「π(パイ)型人間」を目指そう

高橋経営者としてこれまでに直面した最大のピンチは何ですか。それをどのように乗り越えましたか。

伊藤最大のピンチは会社の中心だったシューズ事業の低迷です。アキレスは以前、海外シューズブランドと提携し、日本での販売を担っていました。ところが数十年関係を続けてきたそれらのブランドが独自に日本展開することになり、11〜12年に提携を解消しました。固定費は変わらないまま、売り上げだけが大幅にダウンしたわけです。私が社長に就任したのは12年で、その影響をもっとも大きく受けました。

 これを機に、再生を図るため、自分たちの素材開発力を生かして「アキレスらしいシューズ」作りに挑みました。「高さ17mから生卵を落としても割れずに跳ね上がる」素材を使い、衝撃吸収性と反発弾性を兼ね備えたスポーツシューズ「ハイパージャンパー」や、履き心地の良さや快適に歩くための性能を突き詰めた「アキレス・ソルボ」など、アキレスの独自性を訴求できるシューズを送り出してきました。

 今後は靴の売り方を変えることにもチャレンジしようと思っています。例えば、ランチの時間帯になるとビジネス街に販売に来るキッチンカーの横に、シューズの販売カーが並んでいたらどうでしょう。ある日は子供用シューズ、ある日はスポーツシューズが売られていたら、「帰りがけに買いたい」という人が一定数いると思います。ビジネス街だけでなく大きな団地やマンションにもチャンスはありそうです。そんな“現代的行商”にもトライしてみたいですね。

 シューズ事業の再生はまだ道半ばです。けれど社員の力を合わせ、アキレスらしさを追求すれば、必ず再生できるはずです。トンネルの出口は見えてきたと私は思っています。

伊藤 守氏/高橋 ゆき氏
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高橋経営で大事にしている言葉を教えてください。

伊藤「一期一会」です。すべての人から知恵や教えを学ぶことがあります。様々な情報に触れるためにも人との出会い、ご縁を大切にしています。

 私がアキレスに入社したのもご縁です。大学院で化学を研究していた私は就職活動の際に「化学」という2文字があることから興国化学工業(現・アキレス)に応募しました。ところが、研究発表会に出席するため数日、自宅を留守にしていた間に面接日が過ぎてしまいます。後からお詫びの電話を入れたところ、人事課長は「せっかくだから一度会社にいらっしゃい」と言ってくださいました。再度面接の機会を与えて頂き、採用してもらえました。

 研究職を希望していたのですが、最初の配属先は合成皮革の営業部門でした。その時に、あるお客様から「営業で一番大切なことは誠実さだよ」と教わりました。誠実に、相手のために一生懸命力を尽くすことが事業に最も大切だというアドバイスを頂き、その言葉を胸に留めてきました。その後、研究部門に異動しますが、営業の現場を経験したことが、今経営に携わる上でとても役立っています。

 相手のために尽くすにはどうすればいいか。相手の専門領域とは異なる話をして幅広い興味を持っていただくこともその一例です。例えば自動車メーカーの方に、あえて靴の話をします。

 「秦の始皇帝陵にある兵馬俑(よう)の兵士が履く靴底には、滑り止めの役割を果たす縫い目が再現されています。滑らない機能は2000年以上前から分かっていたのです」という話をした上で、「クルマにもシートがありますが、靴を作る際にはどんな裁断をするか、どんな縫い方をするかを見に来ませんか」と提案すると、興味を持って工場見学に来てくださいます。「こんなに面白い工場見学は初めてだ」と喜んでいただけるのです。

 私は社員に「π(パイ)型人間になろう」と言っています。幅広い教養をベースに2種類の専門性を持つ人間です。よく「T型人材」と言いますが、1種類の専門性では昨今の複雑な課題を解決する提案をするのは難しい。最低2種類の専門性を持つことが大事です。そんなことも一期一会という言葉から派生して自分で考えてきたことです。

高橋すべては人との出会いから生まれているのですね。素敵なお話をありがとうございました。

対談後記(Yuki’s EYE)

 アキレスは自社の素材力を生かし、コロナ禍においても想像(イマジネーション)と創造(クリエーション)で新たな価値を提供する商品開発に挑戦しています。これこそ、アフターコロナ時代に向けて「備える力」であることを学んだインタビューでした。一期一会のご縁を大切にし、「π型人間」を目指してきたというお話もとても印象的で、伊藤社長のお人柄が表れたエピソードだと感じました。救われる方だけでなく、救う方にもフォーカスを当てた防災事業で社会機能の継続を目指すアキレス社と伊藤社長を心から尊敬しています。これからも素材力で新たな世界を切り拓き、社会に貢献しながら飛躍を遂げる会社だと確信しました。

文・構成/小林 佳代

高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏 ベアーズ 取締役副社長
高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏
ベアーズ 取締役副社長
1969年生まれ。1男1女の母。夫の高橋健志氏とともに家事代行サービスのベアーズを99年に創業。家事代行、ハウスクリーニング、ベビー&キッズシッターサービスを展開、業界のリーディングカンパニーに育て上げる。業界の成長と発展を目指し、2013年一般社団法人全国家事代行サービス協会を設立。設立当初から副会長を務め、19年から会長に就任。経営者として、一般社団法人東京ニュービジネス協議会副会長、東京きらぼしフィナンシャルグループ社外取締役を務める。各種ビジネスコンテストの審査員やビジネススクールのコメンテーターを務め、家事研究家、日本の暮らし方研究家としてもテレビ・雑誌などで幅広く活躍。
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