インタビュー 情熱と挑戦の先に

【小比類巻貴之】勝ちたいなら、平熱を保て

闘いの原点に迫る:小比類巻貴之(格闘家) 第3回

文:十代目 萬屋五兵衛 / 写真:陶山 勉 04.28.2016

K-1 WORLD MAXの日本代表決定トーナメントで、史上最多となる3度のチャンピオンベルトを獲得した格闘家・小比類巻貴之。今は道場を各地に展開し後進の指導に力を入れる。だが選手として再びリングに上がる気持ちも消えていない。3回の連載を通じて闘いの原点を探る。

前回からの続き

(本文敬称略)

小比類巻は2005年、格闘技戦大会・K-1 WORLD MAXの日本代表トーナメントで勝利。世界大会への出場が決定した。

来る世界大会1回戦目の対戦相手は、前・世界チャンピオンだった。

「この相手には、ひざげりが絶対に有効だと確信していて、ひたすらその日に向かって、ひざげりの練習をやりました。

そして、やり過ぎてしまいました。試合の2週間前に、股関節の骨が疲労骨折してしまったんです。あの空手の全国大会の時と同じことを繰り返してしまったんです。自分を責めました」

そんな状態の小比類巻だが、1回戦は勝利した。小比類巻の強さを象徴する勝利だった。しかし進撃はそこまで。2回戦ではKOはまぬがれたが、判定で負けた。

「練習で本領発揮しても仕方ないんです。本番にベストな状態に持っていくことができなければ、世界の頂点を獲れる選手にはなれません。心と体のベストポジションを、本番に合わせてくる人がプロ中のプロだということを知りました。

実は僕は、やり過ぎるほどに臆病者だった。不安は数えきれないほどあります。『負けるかもしれない』と思ったことがないと言えば、うそになります。

でも『絶対に負けない』という闘争心を奮い立たさなければ、リングには立てません。冷静に、常に自分が居心地のいい状態を保つことが重要なんだと、嫌というほど教えられました」

平熱を保つ。小比類巻はインタビュー中、何度となく口にした。熱すぎない、けれども冷たくもないという、心を適切な状態に保つという意味で小比類巻は使っている。

「今僕は選手たちのセコンドに付いていますが、改めて一流のトレーナーのすごさに気づかされています。

試合中、選手たちは疲労と勝ち気が混在しています。独特な興奮状態にいるんです。その選手が、興奮しすぎている場合には落ち着つかせて『お前のやる仕事はこれとこれだ』と的確に指示し、勝たせなければなりません。逆に、冷静すぎたり、意気が落ちている場合には、感情を向上させなければならないのです。そのマネジメントの難しさは尋常ではありません。

試合中でも、練習時でも、どんな時でも、選手の心が平熱を保つようにする。その状態を保てないと、勝つことができませんから。
僕自身、選手時代にそれをどんなに意識していても、平熱を維持できなかったために負けてしまったことは、数えきれません」

選手のセコンドとしてサポートする小比類巻(写真提供:小比類巻氏)

格闘技とビジネスの共通点

小比類巻の話は平熱をの維持という話題から転じて、自己管理全般に及ぶ。

「実は格闘技の世界は、ビジネスパーソンの自己管理の在り方と共通点があるんです。目標設定をして、時間の使い方を計画して効果的な結果を出す、という点では一緒なんです。でも僕は現役時代、どちらかというと本能に従って動いていました(笑)」

そしてビジネスにも共通することとしては、軸をぶらさないことです。格闘技で大事なのは、まず間合いと呼吸。それから自分の重心がしっかり安定していて、軸がぶれないことです。軸がしっかりしていれば、フェイントだったり変則系の動きにも対応できます。

いま、道場をマネージメントする立場になって、道場に通っていただいている方たちからビジネス的な考え方を、逆に教えてもらっています。それを、現役時代に学んでいたら違っていたはずです」

キックボクシングの世界では、日本チャンピオンになるまでに5年以上はかかると言われている。だが、小比類巻のジムには最短の3年でチャンピオンになった選手や、世界戦に出場できるほどに成長した選手たちがいる。

小比類巻は選手たちに対し、同じ轍(てつ)を踏まないようにと、自身の反省点やプロとしての心構えをたびたび説いているという。

「よく選手たちに言うのは、例えば、賞金が1000万円の試合があったら、試合までの間に1000万円の“仕事”をしなければならない、ということです。ここで言う“仕事”とは、すなわち練習です。1000万円の仕事ができなかったら、それを獲る資格、つまり勝つことができないんだと。

また、プロの選手であれば、ファンを大事にするのは当たり前です。チケットを買ってくれた人たちに、その値段の倍にして返そうという気持ちでパフォーマンスをすれば、次もまた来てくれる。

プロとアマの違いは『人に何か価値を与えられるか』をちゃんと考えられるかだ。それができれば、その選手は次のステージに行けるから。こう話しています」

(写真提供:小比類巻氏)

選手時代、自分にばかり向いていた矢印が、今は後輩たちに向いている。

ピルゼンアレイ