DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進の鍵は、体験とストーリーにあると、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの梅木秀雄氏は話す。人々が行動変容した時代は、中小企業が、デジタル技術によって製品やビジネスモデルを変革するチャンスでもある。そのためには、経営者が積極的にデジタル体験を積み、デジタルマインドセットを身に付けることが欠かせないと語る。

梅木 秀雄(うめき ひでお)氏 三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部ココロミルラボ室長兼テクノロジー・エバンジェリスト
写真/陶山 勉
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梅木 秀雄(うめき ひでお)氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部ココロミルラボ室長兼テクノロジー・エバンジェリスト
1991年京都⼤学理学研究科修⼠課程修了。同年より東芝 研究開発センターにてAI・知識処理に関する研究開発に従事。その後、同研究所知識メディアラボラトリー室長、東芝デジタルソリューションズにてAIソリューション製品の事業立ち上げ、技師長を歴任。2018年より現職。

近年、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が企業の成長の原動力になると注目されてきました。そんな中、新型コロナウイルスの感染拡大によって、中小企業にとってのDXの重要性は増しているのではないでしょうか。

 ITの世界では、この数年、エクスペリエンス(体験)という言葉が使われるようになりました。それ以前は技術の応用による「スペックの時代」だったのですが、少し前から「体験の時代」に、それも個人のライフスタイルに関わるストーリーをベースにした体験を提供するという時代に変わってきました。

ストーリーを提供するとはどういうことでしょうか。

 経済学には、多くの人が受け入れやすい「物語(ストーリー)」によって、未来の大きな経済の変化は引き起こされる、という考え方があります。個人に体験を提供する場合にも、それをなぜ提供するのか、きちんとしたストーリーをつくらなければなりません。その際に大切なのが、最先端の技術があるからそれを提供しようといった技術からの目線ではなく、顧客からの目線で考えることです。まず、顧客が何に困っているのか、何を求めているかを見つけることが重要です。そうした顧客のニーズを満たすストーリーをつくり、それをサービスとして組み立てることが重要なのです。

 コンピューターシステムでも、エクスペリエンスを重視する方向に変化しています。これまでのコンピューターシステムでは、開発段階で多くの時間とコストをかけ、サービスを開始した後は基本的には保守を継続して、一定期間が経過したら機能追加などの開発をするといったスタイルでした。そのため、急速な環境変化に対応できず、次第に顧客満足度が落ちていきがちでした。

 一方、エクスペリエンスを重視したコンピューターシステムでは、アジャイル開発が主流になっています。アジャイル開発は、短期間に開発とリリースを繰り返してシステムを改良していく手法で、ユーザーの行動データを継続的に収集・分析してシステムを修正していくため、環境の変化に対応しやすく、顧客満足度も落ちにくいという特徴があります。

顧客目線で提供価値を追求したDXの成功事例とは

そのような、技術からの目線ではなく顧客からの目線で取り組んだ企業、特に中小企業などのDXの成功事例はありますか。

 工具・機具卸売業のトラスコ中山では、DXによって納品待ち時間ゼロのサプライチェーン「MROストッカー」を開発しました。これは富山の「置き薬」に似た「置き工具」と言えるサービスで、製造現場で使われる道具類を注文の都度配送するのではなく、ストッカーを現場に設置し、必要に応じて取り出してもらうという仕組みです。さらに、最新のITと高度なデータ分析によって製造現場が必要とするツールを予測して配達し、注文から納品までの“待ち時間ゼロ”を実現しました。

 この取り組みは、あくまで顧客目線で提供価値を追求したサービスであり、優れたDXの事例を表彰する経済産業省DXグランプリに選ばれるなど高く評価されています。かつては販売側の担当者が、経験から「あの工場ではあの資材がそろそろなくなりそうだ」などと判断していました。こうした属人的な技能をITに置き換えて成功した事例といえます。

  ノンピ(東京都港区)が運営するケータリングサービス「nonpi foodbox」もDXの成功例です。これは新型コロナ禍に広がったオンライン飲み会を想定した企業向けサービスで、全国に散らばるオンライン飲み会の参加者に料理を同時配送します。このサービスによって、同じ時間に同じ料理を食べることが可能になり、オンライン飲み会に不足しがちな一体感を高めることができます。飲み会の幹事とメールでやり取りして要望を聞いた上で、きめ細かいサービスを提供することが評価され利用が拡大しています。