楠木 建(くすのき けん)氏
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同時代のノイズが意思決定を狂わせる

同時代のノイズには、どのようなものがあるのでしょうか。

 同時代のノイズは、「同時代性の罠(わな)」と言い換えることができます。この罠には、「飛び道具トラップ」「激動期トラップ」「遠近歪曲トラップ」の3つがあります。飛び道具には、旬のキーワードとして流通する経営手法やツールなどが該当します。例えば、今なら「DX(デジタルトランスフォーメーション)」や「ジョブ型雇用」「サブスク」などです。これらを取り入れれば、たちどころに問題が解決し、うまくいくと思い込ませる……。これが飛び道具トラップです。

 ここに技術革新や環境変化といった土壌に「新しい」「乗り遅れるな」といったノイズが重なり、さらに成功事例やメディアなどの吹聴を伴って、単なる施策やツールが過大評価されたり、本来の文脈と切り離されて理解されたりすることがあります。

 激動期トラップとは、まさしく「今こそ激動期だ」という表現が該当します。人間はどうしても時代の変化を過剰に捉える傾向があり、「○○革命」「100年に一度」のような大げさな表現が使われ、「これまでの常識は通用しない」「適応できなければ淘汰される」といった危機感があおられます。

 3つ目の遠近歪曲トラップとは、遠いものほど良く見えて近いものほどあらが目立つという認識バイアスです。典型的な例が「だから日本(の経営)はだめだ」というフレーズ。とかく欧米や中国と対比させて、「日本の経営は崩壊する」と主張する人がいます。この50年ずっと言われ続けてきましたが、裏を返せば50年経ってもまだ崩壊してないということです。

 以上が同時代性の罠です。米国投資家のウォーレン・バフェットがうまいことを言っています。1つは「潮が引いた後で誰が裸で泳いでいたかが分かる」。もう1つは「われわれが歴史から学ぶべきことは、人々が歴史から学ばないという事実だ」です。

経営者の意思決定を狂わせる3つのトラップ(わな)
・飛び道具トラップ
旬の経営手法やツールを使えば問題がたちどころに解決すると思い込ませる
・激動期トラップ
「○○革命」「100年に一度」のように表現され、危機感があおられる
・遠近歪曲トラップ
遠いものが良く見える認識バイアス。海外企業に優位性を見いだすのが典型

新型コロナウイルスに関しても同時代性の罠がありそうですね。

 コロナ禍についても「100年に一度」「戦後最大の危機」とか、さんざんに言われてきました。私が数えた限りでは、これが23回目の「戦後最大の危機」です(笑)。

 私は大きな変化に直面したとき、最初にそれが何であるか、すなわち“What”を知り、その後に対応を考えるようにしています。コロナに関して、まだよく分かっていない昨年の春ごろ、感染症が何であるかを調べるため、1918年から20年にかけて世界的に大流行したスペイン風邪に関する資料に当たってみました。すると、今のコロナより1桁多い死者があったにもかかわらず、収束して2〜3年経ったら皆がきれいさっぱり忘れている。

 中世にヨーロッパで流行ったペストについても調べました。16世紀フランスの哲学者モンテーニュは、ペストがついに自分たちの村にも襲ってきたときにはかなり動揺したそうです。しかし、農夫が普通に作業しているのを見て気付きました。「人間は生きているときは死に対して取り乱し、死ぬときには生きることに取り乱すものだ」と。つまり、人間はいつでも取り乱しているのであり、とりあえず自分は落ち着こうと思ったそうです。

 最も参考になると思ったのは、スペイン風邪とほぼ同時期に日本で起きた米騒動です。当時の米の取引市場では、オープンマーケットがかなり整備されており、それによって米の流通取引が効率的になっていました。そこにいくつかの投機的な動きが重なって、相場が急騰し、そのために日本全国で暴動が起きたのです。大正期になって情報伝達のスピードが加速したという背景も重なりました。つまり、米騒動は食糧不足という「危機」に起因したのではなく、市場の混乱を原因とした、まさしく「騒動」だったのです。

 これをコロナに当てはめると、実はコロナ危機ではなくコロナ騒動ではないかと。一定のリスクはあるにせよ、メディアが流す情報によってたぶん10倍くらいに増幅したと思います。メディアとはそういうものだし、「危機」という言葉に過剰反応するのも仕方ない面があります。いつ収束するかは別にして、いずれは「そういえば、コロナってあったよね」となるのではないかと思います。