ミシュラン三つ星をほぼ食べ尽くした男の忖度のない美食論

パリの偉大な三つ星シェフも蒼白?「ジャマン」での忘れられない出来事

第2回「ミシュラン三つ星」とは国宝的レストラン

文:藤山純二郎/特記なき写真:長坂邦宏 02.01.2018

2017年版のミシュラン三つ星レストランは、世界に119軒。そのうち117軒を28年の歳月をかけて自費で食べ歩いたのが、藤山純二郎さんです。この「偉業」のためにつぎ込んだお金は総額約6000万円。今回は、藤山さんがパリの三つ星「ジャマン」を訪問した時のエピソードを披露してくれます。後半は、藤山さんがお薦めする「三つ星レベルではないけれど十分楽しめる日本のお店」として、恵比寿の「食彩 かどた」をご紹介します。

ミシュラン三つ星とは何か? 改めてミシュランの定義をみておこう。

『そのために旅行する価値のある卓越した料理。ミシュラン最高峰の三つ星は、キャリアを極めたシェフの卓越した料理に授与される。最上の食材を使った料理は、芸術の域に達しており、後世に受け継がれることも多い』

かつてのパリの三つ星レストラン「グラン・ヴェフール」のオーナーシェフだった故・レーモン・オリヴェ氏は「ミシュランガイドは料理人にとって聖書」と語った。

また、世界に4軒の三つ星レストランを持ち、「フレンチの神様」といわれるジョエル・ロブション氏は、パリの店「ジャマン」で初めて三つ星を獲得した時、こう明言した。「自分の料理でミシュランの三つ星の正当性を証明しなければならない」と。

僕はこれまで2017年版の117軒の三つ星レストランを訪ね歩いた。その経験を踏まえて「三つ星」を一言でいうならば、「国宝的レストラン」だろう。レストランにとっては、これ以上ない、最高の称号なのである。

最近は、イギリスのレストラン誌「世界のレストランベスト50」ランキングや、ミシュランに対抗するガイド本「ゴ・エ・ミヨ」、フランス政府公認の世界レストランランキング「ラ・リスト―La Liste」など、様々なレストランの栄誉が存在する。それぞれ意義は十分あると思うが、まだミシュラン三つ星の権威を凌駕しているものはないと思う。

その根拠のひとつは、ミシュランの評価の厳格さだ。ミシュランはヨーロッパ諸国についてはほぼ国土全体を評価の対象とし、つぶさに調査しているが、まだ一度も三つ星レストランが存在してない(小国ではない)国が2つもある!その2つの国とは、ポルトガルとアイルランドである。

ルクセンブルグ、アンドラ、リヒテンシュタイン、バチカンのような小国であれば、三つ星がなくてもしかたないだろう(モナコは1軒存在する)。だが、ポルトガルとアイルランドは小国とはいえないだろう。この事実が三つ星の権威を証明していると僕は考えている。

偉大な三つ星シェフも神経を尖らせる「三つ星」

ここで、先ほど紹介したジョエル・ロブション氏がシェフを務めるパリの伝説的なレストラン「ジャマン」を1989年に訪問した時のエピソードをお伝えしよう。そのとき僕は、さる高名な料理評論家の方に同行し、「ジャマン」でディナーをいただくことになっていた。

店に着くと、その料理評論家の方がロブション氏と懇意だったこともあり、僕たち一行は全員、ロブション氏のシェフルームまで挨拶に出向いた。だが、そのときのロブション氏は落ち着きがなく、イライラしている様子だった。何か心ここにあらずといった趣なのである。

挨拶を済ませて席に戻ると、僕たちはロブション氏のスぺシャリテ「仔羊の田園風 フレッシュ香草のサラダ添え」を含む料理を堪能した。この仔羊の肉がとにかく秀逸なのだ。「アニョー・ド・レ」という母乳だけで育った仔羊で、いわゆる肉の臭みがまったくない。味もマイルドで、口の中で肉がすっと溶けていくようだ。詳しくは、拙著『世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行』(KKベストセラーズ)に書いたので、よろしければご一読いただきたい。

いずれにせよ「ジャマン」での料理は大変美味しく、僕の三つ星行脚の中でも3本の指に入るほど素晴らしい食事体験だった。

「ジャマン」にて、オーナーシェフのロブション氏と1989年に撮影(写真提供:藤山純二郎氏)

さて食事の後、我々は再度、ロブション氏のシェフルームを訪ねた。すると食前とは打って変わって、ロブション氏は、温和で、実に愛想よく、丁寧に、我々一行をもてなしてくれた。食前の仏頂面とは対照的な穏やかな笑顔なのである。

ずいぶん態度が違うのだなと思い、僕は料理評論家の方にそのように話したところ、こんな答えが返ってきた。

「ロブション氏は完璧主義なのです。突き出しのアミューズから、デザートのプティフール(小菓子)まで、自ら作ることはないものの、全テーブルの全部の皿を入念にチェックして、少しでも気に入らない皿は、即、厨房にやり直しを命じます。数ある三つ星シェフでもここまでやる人はまずいませんよ」

偉大なシェフのロブション氏であっても、既知の客を迎えると、こうも緊張するものなのだ。「本当に自分らしい料理を出せているか」不安で仕方なかったのだろう。食事の前は緊張が顔や態度に出てしまい、食事が済んだ後は「納得いく自分の料理」をお客様に提供できたという満足感・安堵感が素直に表れた。僕にとって非常に興味深い体験だった。

ロブション氏は「疲れてしまうので、50歳までに引退したい」と公言し、実際に一度、51歳で引退している。しかしその後、フランスのテレビ番組のレギュラー出演から活動を再開し、現在は世界で4つの三つ星レストランを切り盛りしているのは件のとおりだ。