ヤヌスコーンで成功、「睡眠」で事業拡大

 ヤヌスコーンのテーマは、企業が自由に決められますが、技術の進展、社会のニーズ、法制度の推移、労働環境などを選ぶことが多いようです。例えば、EC(電子商取引)サイトを運営する企業の場合、テーマの1つに通信速度の推移、またメインで使われる端末をテーマに選ぶことが考えられます。

 テーマに沿って記入する事項は、過去のものは新聞の見出しなどから拾っていけばいいでしょう。また未来の事項は、雑誌や新聞の予測記事などから抽出したり、自分で予測したりします。このヤヌスコーンを見ながら、「5Gに対応した端末が一般に普及するのは〇年後だろう。そのときはユーザー体験が進化するので〇年後に向けて今から専用アプリとコンテンツの開発と組織の見直しを検討しよう」などと予測します。

 ヤヌスコーンでは図の「テクノロジー」「企業による健康管理」のように複数のテーマを設定します。そうすることで一見して無関係に見える出来事も互いに関連していること、そして自社の経営にどう関連するかが見えてきます。過去から変わらない本質が見極められ、突発的なアクシデントや流行に振り回されることがなくなります。

井上 達彦(いのうえ たつひこ)氏 早稲田大学商学学術院 教授
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ヤヌスコーンを使って、新たなビジネスモデルを構築して成功した中小企業の事例を教えてください。

 寝具・インテリアの通販や睡眠改善を支援するエムール(東京都立川市)という企業があります。同社の高橋幸司社長は、以前は総合通販会社に勤務しており、eコマースが将来成長することを予測して2006年に独立しました。

 高橋社長は、前職で様々な商品を扱ってきたのですが、自社のビジネスモデルを構築するに当たり、あえて寝具に特化しました。この分野では老舗や大手による店舗販売が中心で、eコマースはほとんど広がっていませんでした。高橋社長は、まず優良メーカーに直接足を運んでサプライヤーを開拓し、バリューチェーンを固めて、国内でネット通販を開始しました。その後、海外向けのネット通販を開始します。その間、その間EC事業を安定化させて、経常利益率15%前後を維持し、残り2割で、睡眠を専門にする大学教授らと共同研究に取り組み、新たなビジネスモデルの構築を準備しました。まさに先ほどの「守り8割、攻め2割」に合致します。

 そして、健康志向の高まりを機に、大胆な攻めの戦略を打ち出します。共同研究の成果である睡眠時間や質を測定する技術を応用し、従業員の健康管理に取り組む企業向けの睡眠コンサルティング事業に進出したのです。これによってこれまでの寝具のECというBtoCビジネスを核に、BtoBビジネスを加えたことになります。

 このように、次々に新たなビジネスモデルを構築して成功できたのは、前ページに掲載したヤヌスコーン図にある通り、技術革新や社会のニーズなどを過去からの線として捉えてそれを未来に伸ばし、同社の変わらない本質である睡眠支援を軸に、近未来を予測してきたからです。

 経営にとって危機的状況もありました。10年代には、ネット販売が急拡大したことにより、物流会社の作業が追いつかなくなり、大型家具の運搬コストが高騰するという物流危機がありました。同社は、緊急で新商品開発に着手し、家具をコンパクトにしたり、折り畳めるようにしたりしてこの危機に対応しました。これができたのも、高い利益率をキープしていたからです。