ものづくり経営を提唱し、生産管理や技術管理を研究してきた藤本隆宏・早稲田大学教授(東京大学名誉教授)。世界的な新型コロナウイルス感染拡大の中で、日本の製造業は高い水準で被害を最小限に抑えてきたと評価する。経営者は、今後起こり得る自然災害も含めた非常時に迅速に対応し、競争力を維持することが求められる。そのために不可欠な海外拠点の移管、サプライチェーン構築などのグローバル戦略のポイントを聞いた。

藤本 隆宏(ふじもと たかひろ)氏
写真/陶山 勉
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藤本 隆宏(ふじもと たかひろ)氏
早稲田大学教授
1955年東京都生まれ。79年東京大学経済学部卒。三菱総合研究所、米ハーバード大学博士課程を経て、90~2021年東京大学経済学部助教授・教授・ものづくり経営研究センター長。21年4月から現職。専門は技術・生産管理、進化経済学。主な著書に『生産マネジメント入門』『日本のもの造り哲学』(以上、日本経済新聞出版)、『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)、『能力構築競争』(中公新書)など。

新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の製造業にとって、これまでの災害や経済危機とどのように異なるのでしょうか。

 「グローバル規模」「見えない」「長期」という3つの特徴があります。順に説明します。

 第1の「グローバル規模」とは、大規模な国際的人流・物流・競争・紛争・協調などを伴う、真のグローバル化時代に発生した災害だということです。ペストやスペイン風邪など国境を越えた感染被害は過去にもありましたが、現在ほど人やものの往来は盛んではありませんでした。

 第2の「見えない」とは、物理的損害はないものの、生物的被害による構内感染や出勤禁止によって生産活動が止まるという意味です。大震災や大雨災害など、多くの産業現場の建物・工程・設備・物流網などの物理的被害を伴う「見える」災害に対して、今回のコロナ禍は、いわば「見えない」災害なのです。これに対処するには、工場内にウイルスなどを入れないための防御能力が重要になります。

 第3の「長期」とは、第1波、第2波といった災害強度の振幅を伴いながら複数年にわたって被害が続くことを指します。つまり平時と有事がある頻度で繰り返してやってくるわけです。いわば、天災は「忘れた頃にやってくる」のではなく、「忘れる前にやってくる」という状態です。この状況下では、かなりのスピードで変異・多様化が起こります。これら3つの特徴を持った災害においては、国民の行動習慣も、企業の組織ルーティンも、「平時と有事の繰り返し」を織り込んだものにならざるを得ません。

製造業の中でも、コロナ禍にうまく対応できた企業とできなかった企業がありますが、その違いはどこにあるのでしょうか。

 もちろん、運・不運というファクターもありますが、総じて日本の産業・企業は、構内感染を最小限に抑え、工場内での大規模クラスターなどを発生させていないという意味で、国際的に見ても高い水準にあると評価できます。

 基本的に企業が構築する災害対応の組織能力には、①被災現場の「復旧能力」、②非被災拠点での生産に切り替える「代替生産能力」、③災害発生時に構内の被災を防止する「防御能力」の3つがあります。大震災や水害など「見える災害」発生時の被災企業の場合には①と②が重要であるのに対して、感染症による「見えない災害」の場合は、③外からの構内感染を防止する「防御能力」が最も重要です。次いで、②ロックダウンなどで部品などの供給停止が長期化する場合の「代替生産能力」、そして①構内感染の発生時に徹底消毒などで早期復旧を実現する「復旧能力」と続きます。