1600社余りの社史の企画編集に関わってきた出版文化社社長・浅田厚志氏が三菱UFJビジネススクエア「SQUET」で連載しているコラム『危機に負けない長寿企業の経営に学ぶ』から、人気記事を転載する。今回は、長寿企業がどのような経営数値や人的、物的条件などにこだわって経営してきたのかについて検証します。

100年超企業の経営スタイルと継承の仕方
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「変化」こそ生き残りの条件

 今回は、長寿企業が経営数値や人的、物的条件をもとにどのような経営をし、継承してきたのかについて見てみたいと思います。社名をあげるまでもなく、企業が市場から退場を迫られるペースが加速しています。そして、それは長寿企業も例外ではなく、コロナ禍に巻き込まれてあえなく倒産、廃業する企業が後を絶ちません。日本におけるパンデミックは約100年前のスペイン風邪以来。この激烈な攻撃力に恐れおののいているのが、多くの経営者の偽らざるところでしょう。また、それは日本だけでなく、世界各国でも同様の事態が進んでおり、新型コロナウイルスの脅威をまざまざと見せつけられています。

 筆者が調査した長寿企業328社の平均年齢は144年でした。ということは、幕末にまん延したコレラと約100年前のスペイン風邪の間に創業しており、なんとかパンデミックをやりすごして生き延びた会社です。当時、多くの企業は十分な資本の蓄積を持っておらず、日々のやりくりの中で生き延びたのですから、頼もしい限りです。

 それでは、彼らの創業の頃の商いについて、少しのぞいてみましょう。創業時の販売商品について、現在の売上高との関係を尋ねてみました(回答の母数は313社)。

①現在の売上高の25%以下の取り扱い:35%
②現在は扱っていない:31%
③現在の売上高の75%超の取り扱い:18%
④現在の売上高の26~50%以下の取り扱い:8%
⑤現在の売上高の51~74%以下の取り扱い:8%

 100年以上前に開発した商品が、現在も売上高の75%以上を占めているというのは本当に驚きで、創業者の賢明さが光ります。一例としては、有名な伊勢の赤福。富士山の宝永大噴火が起きた1707年(宝永4年)に創業され、現在、314年を経過していますが、いまでも屋台骨は赤福餅です。うかがったところでは、初期の赤福餅は塩餡で作られていて、その後、黒砂糖が用いられ、1911年(明治44年)からは白砂糖が使われるようになったと。その間も味は少しずつ変化してきて、今日に至っているとのこと。変化してきたからこそ生き残れた、むべなるかなです。

 また、①②④は創業時の商品売上高が現在の売上高の50%以下であることを指しますので、それらの会社では商品の入れ替えが起こっているということになります。それが合計で74%ですから、3/4の企業は創業時の商品やビジネスが他の物に置き換わっています。つまり、多くの企業は創業時のビジネスから他へ軸足を移したことによって、144年を生きてきました。スペイン風邪のパンデミック、明治維新、二度の戦争、経済と社会の大変化、そして度重なる大地震も乗り越えて、いま、2度目のパンデミックに遭遇しています。

経営数値の何にこだわってきたのか

 貸借対照表の中でこだわっている項目について尋ねたところ、自己資本へのこだわりが55%でした。自前の資本の蓄積をコツコツと続けてきて、自己資本比率を高めてきたということです。オーナー経営がほとんどにもかかわらず、意外にも、固定資産という回答が1%、株主配当額という回答が0.6%という少なさには驚きました。彼らの心情を推し量ると、長年、オーナー経営をしてきたので、固定資産や株主配当でキャッシュを減らすよりも、流動資産(15%がこの項目と回答)として保持しておく方が安全という考え方でしょう。

 一方、損益計算書についてのこだわりですが、営業利益、経常利益、当期純利益へのこだわりの合計が68%でした。2/3が利益にこだわっており、売上高へのこだわり(18%)をはるかにしのいでいます。また利益の中でも、営業利益と経常利益へのこだわりは53%で、本業と資産運用でしっかり稼ぐ。しかし当期純利益へのこだわりは15%と売上高へのこだわりよりも小さいので、本業であるいまの事業が、ビジネスモデルとして成立しているかどうかに関心が強いことがわかります。

 そして、原価率へのこだわりは2%、販売管理費率へのこだわりは0.3%という結果から、経費にはほとんどこだわっていないようです。これは、受け取り方しだいでは彼らの経営への理解が浅いと言えそうですが、筆者は、それら経費はすでにコントロールできており、こだわる必要はない、と考えているのではないかと受け止めています。それも含めてビジネスモデルが完成している、ということです。