成功体験が生み出した失敗

 「失敗に学びましょう」という言い方は謙虚に受け取られますが、「成功に学びましょう」と言うと、成功者をおごらせないかと心配になります。また、成功体験から抜け出せない企業や経営者が大きな失敗を呼んでしまった例は、古今東西にたくさんあります。

 実は筆者自身の経営にも何度かありました。その中でも、明確な失敗は1992年に故・堺屋太一氏のオーディオブック『時代を読む視点』の1企画で1億円を売り上げ、それを2年連続で達成したのに気をよくしてしまったことです。日米中の弁護士資格を持つ唯一の日本人弁護士と野村総合研究所の中国人アナリストに組んでもらって同様の月刊オーディオブック『中国ビジネス最前線」をスタートさせたのでした。ところが、予約販売を開始してまもなく当該日本人弁護士が大病を患い、わずか4カ月で急逝。同企画は販売促進の真っ最中に頓挫してしまいました。

 これで終わっていればまだよかったのですが、性懲りもなく同じような企画を気鋭の経済アナリストに依頼をしてスタートしましたが、これも不発。くたびれ儲けとなったのでした。いずれも成功体験を忘れられないことにより引き起こされた失敗でした。ただ、この間に当社の社史事業は独り立ちすることができ、今日の主力事業へとつながりました。

失敗例は成功例を学ぶためのもの

 失敗に学ぶのは守りの経営です。ビジネスモデルが確立していれば、無駄な経費と時間を生む失敗をなくすことで、経営効率が上がり、営業利益は向上します。成功に学ぶのは攻めの経営です。企業を現状より一段と成長させるには、新商品、新サービス、新技術の開発、そして新市場への進出なくして望めませんが、そこには時間と経費を無駄にしてしまうリスクもあり、負の実績を残す恐れもあります。しかし、企業の歴史は多くの失敗とわずかな成功で成り立っています。

 日本を代表する東レという会社を見てみます。売上約1兆8836億円のうち、繊維事業と機能化成品事業がともに38%を占めています(2021年3月期決算)。この2事業で76%となり、その他の事業は24%です。創業から95年のあれほどの企業でも、事業分野としては、2事業分野で全体の3/4を売り上げているのが実態です。1990年代に東レのインターフェロンは市場の上位を占めていましたが、2000年代には他社に市場を奪われて撤退。そのような優勝劣敗を経ながらも、東レの優良企業の地位が揺るがないのは経営力の証しです。

 ほとんどの企業では成功した事業が会社を牽引してくれており、成功するまでの「トライアル&エラー」があるからこそ、企業は永らえられることを示しています。

 事業を継続していくためには、先の成功例に学び、次の成功例を生み出していくことが必要です。そして、もっとも大事なことは、成功した事業の内容や時代背景に学び、失敗にも謙虚に学んで、事業の創造と再構築ができる中興の祖を輩出することではないでしょうか。

(三菱UFJビジネススクエア「SQUET」より2021年10月8日掲載記事を転載)

浅田 厚志(あさだ あつし)氏 青山学院大学総合文化政策学部 ACL特別研究員<br>出版文化社 代表取締役社長
浅田 厚志(あさだ あつし)氏
青山学院大学総合文化政策学部 ACL特別研究員
出版文化社 代表取締役社長
1957年大阪府生まれ。出版社勤務を経て、84年2月、現・出版文化社を個人創業。以来、多くの単行本、定期媒体の企画・発行、社史・記念誌の企画制作、日米・日中・日印間の出版プロデュースを手がける。青山学院大学大学院博士課程と経営史学会にて「成功長寿企業の経営スタイルと経営哲学」を調査、研究。2015~18年、青山学院大学総合研究所特別・客員研究員。
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