1600社余りの社史の企画編集に関わってきた出版文化社社長・浅田厚志氏が三菱UFJビジネススクエア「SQUET」で連載しているコラム『危機に負けない長寿企業の経営に学ぶ』から、人気記事を転載する。今回は、長寿企業にとって、社是や経営理念は不可欠だったのかどうかについて検証していきます。

長寿企業の経営スタイルと継承の仕方~社是や経営理念は不可欠か
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なくてもやってこられた長寿企業がある

 今回は長寿企業がどのような考え方で経営をし、継承してきたのかについて見てみます。

 筆者が調査した長寿企業328社に「社是、経営理念」などの有無を尋ねたところ、「ある」は256社(78%)、「ない」は72社(22%)でした。5社に1社は社是や経営理念がなくても、平均144年という歳月を経営し続けることができた、という事実に驚きました。二度のパンデミック、二度の戦争、度重なる大地震、経済恐慌など、さまざまなネガティブ・インパクトを受けてきた年月の中で、心の拠り所となる言葉や方針がなくても乗り越えられたということです。

 筆者は創業の時、何をおいても経営理念のようなものがないと、一日たりとも前に進めないと考えて必死に言葉探しをしたのを思い出し、衝撃を受けました。わずか2年半の出版経験で実績も、お金も、自信もない中で、何を頼みにしたらよいのか、心が締め付けられる不安の中で、いまも書棚を飾っている『人を動かす名言名句大辞典』(塩田丸男・鈴木健二監修、世界文化社)から夏目漱石の「則天去私」を、そして自らのわずかな人生経験から「誠意 熱意 創意」という3つの言葉をひねりだし、これを大事にしていけばなんとかなる、という思いに行き当たりました。後年、これを拙い筆文字にして部屋に掲げたのを昨日のことのように思い出します。

 長寿企業の5社に1社は社是がなくてもやってこられたことに素直に納得できず、それらの企業を業種別に調べてみました。すると、流通業の29%、流通以外の非製造業の30%には社是、経営理念はありませんでした。また、その2つの業種を除いた企業の85%にはありました。

生き延びることを優先すると邪魔になる

 長寿企業の経営者は、多くの企業に社是や経営理念があることは知っています。それでも持たなかった企業がある。このことから、逆に経営者にとって、社是、経営理念が邪魔になるケースを考えてみました。経営を長らえさせる最大の要因は、変化することです。これも彼らは理解しています。

 アンケートの集計結果から考えると、流通業や非製造業には、時代や社会の変化に柔軟に対応するためには時勢に合わせて経営方針を変えたり、取扱商品や販売方法を変えたりすることが大事と考える経営者が、製造業よりも多いということです。また、製造業に比べると、流通業や非製造業は業種、業態を変えやすいということも言えます。

 製造業では自分が好きな製品を作り続け、磨き続ける行為の中に、情熱や夢を表現する言葉を凝縮できそうですが、それより何を売ってでも生き延びることを第一とすれば、普遍的な方針やルールは、自由な変化対応をかえって阻害すると考える経営者がいてもおかしくありません。流通業やサービス業などでは、そういう変わり身の早さこそが企業継続力の基本と考えている経営者がいるのでしょう。

 次に、社是、経営理念があると答えた78%の企業に、それらを破ったことがあるかどうかを尋ねました。すると、「ある」は41社(16%)、「ない」は215社(84%)でした。アンケートの集計総数328社から算出すると、全体の66%の企業が「社是、経営理念があり、破ったことはない」という回答になります。長寿企業では高い確率で、社是、経営理念を実直に守っている様子がわかります。