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【ハワイ】変わらぬアロハタワー、変わりゆくダウンタウン

知っているようで知らないハワイの秘密と魅力:第3回

文:田中 しゅんすけ 08.20.2015

日本人に大人気のハワイ。それでも、まだあまり知られていないスポットがたくさん。そんな「知られざるハワイ」を紹介しつつ、ハワイの魅力を探ります。第3回は、現代ハワイ史のスタート地点、アロハタワーが持つ歴史の足跡に迫ります!

太平洋の中心にあるホノルル空港には、日本からの航空機が毎日数機到着します。台湾や韓国からの便も合わせると、降り立つ日本人は1日数千人。連休や年末年始になると、5000人を超えることもあります。

「他の観光地と違い、ハワイに降り立つ日本人は分類できない」

旅行会社スタッフやフライトアテンダントはそう言います。

ハワイにはリピーターが多いのですが、旅の動機や好みで日本人を分類しようとしても、できないことがほとんどです。唯一、類型化するとしたら、「ハワイが好き」ということくらいでしょうか……。

大企業の社長から、学校を出て就職したばかりの若者まで、何が彼らをハワイに引き寄せるのか? 現地在住の名物案内人、通称「へなしゅん」こと田中しゅんすけが、各所の現在と過去を織り交ぜながら、知られているようであまり知られていないストーリーを紹介しつつ、ハワイの魅力を探っていきます。

3回目は、「アロハタワー」を取り上げます。

観光客を迎えるシンボル的な存在

アロハタワーとは、ダウンタウンの港に建っている時計塔です。アールデコ調の歴史を感じさせる構造物で、10階建ての展望台フロアまでエレベーターで登ることができます。

アロハタワー

展望台フロアまでの登頂料は無料です。展望スペースは展望台フロアの4方向にベランダのような格好で付いていて、それぞれからホノルル港、ホノルル空港、ダウンタウン、ワイキキ方面を見渡せるようになっています。

アロハタワーの展望スペースから見た風景

1926年に完成して、それ以降、観光客を迎えるシンボル的存在として君臨してきました。建った当時、アロハタワーは、遠くからでも見つけることができるくらいダントツに大きな塔でした。

どうしてそのような塔が造られたのかというと、ホノルル空港が賑やかになる前は、アロハタワーのあるホノルル港がハワイの玄関だったからです。

かつてのアロハタワー周辺を写した写真

当時は、アロハタワーがある港から山に向けて、Fort Street(フォート・ストリート)というメインストリートが伸びていました。その一帯はまさに繁華街で、映画館やレストランが並んでいました。そのFort Streetは、山へ向かって少し行ったところでホテルが建ち並ぶHotel Street(ホテル・ストリート)と交差します。ハワイへ上陸した人々は、賑やかな通りを抜けて、ホテルへ飛び込んでいたわけです。

現在、ダウンタウンは立派なオフィス街になり、高層ビルが建ち並んでいます。Fort Streetは歩行者専用道路、Hotel Streetはバス専用道路となり、その一帯から映画館やホテルはなくなりました。

飲食店がたくさん並んでいますが、いずれも観光客用ではなく、オフィス街で働く人々や学生向けのものです。ハワイに何度か訪れているリピーターでも、この辺りには来たことがないという方がたくさんいらっしゃいます。

Fort Streetの様子
Hotel Streetの様子

2010年4月、アロハタワーから某大手旅行会社のオリエンテーションデスクが消えました。それまでこのオリエーションデスクには毎日約1000人の観光客がやって来たといいますから、アロハタワーにとっては大打撃だったと思います。かつては、ハワイ旅行のパンフレットといえばアロハタワーの写真が使われていましたが、最近はほとんど見かけません。若い人なんかは「アロハタワーって何?」という感じです。

このオリエンテーションデスクが消えたこともあり、アロハタワーはさらに遠い存在になってしまったかもしれません。

戦争によってなくなった日本人街

アロハタワーができた当時の出来事をちょっと見てみると……

  • 1924 日本からの移民禁止
  • 1926 アロハタワー完成
  • 1927 ホノルル国際空港開業(当時はJohn Rogers Field Airport)
        ロイヤルハワイアンホテル(ピンク色の外装で有名なホテル)開業
  • 1928 アラワイ運河完成
  • 1929 ハワイアン航空(当時はInter Island Airways)開業

いろいろなことが起きていますが、注目すべきポイントは、アロハタワーが完成したのは日本からの移民が禁止された後だということです。

日系人の先祖たちは、アロハタワーがない時代のホノルル港に上陸していました。Hotel Streetを抜けてヌウアヌ川を越えた一画、現在「アアラパーク」という名前の緑の公園がある辺りには、日本食のレストランや、日本の風呂釜を持つホテルが並んでいました。現在はパリハイウェイ沿いにあるハワイ大神宮も、かつてはこのアアラという一画にあったそうです。

今は何もないので想像することも難しいですが、この一帯には、チャイナタウンと同じくらいの大きさの日本人街があったわけです。日本からの移民がなくなり、戦争が始まり、ホテル経営など自営業をしていた日系人たちは収容所に入れられました。そして日本人街は消えてなくなりました。

そうしたつらい歴史はあれども、今やハワイにはたくさんのルーツを持つ人々が生活しています。純粋なハワイアンはほとんどおらず、西洋人、そして日本や中国などから移民してきたアジア系の人々の子孫も生活しています。

ハワイの歴史というと、西洋人がやって来てからハワイ王国が滅びるまでの歴史が取り上げられることが多いですが、実際にはそれだけがハワイの歴史ではありません。ハワイという島々に人間がやってきたのは、西暦で言えば300年から500年の間だと言われています。そして今のハワイを語るうえで、移民を先祖に持つ人々の存在も欠かせません。つまり、ハワイ王国の前後にある歴史も加えることではじめて、ハワイを正確にとらえられると言っていいでしょう。

アロハタワーが象徴しているのは、移民がやってきてからの歴史です。アロハタワーがある港からたくさんの移民が上陸してきたからです。ここが、現代に続くハワイ史のスタート地点なのです。