リング外の姿を知れば“推し”レスラーが見つかる

高橋会社の業績にはどのような影響がありましたか。

大張新日本プロレスはチケット収入が全体の売り上げの半分を占めます。これに会場での物販を加えると7割に達します。20年7月以降、観客を入れた大会も再開しましたが、コロナ禍では多くの人がステイホームの状態で、会場から足が遠のきがちです。私はチケット収入と物販を合わせて「動員連動収入」と呼んでいますが、これが6割減りました。つまり全体の40%以上の減収です。チケット収入に関しては、本来、固定費をカバーした後はすべて利益になるもの。密を避けるため観客数を制限すれば、その利益がごっそり削られてしまいます。これは本当に痛いことでした。

 ただ、こういうピンチはチャンスを連れてきます。人が動かなくなったことで生まれるビジネスチャンスもありました。いわゆる巣ごもり消費です。1つは、先ほどの新日本プロレスワールド。もう1つは東京・水道橋にある店舗「闘魂SHOP」のネット通販です。闘魂SHOPはファンの聖地として長い歴史があり、ECサイトでも様々な商品を販売しています。クラウドを使って20年4月に海外向けECサイトを立ち上げたこともあり、この領域は前年に比べ数十%も売り上げを伸ばしました。

 加えて、コロナ禍の直前、19年末にサービスを開始した新日本プロレスのスマートフォンアプリ「新日コレクション」が1年で数億円規模のビジネスに育ちました。これは、人気レスラーの試合中の名場面などのデジタルカードをアプリ上でコレクションできるサービスで、私自身が企画し、育ててきました。一部のカードは、ユーザーが課題をクリアしなければ入手できないといったゲーム性もあり、熱心なファンの心をつかんでヒットしています。今後リリースする新しいアプリや大型プロジェクトなども企画の案件も複数あります。

大張 高己(おおばり たかみ)氏 新日本プロレスリング代表取締役社長/高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏 ベアーズ 取締役副社長
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高橋ワクワクしますね。ピンチをチャンスに転じ、コロナショックを乗り越えたのは素晴らしいことです。ただ急に手を打とうとしても難しいわけで、これまでのベースがあったからこそ可能になったのだと思います。コロナ前にはどのような戦略で事業を展開していたのですか。

大張新日本プロレスのチケット収入は創業時からある安定したビジネスです。これを基盤に新しい領域を開拓していくことが課題でした。その際に必要だった要素が「デジタル」「グローバル」「メディア」の3つです。以前から、経営企画部長兼アメリカ法人の社長として、これらの切り口でビジネスを展開するための戦略を立て、実行していました。

高橋新日本プロレスは今、とても人気が高まっているそうですが、そうした取り組みが成果を発揮しているのでしょうか。

大張我々のビジネスの1丁目1番地にあるのは、「リングに立つ選手たちの戦いがすごい」ということです。その上で、新たな戦略を講じた成果が出ているのだと思います。

 リング上で華やかな戦いをする選手に人気が集まる一方で、名脇役と呼べるような味のある選手たちにも根強いファンがいました。しかし、そうした選手のリング外の素顔や私生活はあまり知られていなかったのです。

 今は、デジタルを活用することで、選手の多様な情報を発信できるようになりました。リングを降りれば、レスラーだって心が傷ついたり、戦いに不安を感じたりしています。何を考えているか、何を食べているか、どんなトレーニングをしているかといったことを知れば、見ている側は自分に似た境遇のレスラーを見いだして感情移入できます。新日本プロレスには数十人のレスラーが所属しています。SNS(交流サイト)を通して、選手の日常を積極的に発信しています。現在、新日本プロレスとレスラー個人のSNSを合わせると数百万人のフォロワーがいます。プロレスに少しでも興味を持った人が、試合だけでなくこうした情報にもアクセスしてくれれば、“推し”がきっと見つかるでしょう。思い入れのある選手が試合に勝ったり負けたりすることで、ファンの心は一層揺さぶられるのです。