BAR CAMPANELLA

「カンヌ受賞監督」以降、初対面の人には怖がられるのが悩みです―河瀨直美氏

奈良と世界をつなげる「なら国際映画祭」という新しい試み

カンパネラ編集部/photo by 鎌田雅洋 05.12.2016

「BAR CAMPANELLA」——ここは東京・表参道の青山通り付近にあるバー。エグゼクティブなビジネスパーソンや各方面のスペシャリストたちが夜な夜な集い、「大人の会話」を楽しんでいる。時代の最先端を行く人たちの刺激的な話を聴くべく、カンパネラ編集長の瀬川明秀がカウンターの席に着いた。今宵のゲストは、映画監督の河瀨直美氏。世界三大映画祭の一つであるカンヌ国際映画祭で、1997年に『萌の朱雀』によってカメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞。さらに2007年には『殯の森』で、グランプリを受賞した。今年5月のカンヌ国際映画祭では二つの部門で審査委員長を務め、日本では、なら国際映画祭の発展にも力を注ぐ。映画の世界で国際的な評価を高める、河瀨監督を突き動かしているものとは何なのか――。瀬川が迫る。

人間同士もめることもある。けど最終的には「映画にとって何がいいか」

瀬川:異業種とか、海外の人とか、いろんな人と一緒にやっていくと、どうしてもフリクション、問題は起こりますよね。

河瀨:そうですね。例えばいま、この秋に開催する「なら国際映画祭」に向けて、キューバ人の監督が奈良の東吉野村という山村に入って、日本人スタッフと映画をつくっているんですよ。でも日本人スタッフは、すごく戸惑っているんですね。こう、やり方が違ったりとか、とんでもないことを言いだしたりとかする。

瀬川:とんでもないことですか?

河瀨:例えば、突然脚本の上から、登場人物の一人がいなくなっちゃったり、とか。そうすると、その俳優さんはもういらないってことじゃないですか。そんなの日本では考えられないことだし。でも、なら国際映画祭では私がエグゼクティブディレクターになっているので、そうした問題の解決策を、みんなが納得して前に進めるように考える立場にある。疲れるんですけど、でもそうしたことを乗り越えると、逆にきちんとやってくれる人ということで信頼されたりもするんですよね。

瀬川:そうした場合の解決方法って、どうやっているんですか?

河瀨:ちょっと時間を置く、ということですね。そうすると、なんか当事者に“ほつれ”が出てきて、そこが突破口になったりすることはありますね。いきなり怒っている人のところに行って、一生懸命何を言っても、たぶん何も入らないし、物別れに終わってしまうことも多い。ですからちょっと時間を置いて、しっかりとその人に向かって、面と向かって話す時間をとる、みたいな。そこは誰かを間に入れずに、もうダイレクトに。

瀬川:いがみ合っている場合は、双方の言い分を聞いてですか?

河瀨:そうですね。あっちを聞いて、こっちも聞いて。どっちも正義と正義ですから。それで私は両方の言い分を聞いて、こういうふうにしたらこうなるから、あっちはこう言っているんだよねとか、全部整理をつけた物言いをそれぞれにしていく。そうして整理していって、じゃあどうしようって聞くんですね。私から何か提案を出すのではなくて、できるだけ彼らの中から答えを導くようにしています。

瀬川:どうしても答えが出ないときも、ありますよね?

河瀨:それでもにっちもさっちもいかないときは、最後は、監督の立場にあるときもそうなんですけど、客観的に、どっちの意見を推進するほうが「映画にとっていいのか」ということを、自分で考えますね。

瀬川:映画にとっていいのか、ですか。

河瀨:そう、誰にとっていいのかではなくて、映画にとっていいのか。

瀬川:サッカーの監督や有名ミュ-ジシャンの方で、同じことを言っていた人がいました。「オレはいいけど、音楽にとってどっちがいいのか?で大抵のことが通じる」と。

河瀨:作品で勝負しなきゃいけないわけですからね。それは国際的にもすごく通用しますね、特に海外の人には。日本人はごちゃごちゃごちゃごちゃ言ってますけど(笑)、外国人のほうが「フィルムにとって何がいいの?」と言えば、納得してもらいやすい。

映画を撮るとき、その人の感情が一番大切なんです

瀬川:ご自身の映画の撮り方には、どんな特徴があると思っていらっしゃるんですか?

河瀨:そうですね、あんまり段取りをしない。私の中ではものすごくシミュレーションしているんですけど、スタッフが縛られるようなことはしないですね。例えば、右に3歩歩いて、振り返って、笑ってください、といった演出をする人もいるんですけど、そういうのはしない。もう、そこで起こってくる俳優の感情が大切で、それまでに時間がかかる人もいるし、すぐにできる人もいる。でも、その人の時間でやってください、技術者はそれに沿わせるようにちゃんと寄り添いますから、ということで撮っています。

瀬川:その人の、一番のタイミングまで待つんですね。でも、その人のタイミングに合わせるように、合わせるようにと撮っていると、自分が撮りたかった映像とは違ってくる可能性もありますよね。

河瀨:そうですね。でもそれは、そんなに重要ではない。その人の感情のほうが大切なんです。だから事前に、俳優とのディスカッションをちゃんとしておくとか、俳優には時間をすこしかけてその人物になりきっておいてもらうとか、そういう時間をかけます。そうすることで、私は彼らがどうなっているか、撮るときにはもうわかっているので、あんまり設計図の必要もない。そこに出ている人が、私の思いを体現してくれている人なので、その人の一番のタイミングを待つ。多少ピントがずれていても、多少露出が悪くても、感情のほうをとります。そこにもう、素晴らしいものがあるんですから。

瀬川:そのあたりの感覚というのが、それこそカンヌとか、国境を超えて理解されやすいものということなんでしょうか?

河瀨:うーん、そうですね。私は、人間にはすごい無限の可能性があると思っていて、作品には、そこを貫き通している表現というか、表現に対する姿勢があって……。私の作品の場合は、表現というものがいろんな可能性を秘めているんだみたいな、そういうところがあって評価されているんじゃないかなと思いますね。世界の映画と比べれば、決して技術的には優れているわけでもないし、お金をかけていないのでその面での低さっていうのもあるはずなんですけど。でもグランプリとか、カメラドールとかを取れるっていうのは、カンヌがそういった表現の可能性の部分に、非常にこう、注目していただいているんじゃないかと思いますね。

河瀨直美監督作品『あん』(©映画『あん』製作委員会/Comme des Cinémas/Twenty Twenty Vision、DVD・ブルーレイがポニーキャニオンより発売中)
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