この連載では家事代行サービス・ベアーズの高橋ゆき副社長が経営者の本音に迫る。第3回の対談相手はクラフトビールの国内最大手・ヤッホーブルーイングの井手直行社長だ。「よなよなエール」に代表されるクラフトビールとファン参加型の交流イベントで人気を集めてきた同社。コロナ禍の中での意識変化や創業からの苦難を乗り越えた軌跡を語ってもらった。

ヤッホーブルーイング井手直行社長「この難局をどう乗り越えるかにワクワクする」
写真/陶山 勉
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井手 直行(いで なおゆき)氏
ヤッホーブルーイング 代表取締役社長
1967年福岡県生まれ。国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカー、環境アセスメント事業会社、軽井沢の広告代理店での勤務を経て、97年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より同社代表取締役社長。

高橋ゆき氏(以下、高橋)新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっています。コロナで働き方もビジネスの在り方もガラリと変わりましたが、経営者として井手さんにはどんな意識の変化がありましたか。

井手直行氏(以下、井手)一番考えるようになったのは、「変化しないといけない」ということです。幸い、ヤッホーブルーイングはコロナ禍でも巣ごもり消費の影響でインターネット通販やスーパー、コンビニエンスストアでの売り上げが伸び、業績は好調です。ただ仕事のやり方は大きく変えざるを得なくなりました。

 まず対面での仕事が難しくなったことがあります。弊社ではスタッフ全員がニックネームで呼び合うなど、コミュニケーションが親密で、それぞれの個性を発揮して楽しく仕事ができるようにしてきました。リアルなコミュニケーションが取れない中、オンラインでも、これまでの雰囲気を保つ方法を探らなくてはなりません。

 リアルなファンイベントも開催できなくなりました。ヤッホーブルーイングは2010年から「宴」と題したファン参加型の交流イベントを開催しています。私を含めた弊社のスタッフとファンが集まって、同じ空間で弊社のクラフトビールを飲み、おいしい料理やライブパフォーマンスを楽しみながら幸せな時間を過ごすものですが、それができなくなってしまいました。頭を切り替えて、バーチャルで、オンラインでもどう楽しんでいただくかを考える必要があります。

 僕が最初に社員に言ったのは、「今までのこだわりを捨てよう」ということです。ダーウィンの進化論では「強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもなく、変化できる者だけが生き残る」と説いています。我々が目指すべきゴールはこれまでと同じでも、アプローチは今までと劇的に変化させなくてはなりません。変化を繰り返せば、ダーウィンが言うように進化につながるはず。僕らもコロナの中で進化していきたいと考えています。

オンラインでも共感を生み出せる

井手 直行(いで なおゆき)氏 ヤッホーブルーイング 代表取締役社長
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高橋「変化を繰り返し進化する」――。いい言葉ですね。御社は社員もファンも巻き込む共感型マーケティングを実践してきました。対面が難しくなる中で共感を呼ぶのは簡単ではありません。どのようにして実現していこうと考えていますか。

井手以前はファンイベントをオンラインでやったとしても、「温度感が伝わるのか」「ファンは楽しいのか」とちょっと疑問に思っていました。でも、2020年5月にライブ配信サービス「YouTube Live」を使って開催したファンイベント「よなよなエールの“おうち”超宴」でその思いが変わりました。

 当日、イベント配信中は参加者と出演スタッフがチャットで交流できたのですが、時間がたつうちに参加者同士で「あ、○○さん、久しぶり」「この前はどうも」と勝手に盛り上がり始めまして。スタッフの家族も「○○の母です」と出てきたりして、チャットがワッとにぎわったのです。「オンラインでも楽しくコミュニケーションが取れるんだ」と実感しました。

 イベントの最後にはヤッホーブルーイングの全チームが登場する動画が流れました。スタッフがサプライズでつくった動画だったのですが、各チームの個性がよく出ていて、見ているうちに感極まってしまって(笑)。動画が終わった後、一言話すことになっていたのですが、涙が出てきて言葉が出なかった。そうしたらチャットで「てんちょ(井手社長のニックネーム)が泣いてる!」「ガンバレガンバレ!」「こっちも感動して泣けてきた」とものすごくたくさんのメッセージが届いたんです。

 結局、2日間のイベントには延べ1万人のファンが参加してくれました。後でアンケートを取ったところ、非常に満足度も高かった。この経験で学んだのは、オンラインイベントであっても、出演するスタッフやファンの心が動き、共感する時間を生み出せるということです。今は、この形を突き詰めていけば、リアルとはまた違う形で、お客様を楽しく幸せにできるコンテンツを提供できるのではないかと思っています。

創業社長の覚悟が伝わり前を向いた

高橋 ゆき(たかはし ゆき)氏 ベアーズ 取締役副社長
写真/陶山 勉
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高橋コロナ禍でも社員の方たちと一体感を持って前向きに頑張っていらっしゃるのは素晴らしいですね。御社のビールは「よなよなエール」のほか、「水曜日のネコ」「インドの青鬼」など、ネーミングやデザインが個性的でメッセージ性もあって“生きた製品”という感じがします。チームの雰囲気とか、未来への夢とかが製品に表れているのでしょうね。

 少し遡ってこれまでの歩みについて伺いたいと思います。ヤッホーブルーイングは星野リゾートの子会社として設立されました。旅館やホテルを運営する星野リゾートにとっては異色の存在で、創業から今に至る道のりは決して平たんではなかったことと思います。様々な苦難を乗り越えてきたのではないですか。

井手ヤッホーブルーイングの設立は1996年。以前勤めていた広告代理店の取引先だった星野リゾートの星野佳路社長に誘われ、僕も創業メンバーの1人に加わりました。「日本のビール市場にバラエティーを提供し、新たなビール文化を創出する」というミッションを掲げ、97年からビールの販売をスタートしています。当時は地ビールがブームで数年はまずまずの売り上げでした。ところが2000年前後にブームが去ると、たちまち売り上げが下がってしまった。結局、創業から8年間赤字が続きました。社内はお通夜のように暗い雰囲気で、社員も「こんな会社にいられるか」「こんなビール、売れるわけない」と捨てぜりふを吐いてどんどん辞めていきました。どん底でしたね。

高橋そういう中でも井手さんが辞めずに頑張って続けたモチベーションは何だったのでしょうか。

井手ズタズタの会社を見放すわけにはいかないという責任感だけでした。それまでに何回も転職していて、ヤッホーブルーイングは4社目。3社目までは気軽に辞めていましたが、この会社は創業メンバーの1人として参加したので責任感も個人的な思い入れもあり、他の会社のように簡単には辞められませんでした。

 でも、ある時、僕もいよいよガマンできなくなって、創業者で当時の社長だった星野に「この会社、もうダメです。ビールも売れないし、みんな辞めていくし、僕も耐えられません」と訴えました。それに対する星野の返事は「まだやれることがあるんじゃないかな。とことんやってみようよ。それでもダメだったら会社を畳んで釣りでもして余生を過ごそう」でした。星野は8年間赤字が続く中でも、クラフトビールの可能性をまだ諦めていなかったのです。ダメ社員だった僕も創業社長の覚悟が伝わり、「そこまで言うなら本当にとことんやってみよう」と吹っ切れました。責任感だけで続けていたのが、そこから「自分もこの会社に人生を賭けよう」と前を向くようになりました。