特集

お客さんは「特定中数」、酒場を巡るコメディアンの生き様

ナオユキさんが示すSNSとLCC時代のワークスタイル

文/写真:須田 泰成 06.02.2016

全国の酒場でジョークを飛ばし、客を笑わせ、旅する男がいる。その男はスタンダップコメディアンのナオユキ氏。破天荒なまでに自由な働き方で生き抜いている彼の秘密に迫った。

他人のレースより、自分のレースを作る「特定中数」ビジネス

「不器用やから他人のレースにのっても負けてしまう。せやから自分のレースを作らなあかんと思たんです」と、語るナオユキさんの仕事のやり方は、「特定中数」の顧客をターゲットとするビジネスモデルである。

テレビや営業の仕事は、顔の見えない多数の相手に向かってしゃべる「不特定多数」のビジネスだが、ナオユキさんの場合は、基本、顔の見える特定の相手を笑わせる。一軒の酒場のキャパは、10数名だったり、数10名だったりと少ない。テレビの視聴人口ほどに多くはないが、酒場は全国にあることから考えると、ナオユキさんの笑いで一日の疲れを吹き飛ばしたいという人のトータル数は決して少なくはないだろう。つまり「特定中数」の常連が、ナオユキさんを客として支えているという構図だ。

終演後の打ち上げの様子

時代もナオユキさんの生き方を後押ししている。

「格安航空会社のLCCで日本全国に行けるようになったのは、ぼくみたいな奴やツアーミュージシャンにとって、ほんまにええ環境になったと思います」

さらにはSNSだ。ツイッターやFacebook を使えば、簡単に広くライブの告知ができる。空飛ぶバスと呼ばれるLCCとコミュニケーションツールであるSNSの併用が、旅に生きる自由な働き方を可能にしているのだ。

ナオユキさんの話を聞いていると、一冊の本のことを思い出した。それは、戦前から戦後の頃、日本の庶民の暮らしを記録した民俗学者・宮本常一の代表作『忘れられた日本人』(岩波文庫)。全国の古老たちから聞いた話を収録した名作だが、その中に明治の中頃まで、芸人は、芸を披露すれば、船賃や宿代が無料になったと書かれていた。

楽しい音楽や踊りの技、話芸、豊富な話題を持った芸人は、退屈で厳しい暮らしを強いられる庶民の、まさに一日の疲れを吹き飛ばしてくれる存在として重宝されていたのだ。

ナオユキさんのFacebookを見ていると、「今度いつ来てくれますか?」「オモシロかった!また来てくださいね!」などのコメントが、たくさん書き込まれ、全国の酒場の店主や客たちが、いかにナオユキさんの訪問を待ち望んでいるかがよくわかる。

旅芸人を望む気持ちは、案外、日本人の心の奥底に変わらずあるもので、LCCやSNSの時代になって、かつての旅芸人の有様がカタチを変えて復活しているのかもしれない。

旅の途中、フェリー上で撮影

「ぼくの仕事は愛されることが大事。でも恐ろしいのが、愛されようと思たらあざとさが見えて、絶対愛されない(笑)。普通にしてて好いてもろたら、また寄せてもらうて感じです。自分から売り込んでライブさせてもらうことはめったにないです。つながりは顔の見える付き合いと口コミ。求められているところに行くのがいちばんしあわせ。お金は大事やけど、お金だけやないです」

求められているところに行くから、ナオユキさんの働き方は、ストレスがない。旅の人生は、まだまだ続き、数えきれない人たちをしあわせにするに違いない。

須田泰成(すだ・やすなり)
コメディライター/地域プロデューサー/著述家
1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。
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