1600社余りの社史の企画編集に関わってきた出版文化社社長・浅田厚志氏が三菱UFJビジネススクエア「SQUET」で連載しているコラム『危機に負けない長寿企業の経営に学ぶ』から、人気記事を転載する。今回は、社史の発刊には企業と経営者に健全な経営を求める「はたらき」があるのだというお話。

経営の継承に、社史は役に立つのでしょうか
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会社存続の成否に関わる承継

 経営の継承は、企業にとって一大事。次の経営者を選び間違うと、会社を潰しかねません。筆者が調査した長寿企業328社の平均経営年数は144年で、平均で4代目が経営をしていたので一代の平均経営年数は36年。このように、長寿企業の長寿要因の1つには、経営の継承を少なくする、という考え方があります。それほど経営の継承は会社存続の成否に関わるということでしょう。

 歴史資料の継承や社員教育など、社史の発刊目的は10項目ありますが、特に重要なのは、「経営者が歴史を認識して、自らの代で新たな歴史をつくるという自覚をもつ」ことです。駅伝競走のごとく、たすきを受けて、次の走者にたすきを渡すまで経営を維持し、拡大していく責任があります。「自分が走る時に、絶対に経営を終わらせてはならない」という決意を固めてもらうことは、企業規模の大小にかかわらず、重要なことです。

会社がもっとも警戒しなければならないのは経営者

 1995年に発生した大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件は一行員の犯した罪が大銀行の経営を揺るがした希少な例ですが、この事件は同社の経営管理の問題で、本来、一社員の失敗によって、経営が破綻するようなことはありません。しかし、経営者の言動が企業を危機に追い込んだ例は、雪印乳業や大塚家具の例を含め、枚挙にいとまがありません。

 その観点から、会社の経営の継承を確実にしていくためには、経営者に自社の歴史としっかり向き合ってもらうことが、何よりも大切です。

 2000年にある製造業の400ページを超える大部の社史『50年史』を発刊しました。しかし、残念ながら、1年半後にその会社は解散、1100人余りの全社員が解雇となりました。

 50年史の取材を進める中、経営トップの取材日程が決まらず、ずるずると遅れていきました。「このままでは発刊に間に合いませんよ」。当社は何度となく、その経営者のインタビューを急ぐよう要請しましたが、ついに時間切れ。経営者の取材をしないまま社史を発刊しました。ところが、その1年後に、国に対して同社の製造品の偽装、詐欺事件が発覚し、それを先導していたのがくだんの経営者であったことが判明。半年後には会社解散に追い込まれたという事例です。

 取材を要請していた、まさにその当時に不正が進んでおり、その経営者は自社の歴史と向き合えなかったことから、取材に応じられなかったのがわかります。その時、「50年の歴史に恥ずべき、このようなことはやめよう」と、不正を止めていれば、全社員の解雇は免れたことでしょう。

 自社の『50年史』を制作することは、経営者自身が役員会などで決定したことで、本人も作りたかったはずです。なのに、このような結末を迎えてしまった。一人の経営者の誤った決断が、多くの社員を解雇する最悪の事態を招いたわけで、その罪の重さは何ものにも代えがたいと思います。

 転じて、1992年に発生した東京佐川急便事件。経営者と有力国会議員との癒着が大きな問題となりましたが、それから15年後の2007年に同じく『50年史』を出版されました。その本文で7ページにもわたって東京佐川急便事件の内容を掲載し、現代表者は「あの事件があったから、今日の佐川急便がある」と断言するほど、その事件から学び、反省し、経営を改革されました。同社の2020年3月期の連結売上高は1993年の約4倍の1兆1734億円にまで成長し、事件当時のダーティ・イメージで見る人は少なくなりました。

 社史を活用できなくて、自社を破綻に追い込んだ経営者と、社史を通じて、しっかり歴史と向き合った経営者の違いが、恐ろしいほどに明暗を分けました。このように、社史は企業と経営者に健全な経営を求める「はたらき」があります。