インタビュー 情熱と挑戦の先に

【小比類巻貴之】ストイックな元K-1格闘家、再びリングを目指す

闘いの原点に迫る:小比類巻貴之(格闘家) 第1回

文:十代目 萬屋五兵衛 / 写真:陶山 勉 04.14.2016

K-1 WORLD MAXの日本代表決定トーナメントで、史上最多となる3度のチャンピオンベルトを獲得した格闘家・小比類巻貴之。今は道場を各地に展開し後進の指導に力を入れる。だが選手として再びリングに上がる気持ちも消えていない。3回の連載を通じて闘いの原点を探る。

女性に言われた一言が、道場を開くきっかけに

小比類巻が自身の道場・小比類巻道場を開いたのは2014年。ここで小比類巻は後進の選手や一般の人々に指導を続けている。

東京・恵比寿にある道場に取材に訪れた。入り口には、小比類巻のK-1に対する情熱を乗せたかのように「K-1 GYM EBISU KOHIRUIMAKI DOJO」の文字が掲げられている。

道場にいる小比類巻には、第一線の選手時代に漂わせていた鋭さは見られない。一方で前面に出ているのは、笑顔が絶えない「いい兄貴」的な存在感だ。

選手から指導者に。そして道場の経営やジムのプロデュースへ。立ち位置や役割が変わった今、小比類巻が重視しているのは「格闘技をより多くの人々に伝える」ことだ。

自分の道場を開き、人々に伝えること。その道を意識し始めたきっかけは、ささやかな宴席でのことだった。

「友人たちやその知り合いの人たちとの食事会があったんです。ちょうど僕らが戦っていた、あの格闘技ブームの熱がおさまってきていた頃です。食事会には、僕のことを知っている人も、そして知らない人もいました。

その中にいたある女性は、僕が格闘技関係者だと知っていたはずなんですが。『格闘家って今、不景気ですよね』と僕に聞こえるように言ったんです。

ものすごく悔しかったです。

僕は、最高に盛り上がっている時代にリングに上がって、チャンピオンにもなりました。少なからずいろいろなものを犠牲にして、つかみ取ったものを実感できていた1人でした。

でも、そうやって自分がやってきたことを簡単に批判された経験が、ずっと胸に引っ掛かっていました」

小比類巻は、かつて多くの人に持てはやされ、それなりの金を手にしたことは否定はしない。しかしその名声は、人並み以上の努力をしてきたから得られたもの。だからこそ、その女性の言葉がずっと心に刺さっていた。

「でもしばらくして、こう思うようになりました。

『ちょっと待てよ。魔裟斗や僕らを見て格闘技を始めた子供たちがたくさんいる。彼らが大人になった時に『格闘家は不景気だ』と思われ、偏見の目でみられるようなことがあったら、彼らに申し訳ない』

彼らには、『小比類巻や魔裟斗を見て格闘技を始めたのに、なんかぶざまだ』と思ってほしくない。

皮肉にも、その女性が気付かせてくれたわけです。

これからの若い世代の人たちに、僕らのように満足できる道をつくってあげたい。僕の心に火がつきました」

プロが一般の人に直接教えるという価値

現在、小比類巻が携わっている道場は、東京、福岡、青森と全国に点在する。

格闘家に限らず、第一線を退いたアスリートたちが第2のキャリアで成功するには、多くのカベがあると言われている。たとえそれが慣れ親しんだ同じ“業界”に指導者という立場でとどまるとしてもだ。

そうした実情がある中、小比類巻はどのように自身の事業を伸ばそうと考えているのか。

「格闘技歴も約25年目になります。この恵比寿での道場を始めたのは、ちょうど2年前です。今は、福岡と、それから故郷でもある青森で道場を広げることができました。

K-1のネーミングを使っているのは、ここ恵比寿と福岡です。青森の方は、呼称は『小比類巻道場』としています。空手の道場が2軒、キックボクシングのジムが1つなんですけど、ジムはこの恵比寿のような、どちらかというと現代風なスタイルのかっこいいジムとして5月にオープンしようと計画しています。

また、石川県の金沢にも僕がプロデュースするジムが、そして都内にも6月頃に新しい道場をオープンするべく、準備を進めています」

今、道場の運営とその開設で多忙な日々を送っている。拠点としている東京や故郷の青森は別として、ほかの地域で道場を相次ぎオープンさせている理由は何か。

「大会のゲストや講演会やセミナーなど、九州には縁が深く、何度か訪問していました。

そんな折、選手に限らず『練習を一緒にしたい。ぜひ教えてほしい』という声が上がってきて、練習会を開催してみました。

練習会当日には、なんと80人以上の人たちが集まってくれていたんです。こんなに格闘技を好きでいてくれる人がいたことを、改めて実感させてもらえた瞬間でした」

地方のファイターたちが持つ格闘技に対する情熱。小比類巻はそれに心を動かされるのと同時に、彼らが格闘技の中心地・東京で試合をするルートがないことに気づかされた。

「実力のある選手がいたとしても、世界への道が閉ざされてしまっている現状があることを知りました。『自分がその橋渡しになれれば』という思いがふつふつと湧いてきたんです」

恵比寿にある道場は、「道場」という日本語から想起される和のイメージとはかけ離れている。少年漫画に登場するようなボクシングジムの殺伐(さつばつ)とした汗臭さも感じない。むしろ洗練されたスポーツジムの様相で、大人たちが刺激を求めて集まってくるような空間となっている。

ただ、小比類巻がここで教えているのは、スポーツジムによくあるフィットネスの延長線にあるものではない。

「以前から、日頃仕事をバリバリこなしているビジネスパーソンの男女や経営者のような方たちに、『本物の格闘技』を体験してもらいたいと考えていました。

この道場は、現役のプロ選手たちが教えています。そういった選手たちのパワーが、働く人たちの闘争心に役立ててもらえればいいと考えています。

例えば、あの稲盛和夫さんも、ご自身の著書で『格闘技にも似た闘争心を持て』とおっしゃっています。そこには、スタイルは違えど、プロの選手たちとの共通点が少なからずあるのではないかと感じていました」

単なるフィットネスのインストラクターではなく、本気で、戦っているプロ選手が教える。学び手が受け取るのは、本気のエネルギーだ。

「(道場で教えるのは)リアルな格闘家ですからね。オーラが違います。

また選手たちも、バリバリ働いている人たちから教えてもらえることが大きいんです。僕も、現役時代にもっとビジネス的な考え方を知っていれば良かった、と思えることが多いですから」

闘争心という言葉を挟みながら語った小比類巻。しかしその表情には、わずかながら後悔のニュアンスが感じられた。それも自らを極限に追い込むミスター・ストイックの片鱗だろうか。

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