世界各国で、急速に成長しているスポーツ産業。コロナ禍によって一時的にダメージを受けたものの、感染対策のノウハウを積み上げて復活の道を歩み始めた。DX(デジタルトランスフォーメーション)によってスポーツ施設はもちろん、テレビやネットでの視聴スタイルも大きく進化している。国際的なスポーツイベントと日本のスポーツ振興の要職を担ってきた間野義之氏に、国内スポーツ産業の課題と近未来のビジョンを聞いた。

間野 義之(まの よしゆき)氏 早稲田大学スポーツ科学学術院教授
写真/石田 高志、撮影協力/びわこ成蹊スポーツ大学
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間野 義之(まの よしゆき)氏
早稲田大学スポーツ科学学術院教授
1963年神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科修士課程修了、東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。91年、三菱総合研究所入社。2002年早稲田大学人間科学部助教授、09年から現職。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与、三菱総合研究所レガシー共創協議会会長、日本政策投資銀行スマート・ベニュー研究会委員長などを務める。

国内スポーツ産業の市場規模はどのように変化してきたのでしょうか。

 スポーツ産業の市場規模は、通商産業省(現・経済産業省)が1989年当時で6.3兆円と試算しました。その後、早稲田大学スポーツビジネス研究所は、2002年の国内スポーツ総生産を7兆円とする試算を発表しました。ところが、日本政策投資銀行が推計した12年のスポーツ市場は5.5兆円にとどまりました。調査主体が異なるので単純には比較できませんが、02年からの10年間で、市場規模は縮小したと考えられます。興行収入や放送権料は横ばいで、スポーツ施設業と小売りの売り上げが縮小すると見積もったからです。

 日本のスポーツ産業は、国、自治体、金融、企業、大学などが個々に取り組んできた側面があります。15年にスポーツ庁が創設され、こうした状況を改善し、これらが連携してスポーツを通じた地域活性化,経済活性化などを目指す取り組みが始まりました。さらに、当時の安倍内閣が策定した日本再興戦略にスポーツの成長産業化が盛り込まれ、20年に市場規模10.9兆円、25年に同15.2兆円という目標値が設定されました。

欧米と比較して、日本のスポーツ産業に欠けていることは何でしょうか?

 欧米諸国ではかなり以前からスポーツを有望産業と捉え、チームや施設への投資、プロリーグを中心としたグローバル化が進められてきました。他方、日本では、プロのチームを親会社が宣伝広告媒体と見て、必ずしも事業としての利益を追求してこなかったという状況がありました。さらに地域ではスポーツを学校教育の一環と位置付けてきました。そうした影響で「稼ぐ」ための施策が不十分なままで現在に至っています。