったのが原体験という。

松田 悠介(まつだ・ゆうすけ)

大学は日本大学文理学部体育学科に進む。2006年に卒業後、体育科教諭として都内の中高一貫校に勤務。部活動の指導では都大会の予選でも勝つことができなかった陸上部を全国大会に導く。その後は千葉県市川市教育委員会 教育政策課 分析官を経て、2008年9月、ハーバード教育大学院(School Leadership専攻) 修士課程へ入学。卒業後、プライスウォーターハウスクーパース(PwCジャパン)に1年勤務。退職後、Teach For Japan準備会の創設代表者となり、2010年に同団体を立ち上げる。

金野:TFJでは現在、全国各地の学校に30名弱の人材を教師として派遣していると伺いました。今年2015年には新たに30名の人材を採用し、2016年4月から派遣する予定だそうですね。どんな人材を教師として派遣しているのでしょうか。

松田:20代後半から30代前半を中心とした、多様な経験を持った社会人を採用しています。我々はこうした教師となる人材をフェローと呼んでいますが、フェローの派遣先としては、首都圏、関西、九州の小学校と中学校です。

金野:派遣先における、フェローに対する評判はいかがですか。

松田:フェローの特徴である多様な経験をもった社会人であるということに対して、一定の評価を頂戴しています。

また、フェローからの満足度も高いと自負しています。「教師の仕事は、外から見ているよりもずっと大変な仕事だとわかった。その分、やりがいは大きい」という感想が多いですね。

Teach for Japanにおけるフェロー向け研修の様子。中央に立っているのが松田氏

いじめという原体験が教師の道へと誘った

金野:松田さんは大学卒業後、体育の教師になり、次に教育委員会に勤務しました。そもそも教育を仕事にするようになったきっかけは中学時代にいじめに遭ったからだとお聞きしています。

松田:そうです。いじめられていた自分を救ってくれたのが中学校の体育の先生だったのです。

同級生は皆、笑って見ているだけでしたし、教師が注意をすると、いじめは陰湿化するだけでした。


陰湿化すると、大人は気づかなくなる。「救いはどこにもないように思えた」という。

当時「いじめ撲滅キャンペーン」に類するものがあって、アイドルやアスリートが登場して、「周りの大人に訴える勇気を」などと語りかけた。松田氏は、それを聞くたび度に、違和感を持った。


松田:人間、そんなに強くないですよ。一番身近な存在である母親にすら相談できないものなのです。いじめられていることを相談するというのは、自分の弱さをさらけ出すことに等しい。そして、自分の弱みを見せるということは、とても勇気のいることです。だから誰にも言えずに抱え込むしかない。


そこに登場したのが松野先生という体育担当の教師で、松田氏と真剣に向き合ってくれた。1つずつ松田氏に問いかけながら、導いてくれたという。松田氏は、それまで嫌いだった体育の授業も好きになって、そのうちいじめがなくなっていった。


松田:自分が変わったのでしょうね。強くなったのだと思います。

それで、自分も体育の教師になりたいと思ったわけです。厳しい状況にいる子どもたちと向き合える大人、教師になりたいと思うようになりました。「恩送り」の気持ちですね。高校時代に明確に教師を目指すようになって、実際、教師になりました。

金野:頑張り屋だったとも聞いています。

松田:そうですね。高校時代の部活動では、ひたすら全国大会を目指していました。その代わり、勉強はダントツの最下位でした。実は、大学に行かなくても教員になれると思っていたのです。

それは違うとわかって、数カ月ですが、必死に勉強して何とか合格して、大学に入った後もめちゃくちゃ勉強しました。120単位くらいで卒業できるのに、私は192単位取ったのです。自分で言うのも何ですが、異常です。その後、ハーバードに行く際にも、血尿が出るくらい勉強しました。

金野:教育現場ではどんな姿勢で子どもたちに向き合ったのでしょうか。

松田:自分としては強い思いを持って向き合いました。しかし、思った以上に困難な現実を目の当たりにしてしまったのです。


その現実とは、そうした子どもたちと向き合うことのできない大人たちの存在だった。その結果、学級崩壊を引き起こしてしまう。それが許せなくて、「どうしたら1人でも多く、熱い思いを持った人を学校現場に増やしていくことができるのだろうか」「どうしたら、その情熱を持続できるような仕組みが作れるのか」と考えた。

その結果、一教師になることにとどまるのではなく、理想的な学校を作りたいと思うようになったという。


松田:そのためには行政の力が必要だと思いました。政策づくりですね。そうしたことを模索するために、教師を辞めて教育委員会に入ったのです。

しかし、行政、その中でも教育委員会、さらに20代の若造にできることはたかが知れています。何かができるとしても、あまりにも時間がかかる。それは待てない。だから自分がいる場所はここではないと思いました。

金野:理想があるからでしょうか、割り切りが早いですね。

松田:はい、理想の学校づくりに対する思いを同じくする仲間たちを集めて、理想の教育を行いたいとますます強く思うようになりました。そのために自分に必要なのはリーダーシップであり、マネジメント力だと考えました。結局、今の学校現場にはそれが欠けている。学校の課題が一向に解決しない元凶は管理者のリーダーシップとマネジメント力の欠如だろうと思いました。


松田氏は、「まずは自分自身がそうした力をつけなければならない」と思った。内外の大学院をいろいろと調べたところ、本気でリーダーシップを学ぶためには海外の大学院に留学しなくてはならないことが見えていた。

欧米の大学院には、トライセクター・リーダーと呼ぶにふさわしい教授たちが教える、魅力的なプログラムがたくさんあった。彼らは教育現場とNPOや民間を行き来して、リーダーシップやマネジメント力を身につけた人たちだ。松田氏は留学を決意する。2008年のことだ。

松田氏は、そこでリーダーシップやマネジメント力を学んだというだけでなく、起業を決意するに至った第二の“原点”に遭遇した。

カンパネラナイト