家事代行サービス・ベアーズの高橋ゆき副社長が経営者の本音に迫る本連載。今回の対談相手は元サッカー日本代表の岡野雅行氏だ。“野人”のニックネームで親しまれた岡野氏は、Jリーグに加盟する「ガイナーレ鳥取」の運営会社、SC鳥取の代表取締役ゼネラルマネジャー(GM)を務め、地域と共同で価値を創造する活動に力を注ぐ。W杯フランス大会のアジア最終予選でVゴールを決めるなど劇的な選手経験は、チームの経営にどう役立っているのかを聞いた。

岡野 雅行(おかの まさゆき)氏 SC鳥取 代表取締役ゼネラルマネジャー(GM)/高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏 ベアーズ 取締役副社長
写真/陶山 勉
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岡野 雅行(おかの まさゆき)氏
SC鳥取 代表取締役ゼネラルマネジャー(GM)
1972年7月25日、神奈川県生まれ。松江日本大学高等学校 (現・立正大学淞南高等学校) から日本大学へ進学し、3年時にプロ入りのため中退。スピードを武器にフォワードとして活躍し、96年にJリーグのベストイレブンを受賞。日本代表としても活躍し、97年のW杯フランス大会アジア最終予選で、日本を初めてのワールドカップ出場に導くゴールを決め、国民的な注目を集めた。その後は、ヴィッセル神戸や香港リーグでのプレーを経て、2009年8月に日本フットボールリーグ(JFL、当時)のガイナーレ鳥取と契約、10年シーズンのJリーグ昇格に貢献した。13年シーズン終了後、現役引退と同時にガイナーレ鳥取のGM就任を発表。現在はクラブ強化に尽力している。

高橋ゆき氏(以下、高橋)1997年のW杯フランス大会アジア最終予選で岡野さんが延長Vゴールを決めたシーンを覚えている方は多いと思います。今、岡野さんはサッカーJ3のガイナーレ鳥取を運営するSC鳥取(鳥取市)の代表取締役ゼネラルマネジャー(GM)を務めていらっしゃいます。鳥取県出身ではない岡野さんが、どのような経緯で今のポジションに就いたのですか。

岡野雅行氏(以下、岡野)2009年、37歳の時に選手としてガイナーレに入団したのがきっかけです。当時、日本フットボールリーグ(JFL)のアマチュアチームだったガイナーレから、「プロリーグであるJ2に昇格するための力を貸してほしい」と請われ移籍しました。翌年、思い通りにJ2に上がったのですが、Jリーグに降格制度ができ、14年シーズンにJ3に降格しました。41歳になっていたそのタイミングで選手引退を決めました。

 引退後は、幾つか仕事のお話を頂いていたので東京に帰るつもりでしたが、SC鳥取の塚野真樹・代表取締役社長からGMへの就任を要請されました。サッカーしかしてこなかった僕は営業もできないし、パソコンも使えません。無理だと思いましたが、「大丈夫だから」と説得され、相談した方たちにも「チャンスだからやるべきだ」と言われ覚悟を決めました。

岡野 雅行(おかの まさゆき)氏 SC鳥取 代表取締役ゼネラルマネジャー(GM)
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高橋GMに就任し、今はどんなことをしていますか。ガイナーレの中でGMはどういう役割を果たしているのでしょうか。

岡野チームによってGMに課された役割は全く異なると思います。ガイナーレの場合は“何でも屋”ですね。チームの強化にも関わりますし、スポンサー企業への営業にも行きます。Jリーグのチームは企業の実業団チームを母体に発足したところが多いのですが、ガイナーレにはそういう母体企業がありません。活動資金を提供していただくスポンサー集めはGMの大事な仕事の1つです。僕は講演に行ったりテレビに出たりと広告塔になっています。イベントでプロレスをしたこともありますよ。

 どんなことでも、チームから「これをやってほしい」と言われたら断りません。オフィスでパソコンに向かっているのは性に合わないので、全国どこへでもどんどん足を運んで、人と会ってチームを知ってもらおうと努めています。

高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏 ベアーズ 取締役副社長
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